八木崎小学校 校長室より

校長室より

仏様の指

本日の午後、PTA総会が実施された。無事、すべての案件が承認され、布川丸が船出した。
総会の際の校長あいさつの中で、5月の学校だよりで記載した「仏様の指」の話を紹介した。以下、その内容である。
 
大村さんにとっていちばんこわい先生から、「大村さんは、生徒に好かれているか?」と尋ねられ、「嫌われてはいないと思う」と答えたときの話です。そのこわい先生が「仏様の指」の話をしました。
『仏様がある時、道ばたに立っていらっしゃると、一人の男が荷物をいっぱい積んだ車を引いて通りかかった。そこはたいへんなぬかるみであった。車は、そのぬかるみにはまってしまって、男は懸命に引くけれども、車は動こうともしない。男は汗びっしょりになって苦しんでいる。いつまでたっても、どうしても車は抜けない。その時、仏様は、しばらく男のようすを見ていらしたが、ちょっと指でその車におふれになった。その瞬間、車はすっとぬかるみから抜けて、からからと男は引いていってしまった。』という話です。
「こういうのがほんとうの一級の教師なんだ。男はみ仏の指の力にあずかったことを永遠に知らない。自分が努力して,遂に引き得たという自信と喜びとで、その車を引いていったのだ」こういうふうにおっしゃいました。そして「生徒に慕われているということは、たいへん結構なことだ。しかし、まあいいところ、二流か三流だな」と言って、私の顔を見て、にっこりなさいました。
私は考えさせられました。日がたつにつれ、年がたつにつれて、深い感動となりました。そうして、もしその仏様のお力によってその車がひき抜けたことを男が知ったら、男は仏様にひざまずいて感謝したでしょう。けれども、それでは男の一人で生きていく力、生きぬく力は、何分の一かに減っただろうと思いました。仏様のお力によってそこを抜けることができたという喜びはありますけれども、それも幸福な思いではありますけれど、生涯一人で生きていく時の自信に満ちた、真の強さ、それにははるかに及ばなかっただろうと思う時、私は先生のおっしゃった意味が深く深く考えられるのです。
 当時を思い出して、大村さんはいいます。
「私は仏さまの指のような存在でありたいと思った。だから、子どもたちが卒業して、私のことをみんな忘れても、別に構わない。子どもたちは、後ろを振り向かないで、どんどん行ってもらいたい」
 大村さんは、決して見返りを求めることのない大きな愛情で、生徒たちの心に生きる力を育むことを誓ったそうです。