ほごログ(文化財課ブログ)

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第27回「埼葛人権を考えるつどい」で神楽を披露

 本日、10月11日は春日部市民文化会館で第27回「埼葛人権を考えるつどい~出会い ふれあい 思いやり~」が開催されました。
午前の部では、平成14年以来、総合的な学習の時間に『神楽』を取り入れている富多小学校の3~5年生の児童が大勢の来館者を前に堂々とした神楽を披露しました。また、日頃から神楽の指導を行っていただいている市指定無形民俗文化財「榎の囃子神楽」を伝承されている榎囃子神楽連の皆様もお囃子に加わり、大ホールに祭り囃子が小気味よく響きわたりました。

 ▲「おかめ・ひょっとこ」

▲「獅子舞」

▲「大黒舞」
 次週15日(月)には富多小学校の西側、富多神社の祭礼でも子供たちの神楽が披露されますので、秋のひと時、江戸時代から伝承されている民俗芸能を引き継ぐ、子供たちの演舞を楽しんでみてはいかがでしょうか。

子どももお年寄りも「くらしのうつりかわり」展

春日部市郷土資料館の企画展示室で、小学校地域学習展(第35回)「くらしのうつりかわりー懐かしい昔の道具展ー」を開催しています。
この展示会は、小学校第三学年の地域学習に即して、少し昔のくらしや道具を展示するものです。小学生だけでなく、一般の方にもお楽しみいただける内容となっています。

写真:地域学習展展示風景
会期中、市内の小学校の団体見学もありますが、近年つとに多いのは高齢者施設の方々の見学です。
先日もお見えになり、昔使った道具を前に「懐かしい」「昔はこうやってつかったんだ」などとお話しになっていました。

写真:昔の道具をご覧になるお年寄り

見学中、話題になったのは、次の道具。
写真:手水器
「知ってるでしょ?」「こうやって使うのよ」と得意げに、付き添いの方にお話しされていました。
こたえは、郷土資料館でお確かめください。同展は、平成31年3月24日(日)まで開催しています。

北条氏房朱印状写『新編図録春日部の歴史』ーその64

後北条氏が関東を支配していた天正11年(1583)、北条氏房(うじふさ)が岩槻(岩付)城主になりました。
本日ご紹介する古文書は、天正17年(1589)3月24日、岩付城主北条氏房が、代官深井藤右衛門尉(ふかいとうえもんのじょう)と佐枝若狭守(さえだわかさのかみ)ならびに百姓中に対し、前例とおり諸役(しょやく・労働役)を免除するかわりに、人を集め、耕地の開発に励むようにと命じたものです。

この古文書は後年に写されたもののみが現存していますが、写された印影は「心簡剛(しんかんごう)」と刻まれた円形の印文であることから、氏房が発給した朱印状であったことがうかがえます。本文には
「御領所糟壁(ごりょうしょかすかべ)」とあり、当地の糟壁(春日部)は当時、岩付城の直轄地であり、また「糟壁」と表記されていたこともわかります。
なお、古文書の後段には、大普請(おおぶしん)ならびに棟別銭(むなべつせん・家屋単位で課せられる税)は賦課するとあります。大普請とは、領内の大規模な土木工事にかかる労働役のことですが、この時期には、後北条氏は各地の支城の普請を勧めており、豊臣秀吉との戦いに向けて「糟壁」の人々も軍備増強に動員されていった時代背景もうかがい知ることができます。

「北条氏房朱印状写」『武州文書』国立公文書館内閣文庫
『春日部市史 第二巻 古代中世編』1989
「後北条氏の滅亡」『新編図録 春日部の歴史』56ページ
北条氏房朱印状

粕壁宿めぐりが開催されました。

9月19日(水)と9月27日(木)に「粕壁宿めぐり」が開催されました。
 
宿場町とは、幕府から宿駅業務を行うように指定された町のことで、粕壁宿は江戸日本橋を起点にする日光道中第4の宿場でした。
かつて粕壁宿の街並みがあった現在のかすかべ大通を、参加者の皆さんと一緒に巡りました。

◆宿内の解説板をたどりながら、近世~近代にかけての歴史について文化財保護課職員がご案内しました。



◆かすかべ大通り沿道周辺は、平成28年度に埼玉県より「歴史のみち景観モデル地区」に指定され景観上重要な地区となっているため、都市計画課の職員が取り組みについてご紹介しました。



◆様々な「こだわり」のもと生み出された春日部ならではの優れた食品を「かすかべフードセレクション」として認定しています。かすかべ大通り周辺にある認定品を取り扱う店舗を観光振興課の職員がご案内しました。



また、田村荒物店さんのご協力で、蔵の中も見学させていただくことができました。参加者からは、「貴重な体験ができた」、「春日部に長く住みながらも、身近な歴史を学ぶ機会がなく、大変有意義なひと時になった」との声が多くありました。9月27日はあいにくの雨となってしまいましたが、ご参加いただきありがとうございました。両日とも無事に終了することができました。

来年度も広報かすかべ等で募集をしますので、ご応募お待ちしています。

総武鉄道の開通『新編図録春日部の歴史』ーその63

昭和5年(1930)10月1日、東武アーバンパークライン(野田線)の前身である総武(そうぶ)鉄道が全線開通しました。

東武野田線の起源は、明治44年(1911)に柏駅ー野田町駅(現野田市駅)間に開通した千葉県営鉄道野田線です。大正12年(1923)には、当時の野田町有志が設立した北総鉄道に払い下げられました。北総鉄道は、野田町駅から粕壁駅を経て、大宮駅までを結ぶ新線の敷設(ふせつ)免許を受け、昭和3年(1928)に建設を開始しました。
工事の進行に合わせて部分的に開通し、最後に江戸川を渡る橋の完成をもって全線開通となりました。また、北総鉄道は、昭和4年(1929)に総武鉄道と会社名を変更し、昭和19年(1944)に東武鉄道と合併しました。

写真の庄内古川橋梁(きょうりょう)は、藤の牛島駅、南桜井駅間に、昭和5年に開通したトラス橋で、”プラットトラス”と呼ばれる特徴的な構造で作られています。

「総武鉄道の開通」『新編図録 春日部の歴史』194ページ

庄内古川橋梁

豊野小学校第3学年が、郷土資料館を見学しました

平成30年9月28日に豊野小学校第3学年が、郷土資料館を見学しました。

見学の様子

時代とともに変わっていった春日部を学芸員から説明を聞いたり、少し昔の生活について、説明を聞くだけでなく、当時使っていた物を触ったりして体験しました。

見学の様子

80年前の8歳の小学生の平均身長のパネルと背比べ♪
見学の様子

見学の様子

郷土資料館では、10月2日(火)から3月24日(日)まで「くらしのうつりかわり―懐かしの暮らしと道具展」を開催します。
昔の懐かしい道具や写真を展示し、小さなお子様からご年配の方まで、一緒に楽しめる展示となっております。ぜひ遊びにいらしてください。

神明貝塚の巡回展が始まります

平成30年9月16日に惜しまれながら幕を閉じました「ここまで分かった!神明貝塚と縄文人のくらし」展(郷土資料館開催)の一部が市内各所を巡ることとなりました!

さすがに郷土資料館での開催時のボリュームとまではいきませんが、神明貝塚の暮らしの様子を形作ったジオラマやパネルを中心に、先の企画展を”ギュッ”と凝縮した内容となっています。

巡回展の第一弾は、神明貝塚の地元でもあります庄和地区の庄和総合支所にて明日(9月28日)から開催します。是非ご覧いただければと思います!
また現在のところ曜日(休日祝日を除く)は決まっていませんが、神明貝塚の紹介動画を1階イベント情報コーナーで上映します。こちらも是非ご視聴ください。さらに支所に併設されています庄和図書館でも神明貝塚に関わる特集コーナーが開設されています。季節柄、読書の秋として、縄文人にアプローチしてはいかがでしょうか。




場 所:庄和総合支所(春日部市金崎839番地1)  1階エントランス
期 間:平成30年9月28日(金)~平成31年1月22日(火)(予定)

花蔵院の四脚門『新編図録春日部の歴史』ーその62

西金野井に所在する花蔵院(けぞういん)は、新義真言宗豊山派(しんぎしんごんしゅうぶざんは)のお寺です。永禄(えいろく)年間(1558~1570)に創建されたといわれます。
花蔵院にある四脚門(しきゃくもん)は、江戸時代中期の建立(こんりゅう)と考えられています。「四脚門」とは、2本の本柱のほかに前後に2本ずつ計4本の袖柱がある門の形式です。
花蔵院の四脚門は、多くの装飾や彫刻をもち、彩色(さいしき)が施されていた痕跡が残っています。昭和30年に埼玉県の有形文化財(建造物)に指定されました。

花蔵院は、当初、現在の江戸川の河川敷にあたる位置に建てられましたが、江戸川の改修工事により大正4年(1915)、昭和27年(1952)の2回にわたり、本堂、四脚門が移転しました。
平成19年(2007)~平成21年(2009)にかけて、四脚門は半解体修理を行い、建物のゆがみの改善や瓦屋根の軽量化がはかられました。さらに将来への保存に向けて、彩色の痕跡の剥落(はくらく)止めなども行いました。

花蔵院の四脚門」春日部市教育委員会サイト
「春日部の寺院」『新編図録 春日部の歴史』105ページ

花蔵院の四脚門
花蔵院の四脚門
花蔵院彩色復元
彩色の復元図

神明貝塚のキャラクター名が決まりました

9月16日(日)まで開催していた「ここまで分かった!神明貝塚と縄文人のくらし」展の会期中に皆様にご投票いただいた、神明貝塚のオリジナルキャラクター(女の子と土偶)の名前が決まりましたので、結果を発表いたします。
写真:キャラクターふたり
その名は......
「めいちゃん」(女の子)、「ぐうすけ」(土偶)
です!

ここだけの話、担当者の予想に反する結果でした。やはり、春日部には「しんちゃん」は、某永遠の5歳児ただ一人だけなのですね。
余談に次ぐ余談で恐縮ですが、愛らしい土偶の「ぐうすけ」は、展示会のパネルのなかで、豊かな表情をみせてくれました。なかでも私のお気に入りは、このイラストですイラスト:埋葬するぐうすけ
埋葬する悲しいシーンですが、仲間がいたんですね!そして、亡くなったもう一人の土偶の表情が何とも言えないです。

多くの皆さまにご投票いただき、ありがとうございました。
これからも神明貝塚と、めいちゃん・ぐうすけをよろしくお願いします。
写真:めいちゃんとぐうすけ


≪投票結果≫
女の子(投票総数360票)
・めいちゃん  174票
・めいかちゃん 85票
・どきみちゃん 52票
・もんちゃん     49票

土偶(投票総数355票)
・ぐうすけ  174票
・しんちゃん 107票
・おやっきー   42票
・しんくん    32票
写真:投票のパネル

展示会は今日終わりますが、神明貝塚は永久に不滅です

本日(9月16日)が最終日となった「ここまで分かった!神明貝塚と縄文人のくらし」展。その最後を飾るギャラリートーク(学芸員による展示解説)を開催しました。

午前の回、午後の回とも、最終日とあって、これまで以上に多くのみなさんにご参加いただきました。

写真:午前の様子

写真:午後の様子
展示会も終盤にかけて、よりコアな縄文好きの方がいらっしゃる傾向がありましたが、本日も、すでに展示を何度かご覧になった方や、縄文ファン(もとい神明貝塚ファン)の方にお集まりいただき、質問が飛び交うなかでギャラリートークが進みました。

また、神明貝塚から出土した土器を実際に触っていただきました。真剣に話を聞いている方も、「意外と軽い」などと土器を抱えるときには笑みをこぼしていました。ギャラリートークが終了しても、学芸員に質問する方、詳しく話を聞く方で終始にぎやかな一日となりました。

写真:土器にさわる
展示会や各種のイベントを通じて、春日部市の神明貝塚の認知度が少しは上がったでしょうか。

展示会は今日終わりますが、神明貝塚は永久に不滅です!
…と胸をはっていえるよう、今後も、遺跡の保存・活用に取り組んでまいりたいと思います。皆さまのご協力のほど、よろしくお願いいたします。
神明貝塚、まだまだこれからです。