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郷土資料館からのお知らせ


【休館日】(年末年始、毎週月曜日、祝日、月曜日が祝日の場合はその翌日、施設点検日等) 

<令和6年~7年ーこのほか施設点検日等が休館になりますのでご注意ください> 

  • 4月の休館日 1日(月)、8日(月)、15日(月)、22日(月)、29日(月・祝)、30日(火・祝日の翌日)
  • 5月の休館日 3日(金・祝日)、4日(土・祝)、5日(日・祝)、6日(月)、13日(月)、20日(月)、27日(月)
  • 6月の休館日 3日(月)、10日(月)、17日(月)、24日(月)
  • 7月の休館日 1日(月)、8日(月)、15日(月・祝)、16日(火・祝日の翌日)、22日(月)、29日(月)
  • 8月の休館日 5日(月)、11日(日・祝日)、12日(月)、19日(月)、26日(月)
  • 9月の休館日 2日(月)、9日(月)、16日(月・祝)、17日(火・祝日の翌日)、22日(日・祝)、23日(月)、30日(月)
  • 10月の休館日 7日(月)、14日(月・祝)、15日(火・祝日の翌日)、21日(月)、28日(月)
  • 11月の休館日 3日(日・祝)、4日(月)、11日(月)、18日(月)、23日(土・祝)、25日(月)
  • 12月の休館日 2日(月)、9日(月)、16日(月)、23日(月)、29~31日

<令和7年>

  • 1月の休館日 1~3日、6日(月)、13日(月・祝)、14日(火・祝日の翌日)、20日(月)、27日(月)
  • 2月の休館日 3日(月)、10日(月)、11日(火・祝)、17日(月)、23日(日・祝)、24日(月)
  • 3月の休館日 3日(月)、10日(月)、17日(月)、20日(木・祝)、24日(月)、31日(月)
文化財課からのお知らせ
ほごログ(文化財課ブログ)

ほごログ

謹賀新年「巳」ゆかりの地名と資料

あけましておめでとうございます。

正月一発目は、恒例の干支ゆかりの資料の紹介。今年の干支「巳」に関する資料を紹介します。「巳」がつく地名が市内にあること知っていますか?

市内には「巳」のつく地名が二つあり、一つは、武里中野の「巳ノ発」、もう一つは大畑の「東巳ノ起」「西巳ノ起」です。

現代の地図では「巳ノ発」は、現在の春日部南中学校(旧中野中学校)の周辺、「東巳ノ起」「西巳ノ起」は武里団地6街区の南東の安之堀川と新方川が合流する付近になります。

画像:現在の位置

漢字は異なりますが、読み方は共通していて、「巳ノ発」は「みのおき」、「東巳ノ起」は「ひがしみのおき」、「西巳ノ起」は「にしみのおき」と読ませるようです(『武蔵国郡村誌』)。「発」「起」は開墾する意。つまり、それぞれの耕地は、巳年に開墾・開発されたという意味となります。

では、巳年とはいつのことなのでしょうか。いずれも江戸時代に中野村、大畑村と呼ばれた時代に付けられた地名であることは間違いありませんが、中野村、大畑村には古いことを知りうる資料がほとんど残されていませんので、巳年がいつのことなのかは、残念ながらわかりません。

ただ、大畑村には、幕府の勘定頭伊奈忠治が発給した、寛永時代(1624-1644)の年貢割付状が伝来しています。このうち、寛永6年(1629)の割付状をみると、大畑村では、下田8町1反1畝12歩が年貢の対象となっており、このうち2町5反9畝9歩は「巳発」、その他1町余は「当発」、1町余は「付荒」とされています。寛永6年は巳年ですが、この年に開発したのは「当発」の1町余であり、「巳発」の巳年とは寛永6年以前の巳年を指すものと考えられます。以降、寛永13年(1636)・同20年(1643)の年貢割付状にも、下田の内に「巳ノ発」が見えますので、寛永6年以前の巳年に開発された土地が「巳ノ発」という耕地として定着していたのではないかと考えられます。

そして、寛永時代の時点で「巳ノ発」が下田であったこともポイントです。下田とは、田んぼの等級で、江戸時代生産高に応じて土地の等級づけがされていました。寛永時代の大畑村では、田んぼは上田(じょうでん)、中田(ちゅうでん)、下田(げでん)、畑は上畑(じょうばた)、中畑(ちゅうばた)、下畑(げばた)、そして屋敷地に分けられています。下田は、田んぼのなかで最も低い生産高でした。前にみた寛永6年には下田の一部が「付荒」(荒廃地)となっていることからも、水田として利用するのは難しい土地であったのかもしれません。

武里中野の「巳ノ発」、大畑の「東巳ノ起」「西巳ノ起」が、割付状にみた「巳ノ発」と同じ土地であったかは、資料がなく証明はできません。しかし、明治初期に作図されたフランス式の迅速測図をみると、いずれの土地も低湿地特有の「水田」であり、江戸時代の中野村、大畑村のはずれに位置しています。「巳」のつく地名として残るこれらの土地も、かつてはいずれも人里から離れ、農作地としては不毛な土地だったのかもしれません。

 さて、前置きが長くなりましたが、武里中野の「巳ノ発」、大畑の「東巳ノ起」「西巳ノ起」にゆかりの資料を紹介しましょう。いずれも、明治末から大正初めにかけて実施された新方領耕地整理組合が作図した図です。

まずは、武里中野の「巳ノ発」です。

画像:武里中野の巳ノ発

耕地整理後に作図されたものなので、水路と田の畔が整然と区画されています。

右手の「丑ノ発」と書かれているあたりが、現在の南中学校の敷地です。「丑ノ発」ですから、丑年に開発されたのでしょう(詳細不明)。

左手中央に縦断する少し太い水路が「安之堀川」です。図からははずれますが、左手のほうにウイングハットが所在しています。

ついでに、地名の話。中野村(武里中野)には次のような小名が伝わっています。

 根(ね)耕地、北耕地、南耕地、丑之発(うしのおき)耕地、新田耕地、五丁歩耕地、谷中耕地、谷原(やはら)耕地、長島耕地

 

続いて、大畑の「東巳ノ起」「西巳ノ起」です。

画像:大畑の巳起

方角は、写真右手が北になります。

右下の凡例はこのようになっています。

画像:凡例

耕地整理組合の署名・捺印もあります。

画像:耕地整理組合

図の中央に横断する赤い線が道路で、この道路を境界に、東と西に分かれています。南側に流れる水路(上図だと左手)が新方川、中央にみえる少し太い水路が安之堀川です。

こちらも整然と水路、耕地が区画されています。安之堀川に掛かる橋は、現在大畑橋と呼ばれています。

画像:大畑橋付近

少し大きい区画は、屋敷地です。武里中野の「巳ノ発」とは異なり、耕地内に民家も点在しているのが大畑の「東巳ノ起」「西巳ノ起」の特徴といえましょうか。

ちなみに、大畑の地名(小名)は次のようなものがあります。

 横割(よこわり)耕地、杉の口耕地、前耕地、砂間(すなま)耕地、東下田(ひがししもだ)耕地、西下田(にししもだ)耕地、西巳の起耕地、東巳の起耕地

蛇足ですが、現在大畑は、「おおはた」と発音していますが、最近、古文書勉強会で読んでいる江戸時代の古文書には「大畑ケ村」と書かれており、かつては「おおはたけ」と呼んでいたこともあったかもしれません。

蛇足の多い取り留めのない文章になってしまいましたが、巳年ですからご勘弁を。

皆さまにとりまして、繁栄の一年になりますようご祈念申し上げます。そして、本年も郷土資料館と「ほごログ」をよろしくお願いいたします。

令和7年巳年 元旦

12月の考古学関係展示会、イベント情報

12月の近隣博物館・資料館の考古学情報をお届けします。
(毎月28日ごろに掲載します。随時、情報を更新します。)

(春日部市郷土資料館)
・1月19日(日曜日)歴史文化講演会 奥野麦生氏「タタラ山遺跡と花積下層式土器」
電子申請はこちら

 (東部地区文化財担当者会リレー展示ー都鳥が見た古代)
・12月14日(土曜日)~1月13日(祝日・月曜日) 越谷市立図書館(パネル展)
・1月25日(土曜日)~3月9日(日曜日) 八潮市立資料館(資料展示)

(展示会_閉会日順)
・1月26日(日曜日)まで 岩槻郷土資料館(さいたま市岩槻区) 「ミミズク土偶の世界 ~埼玉のミミズク土偶大集合~」

・1月31日(金曜日)まで 城郷小机地区センター(神奈川県横浜市港北区)横浜市ふるさと歴史財団埋蔵文化財センター 横浜の遺跡展「発掘された小机城―令和3・4年度小机城跡埋蔵文化財試掘調査成果速報展―」

・2月2日(日曜日)まで 飛ノ台史跡公園博物館(千葉県船橋市) 「縄文と弥生―船橋の縄文晩期と弥生時代―」

・2月2日(日曜日)まで 栃木県立博物館(栃木県宇都宮市)「死者と生者の古墳時代~下野における6・7世紀の葬送儀礼~」

・2月2日(日曜日)まで 埼玉県立さきたま史跡の博物館(埼玉県行田市) ほるたま展2024 「古墳時代の祈り」

・2月9日(日曜日)まで 千葉県立中央博物館(千葉市中央区)千葉県教育振興財団設立50周年記念展part1 「地中からのメッセージ~旧石器・縄文・弥生~」

・2月16日(日曜日)まで しもつけ風土記の丘資料館(栃木県下野市) 令和6年度企画展「下野市内の遺跡Ⅲ 飛鳥・奈良・平安時代」

・2月28日(金曜日)まで 神川町多目的交流施設(児玉郡神川町) 「かみかわの古墳を知ろう7~海老ヶ久保の古墳~」

・3月2日(日曜日)まで 千葉市立加曽利貝塚博物館(千葉県千葉市) 令和6年度企画展示 加曽利貝塚E地点・B地点発掘100周年記念「あれもEこれもE―加曽利E式土器(総括編)―」

・3月2日(日曜日)まで かみつけの里博物館(群馬県高崎市) 第32回特別展 「子持勾玉―群馬県内出土品を集めてわかったこと―」

・3月9日(日曜日)まで 毛呂山町歴史民俗資料館(入間郡毛呂山町) 第22回特別展「堂山下遺跡ヒストリア-渡河点の宿と交通路-」

体験講座「しめ縄作り」を開催しました

令和6年12月22日(日)に体験講座「しめ縄を作って新年を迎えよう!」を、26日(木)に粕壁市民センターで「公民館で学ぶ!しめ縄づくり体験」を開催しました。
(なお、12月15日(日)にハルカイトで開催したしめ縄講座の様子は先日のブログをご覧ください)

しめ縄講座風景

 

毎年ご好評いただいている本講座、今年もシーズン到来です!

紙芝居の読み聞かせ風景

講座では、まず館長より挨拶をさせていただき、春日部に伝わる伝説の紙芝居を1つ紹介しました。

 

しめ縄作りでは、紙垂(しで)→縄ない→しめ縄本体の順で作業したのですが、やはり最難関は“縄ない”です!
縄ないは2本の藁を捻じって組む作業なのですが、それを一連の動作で行うためコツを掴むまでに時間がかかります。両の掌を使って2本同時に捻じるため、特に手の小さいこどもにとっては大変だったみたいです。

力を合わせて作ります!

また、しめ縄本体を作る際には力を使う作業があり、参加者のこどもからは「ふぅ!疲れたー!」との声も。しかし言葉とは裏腹に嬉しそうな表情でした♪

 

“自分で作ったものを飾る”という価値を感じて、毎年参加してくださる方もいらっしゃいます。

見事な仕上がり!

実に綺麗に仕上がっています!

 

来年度も実施を予定しておりますが、人気の講座のため募集を開始したらぜひお早めにお申し込みください!
今年もたくさんのご参加ありがとうございました!

#ハルカイト 見学のススメ(6) 茶どころ!?春日部

埼玉県のお茶といえば「狭山茶」。狭山は、静岡、宇治に並んで、日本三大銘茶とされています。狭山ほどではないですが、かつて市内でもお茶の栽培が盛んでした。それは、次の資料からも明らかです。

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この資料は、昭和3年(1928)に埼玉県内務部が作成したもの。県内の町村別の産出額を番付にしたものです。

番付をみると、ほぼ入間郡の村々が上位を占めるなかで、西の16位(全体でも18位)に北葛飾郡川辺村(現庄和地域の川辺地区)がランクインしています。決して大きい産額ではないのですが、茶どころの狭山方面に次ぐ産出額だったといってもよいかもしれません。

下総台地の地域では、茶畑が一程度広がり、また、麦作の風よけのために畑の周りにお茶の木が植えられていました。戦前には市域や野田・越谷方面のお茶店に卸していたそうです(『春日部市庄和町史編さん資料13 民俗Ⅲ』)。番付には、下総台地上の北葛飾郡宝珠花村(現宝珠花地区)、同郡南桜井村、武蔵野台地上の南埼玉郡内牧村(現内牧地区)もみえます。いずれも産出額はわずかですので、主要な作物ではなかったのかもしれません。

内牧地区には、「茶ふり」「茶せいろ」といった製茶の用具が伝来しています。また、市内の旧家では「茶甕(ちゃがめ)」と呼ばれる茶葉を保管する容器も割と目にすることがあります。

 写真:茶せいろ写真:茶がめ

「川辺村誌」によれば、同村での機械製茶は、大正6年(1917)ごろに始まったとされています。川辺村では大正時代から昭和初めにかけて、お茶の栽培が盛んだったようです。

番付や茶甕は、大凧文化交流センター「ハルカイト」の歴史展示室に展示中です。画像では文字が小さくみえませんが、粕壁町、豊春村も番付の下方に掲載されていますので、原物の資料から探してみてくださいね。

ハルカイトは、年内は12月28日(土)まで開館。年明けは1月4日(土)からです。

#ハルカイト 見学のススメ(5) 凧いっぱい『クレヨンしんちゃん』の凧もあるよ

大凧文化交流センター「ハルカイト」の見どころを紹介。第5弾です。

今回は、「ハルカイト」のいろいろな凧について。

先日、日本凧の会の全国大会が西宝珠花・ハルカイト開催されるなど、ハルカイトの認知も徐々に広がっているようで、最近は全国の凧の愛好者の皆さんから、新たに凧の寄贈もされているようです。

2階の歴史展示室の前には、「光る君へ」の紫式部の凧が飾られていました。静岡県の浜松の方から寄贈されたものだそうです。

写真:紫式部の凧

ハルカイトには、かつて大凧会館で展示していた、全国・世界の多様な凧を展示しています。どんな凧があるのかは、来てのお楽しみ。

さて、今回は、上のようなオープン後に新たに追加された凧を紹介しましょう。ハルカイトはまだ行ったことがない人のみならず、オープン以来ご無沙汰な人も必見です。

写真:大凧文化展示室

大凧文化展示室の脇にこのような凧が飾られていました。

観光協会が企画した「クレヨンしんちゃんスタンプ巡り」のおかげで、ハルカイトにも、少しずつ外国の方もお見えになっているようです。春日部に来訪される外国人の方は、中国、台湾、韓国の20代から30代の方が中心です。

ですから、大凧の表記も、日本語、英語、簡体字、繁体字、ハングルと多言語化されています。春日部の凧としては、横書き文字は割とレアです。

そして、なんと、『クレヨンしんちゃん』の凧も展示されています。

『クレヨンしんちゃん』は、春日部市の「子育て応援キャラクター」、「まちの案内人」として活躍しています。

写真:「クレヨンしんちゃん」の凧

全てをみせると、楽しみがなくなってしまいますので、ここでは二つだけ。これらの『クレヨンしんちゃん』デザインの凧は、春日部市のPR事業のため、大凧文化保存会の皆さんの協力を得て、製作した凧とのこと。まさにここだけのモノです!

ハルカイトも「クレヨンしんちゃんスタンプ巡り」のスタンプ設置場所になっています。当然スタンプの図柄も、『クレヨンしんちゃん』です。スタンプは、市役所、ぷらっとかすかべ、道の駅庄和、龍Q館、そして郷土資料館にもあります。

春日部でしか見られない凧も、ハルカイトでしか捺せないスタンプも、「春日部の記念」となること間違いないでしょう。