校長室より
戦後70年 戦時下の第一小学校
今年は、戦後70年を迎える節目の年でもあります。
先輩の一人が、授業の最後に「世界平和のために、みんなは何をしなければいけないと思いますか。」と聞きました。6年生男子は、「今日、先輩から習ったことを僕たちが次に伝えていかなければいけないと思う。」と答えました。これぞリレー講座だと実感しました。自分の言葉で人に伝えることの重みを先輩も後輩の6年生も共に学びました。
昭和20年、東京も大空襲を受けており庶民の生活も著しく貧しい状態でした。戦時下の学校では、全学徒は夏休みを返上して動員作業をしていまいしたから当然夏休みはありませんでした。
空襲が一層激しさを増してくると、児童の集団疎開が実施されるようになりました。
この我孫子にも疎開児童が増えてきました。戦争末期は、1年間で250名もの児童が第一小学校に転入してきました。この子ども達は、家を焼け出され遠い縁故を頼って来た子が多く、食料難や土地に慣れない為に学校ではかなり多くの困難を味わったようです。
学校では急な児童の増加で、授業も午前組と午後組の二部授業にしなければならない状況でした。我孫子では空襲そのものはありませんでしたが、我孫子駅付近では敵機の機銃掃射を受けたこともありました。空襲警報は頻繁にあったので、学校の側に防空壕を掘ったり、子の神の森へ逃げる訓練をしたりしていました。低学年は田んぼに行ってイナゴを取ったり芋畑を作ったりと毎日の作業がありました。高学年は航空燃料用の松根堀りや農家へ出向いて勤労奉仕をしていました。
終戦の秋のある日、第一小学校の校庭にアメリカ軍の兵隊さんが乗った車が突然現れました。子ども達は、初めて見るアメリカ兵の姿に肝をつぶしました。校庭を横切って来ると、いきなりパンパンと空に銃を撃ちました。MPの腕章をした背の高い血色の良いピンク色した若い兵隊を先頭に、ぞろぞろと軍隊の靴のまま土足で廊下を歩きました。当時、第一小学校の廊下は、ヌカ拭きまでして丹念にピカピカになるまで磨き上げていました。戦勝国のアメリカ兵が銃を持って、その廊下を泥についた靴のまま傲然と歩いている。
この姿に子ども達はかなりショックを受け、強い印象に残っていました。
<我孫子第一小学校百年史より一部抜粋>
私はこの夏休みに、映画「日本のいちばん長い日」を2度見ました。戦争を終結させるだけで政府や軍部内でもこんなにも葛藤があった事実を改めて知りました。特に、感銘を強く受けたのは、陸軍大臣の阿南惟幾(あなみ これちか)でした。ポツダム宣言を受諾し陸軍内部でも戦争継続派(本土決戦)と和平派とに分かれていました。天皇の玉音放送のあった8月15日未明に自宅で腹を切って自決したのでした。私と同じ58歳です。
鈴木貫太郎総理は、「そうか、腹を切ったのか。阿南というのは本当にいい男だった。」と涙ながらに語ったそうです。合掌。
平和の時代、守ることは何かを真剣に考えた猛暑の夏でした。
命とは何でしょうか。時間とは何でしょうか。
人はこの世に赤ちゃんとして誕生する時、全員に砂時計がプレゼントされるのだそうです。そして、砂時計をひっくり返して中の砂が一定の速さで下へ落ち始めます。この落ちる砂が、その赤ちゃんの命そのものです。砂時計の大きさは一定ではなく、大きな砂時計もあれば小さいものもあります。自分にプレゼントされた砂時計の砂の量は誰にも分かりません。
でも、今も確実に一定の速さで落ち続けています。
小学生の子ども達には、砂時計を見たことがない子も多いかもしれません。
ですから、この話を直接子ども達にしたことはありません。
砂時計の砂が流れ落ちていくのを真面目に黙って、見続けた体験がある大人なら分かります。
自分自身の砂が落ちている事実を真正面から受けとめるなら、時間を無駄にできないと思います。ましてや、自分のせいで他人の砂時計の砂を無駄に落とさせてはいけないのではないでしょうか。
時間を守ることの大切さの一つはここにあるような気がします。
今年104歳になった医者である日野原重明先生は、「命とはどこにあると思いますか。」と子ども達に質問しました。
子ども達は、素直に自分の体を指しながら「心臓」「頭」「体ぜんぶ」などの様々な答えがでてきました。
日野原先生は「命とは君たちの持っている時間です。」と言っています。
「これから生きていく時間。それが、君たちの命なのです。」
世の中、お金で買えるものと買えないものがあります。
お金では絶対に買えないものも結構あるものです。
その人の価値観にもよりますが、この命と時間は今のところお金では買えないものだと私は思っています。
時間を大切にしよう。と人はよく言います。
きっと深い意味ではなくこの言葉を遣っているのだと思います。
人生は永遠に続くものだと思っている人にとっては、時間も永遠にあるような錯覚に陥っているのでしょう。私もそうです。
過去に死に面したことがある人、病気で死を意識せずにはいられない人、家族で大変重篤な病人がいる人、そのような大変な経験をお持ちの人は、命と時間の重みがまるっきり違うのだと思います。
未来ある子ども達、これからは人生100年の時代になっていきます。
小学生にとっては、意識しないでも時間は永遠にあるように思っているのかもしれません。
命とは何でしょう。
時間とは何でしょう。
家族で、この夏休み期間中にこの命題を話題にして頂けるとありがたいです。
アリと集団の話
運動会も終わりいよいよ6月に入りました。夏間近でプール開きも間もなくです。
今回は夏でも良く働くアリの話をします。
暑い夏の日も、木々の下ではアリが行列を作り、一生懸命に餌を運んで働いている光景を目にします。私は、今までアリの全部が黙々と働いていると思っていました。
ところがアリの面白い研究があることを知り驚きました。実は、働かないアリがいるのです。
北海道大学大学院で研究した結果によると、
約2割のアリは、餌を運びもしないで仲間の周りをさも働いているかのように動いているだけだそうです。労働とは無縁なのです。働くことが代名詞のようなアリですが、アリの集団の中にも、必ずサボる奴がいるのです。
アリの集団を勤勉さの度合いで分けると、働かないアリが2割、普通に働くアリが6割、よく働くアリが2割だそうです。面白いことに、このような働き度別の割合は、集団が違ってもだいたい同じだといいます。
では、よく働くアリだけを全部集めて一つの集団にすると最強軍団ができそうなものですが、実は違うのです。その集団の中では、やはり働かないアリが2割出てくるのです。
反対にサボっているアリだけを集めてみると、全部がサボってしまい集団の危機が生じてしまうと思われますが、その中から奮起して働くアリが2割出てくると言うから不思議なものです。
集団とは何でしょうか。
俗に言う一流企業と呼ばれる会社でも全員がよく働くかといえばどうなのでしょうか。
また、優秀な人材確保が厳しい数多ある零細企業でも素晴らしい実績を上げる人物はいるでしょう。人は自分の存在価値を見いだしたいものです。働く中で自己実現をしたいものです。
ある研究者は、アリも働かないことで、自分の存在意義を示している可能性があると指摘しています。
学校ではお昼休み後に、清掃活動があります。
一生懸命に黙々と雑巾や箒を持って教室を綺麗にしようとして働く子がいます。
掃除の時間なので、役割分担に従って働く子がいます。
箒を持ってフラフラと歩いて、掃いているふりをしている子もいます。
おしゃべりに夢中になって何もしていない子も時々見かけます。
実に様々です。
アリの世界では労働面でより効率的なのは、色々なグループが混じった混合集団だそうです。公立小学校では、基本的には学区内に住んでいる適齢児童ならば誰でも教育が受けられますから、色々な子どもの集団となります。
小中学校の別、年度の学級編制(クラス分け)、異年齢の部活動、地域スポーツ活動等で、
子ども達は様々な集団に入り、又解散して、新たな集団に入ることを繰り返しています。
是非、集団の中で良い意味で働く(活躍できる)存在になって欲しいと願います。
教師の力
我孫子第一小学校で約20年前、私が尊敬している校長先生がお話された言葉です。
当時の校長先生が職員室やPTA会議等で話された内容をノートにメモしていました。
又、教師は子どもの心の教育を一番大切にすることを熱心にお話されていました。
医者ではないのですが、先生と呼ばれる一人として子どもの心をどれだけ本当に理解しているのか胸に突き刺さったことを覚えています。
医者は診断して、患者に処方箋を施します。
教師は子どもの悩みを知り、共感し、学校で具体的対応策を講じてあげなければなりません。
日々、子どもが本当のことを話してくれる信頼関係を築き、場の空気をしっかりと読んで、悩みを解決できる糸口を探してあげたいものです。
イギリスの有名な教育学者である、ウィリアム・アーサー・ワードは「優れた教師は」の中で、次のように述べています。
●凡庸な教師は、ただしゃべる。
●少しましな教師は、理解させようと努める。
●優れた教師は、自らやってみせる。
●本当に優れた教師は、生徒の心に火を点ける。
私達教師は、子ども自身がやる気を持てるように仕向ける技術を身につける必要があると思います。それも、その子の個性に合った方法で真剣に語ることが大事です。子どもは、
教師が上辺で言っているのかを見抜きます。
明治生まれの森信三(しんぞう)先生は、「生を教育に求めて」の著書の中で、教師の力について辛口に述べています。
例えば、校長の挨拶のあり方については、
朝の挨拶は、部下はもとより子ども達にも、否、用務員さんにもこちらから先手を打たねばなるまい。全校朝会などで、「まだ朝の挨拶が良くないから、みんなしっかりやるように。
・・・・」などと間抜けたお説教を繰り返している程度の校長に、一体何が出来るというのであろうか。
なんとも鋭い指摘であります。
教育について、極めつけの重い言葉があります。
「教育とは流水に文字を書くような果てない業である。
だが、それを岩壁に刻むような真剣さで取り組まねばならぬ。」
学校立て直しの定石として、最初に打つべき三つの具体的な事柄もあげています。
①朝のあいさつ
②学校内外の紙クズがなくなること
③靴箱の靴のかかとが一直線に揃うこと
まさしく、率先垂範のみです。毎日の私達の言動こそが教育だと戒めたいと思います。
少年は必要とされてはじめて大人になる
6年生3クラスでと3月の第2週に「校長とのお別れ授業」をしました。
今回のテーマは、「言葉の力」です。
ボランティア発祥の地イギリスで、有名な言葉があります。「少年は、必要とされて、はじめて大人になる。」という言葉です。6年生には、「必要とされて」の部分を提示しないで、
グループごとに自由に創造して書いてもらいました。
・20歳になって ・自立して ・苦労して ・沢山の経験をして ・お酒を飲んで等面白い内容を含め色々な言葉がでました。
今回はイギリスのジャーナリストの第一人者であるアレック・ディクソンが大事にしている出会いの美しいエピソードを紹介します。
ロンドンの下町にマイコルという無気力で心が荒れ果てている16歳の少年がいました。
他人に暴力を振るい、車や店のショーウィンドーを破壊して、間もなく少年鑑別所に入れる準備をしていました。
そんな時に、あるボランティアコーディネーターがこう言いました。
「実は、あなたと同じ年の目の不自由な女の子がいます。その女の子は、あなたに、是非水泳を教えて欲しいと言っているのです。」
少年の心は少し動きました。目の不自由な女の子が、自分を必要としてくれている。しかも、なんと同じ年の女の子なんだ。水泳を教えることくらいなら、自分にもボランティアはできる。
ところが、コーディネーターは、すでに女の子と会っていたのでした。その少女は、目が不自由で、しかも家族が心配するほどの心が塞ぎがちな性格でした。なぜなら、いつも一人ぼっちで、孤独だったのです。同じ年の女の子達は、友人も多く、自由にパーティーを楽しんだり、男の子にデートに誘われたりしている。自分には誰の誘いもない。誰にも必要とされていない自分が悲しかった。
コーディネーターは、少女に問いかけた。
「実は、あなたと同じ年の男の子がいるのです。彼は友達もできずに孤独な毎日を過ごしています。でも水泳がとっても得意です。あなたは、水泳を教えてもらうボランティアをしてくれませんか。」
少女の心も動いたのです。男の子が心を閉ざし、自分を必要としてくれている。しかも、なんと同じ年の男の子なんだ。水泳を教えてもらうことくらいなら自分にもボランティアはできる。
このようにして、二人は、お互いがボランティアとして出会った。
やがて、二人ともしだいに自分が、他者や社会に必要とされている、かけがえのない存在であることを知っていきます。
「少年は、必要とされて、はじめて大人になる。」
二人は、意味ある他者の出現によって、意味ある自分を発見することができたのである。
この話は、私が40歳代に勤務していた「さわやかちば県民プラザ」で生涯学習センターのボランティア担当として知ったお話です。
自分の存在価値は、周りの他者や社会から「あなたは、必要な人なのです。」と認められてこそ成り立つものだと認識しました。
学校でも教室内でも、「君は、クラスで必要な人です。」と毎日のように先生や友達から何度でも言われる環境を作りたいと思います。