ほごログ(文化財課ブログ)

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歴史文化講演会「奥東京湾を中心とした埼玉の海」を開催しました

2月14日(土)歴史文化講演会「奥東京湾を中心とした埼玉の海」を開催しました。講師は、元蓮田市社会教育課長で現在、株式会社三協技術文化財調査室顧問の田中和之先生、当日は57名の方にご参加いただきました。ご講演いただいた田中先生、ご参加のみなさま、誠にありがとうございました。

 

さて、講座では、縄文時代の海である奥東京湾について、縄文時代の細時期ごとに、図が示されました。縄文時代は、草創期、前期、中期、後期、晩期と6つの時代に分けて研究されています。このうち、海水の浸入がピークになる前期について、田中先生が示された貝塚の存在から導き出される海岸線の図を元に確認してみます。

縄文時代前期初頭の約6,500年前ごろから、埼玉県東部地域の低地部分に海が侵入しはじめ、春日部市中央部から岩槻区、蓮田市などに海岸線がのび、花積貝塚や坂堂貝塚(さかんど・蓮田市)、宮前遺跡(杉戸町)などが営まれます。このころの貝塚で確認される貝は、マガキ、ハイガイが多くなります。

ついで前期前葉から中葉の約6,150年前ごろから5,300年ごろは、海水の侵入が最も進んだ時期で、中川低地側は、埼玉・栃木・茨城県境まで、元荒川や綾瀬川の谷にも蓮田市の北部まで、進みました。約6,150年前からの関山式土器の時代には、蓮田市では宿下遺跡、栗崎貝塚、大針貝塚、関山貝塚、杉戸町の木津内貝塚、春日部市の花積内谷耕地遺跡、風早遺跡などがあげられます。約5,750年前からの黒浜式土器の時代には、蓮田市の綾瀬貝塚、黒浜貝塚群、白岡市の正福院貝塚、杉戸町の木津内貝塚、春日部市の米島貝塚、松伏町の本郷貝塚などが営まれます。遺跡数が最も多くなる時期です。貝塚の分布から元荒川や綾瀬川の谷は、関山式土器の時代と黒浜式土器の時代で、海水の侵入状況が変わったとのことです。

前期後葉の5,300年前ごろは、海は少しずつ引いてきますが、蓮田市の綾瀬貝塚、黒浜貝塚群、白岡市の正福院貝塚、杉戸町の木津内貝塚、春日部市の町道遺跡、松伏町の本郷貝塚で貝塚が確認されています。ついで5,100年前の縄文時代前期末葉には、貝塚は希薄となりますが、岩槻区の掛貝塚、春日部市の犬塚遺跡、松伏町の本郷貝塚など少数、確認されます。

こういったお話とともに、蓮田市内の元荒川と綾瀬川の谷への海水の浸入についても詳細に図示いただきました。春日部市ではとかく、中川低地のどこまで海水が侵入していたかが注目されがちです。しかし、現在、江戸川沿いとなっている台地上にも貝塚が存在しており、江戸川成立以前の自然の谷に海水がどのように入ってきていたかということは、今後、研究する必要があります。

縄文時代の奥東京湾については、11月の平社先生の歴史文化講演会「古利根川の変遷」でもお話が出てきたように、現在も各所で様々なアプローチから研究が進められています。日々の生活を送っている場所がかつて海だったとは、なかなか想像しにくいものですが、本日のお話をきっかけに、縄文時代の海に思いをはせていただければ幸いです。

さて、当日は、機器のトラブルがあり、田中先生にご用意いただいたスライドをすべて投影できませんでした。大変失礼いたしました。トラブルで生じてしまった時間を利用して、田中先生には資料館学芸員からの質問にお答えいただき、これまでのご経験からの貴重なお話を拝聴することができました。

田中先生、誠にありがとうございました。

南桜井小学校で「でばりぃ資料館」

2月12日、南桜井小学校3年生の社会科郷土学習にでばりぃ資料館に行きました。

 写真:昔の道具にふれる

およそ60年前の生活の道具に触れ、今の暮らしとの違い、うつりかわりについて学んでもらいました。

写真:学校の周りの様子

もう一つのブースでは、学校の周りの様子や昔の学校について。

「南桜井小学校は、いつできたか知っていますか?」と尋ねると

「150年前!」と答える児童たち。なかには「明治6年!」と和暦を言える子もいました(驚き!)

自分たちの学校が伝統校であることは知っているようでしたが、

100年前の南桜井小の集合写真をみると、「本当に同じ学校なのか」「よっちゃん(誰?友だち?)はいるのか?」

と、歴史が今・現実世界とコネクトしていないような、表情を浮かべる児童たちが多かった印象でした。

3年生の皆さんにとって、歴史は空想のように思えてしまうかもしれませんが、まちがいなく今とつながっている現実です。自分たちの通う南桜井小が歴史ある伝統校であること、ぜひ誇りをもっていただき、それを通じて歴史に対して実感していただけると、うれしいです。

【手作りおもちゃクラブ】を開催しました

令和8年2月15日(日) の午前と午後各1回ずつ、今年度最後の手作りおもちゃクラブを開催しました。

 

蓄音機上演風景
今から約100年前に使われていた蓄音機です。破損してしまうと替えがきかないので丁寧に取り扱います。今年も何とか壊れずに活躍してくれました。

 

紙芝居読み聞かせ風景
紙芝居は「火事よけ天狗」を読みました。
親切にしてあげた天狗が、家事のピンチを救いに来てくれたという粕壁地区に伝わる伝説です。相手に親切にしていると、いつか自分にもいいことが返ってくる、そんなお話です。

 

そしてこの日のおもちゃ作りは、サクッと作れるおもちゃ二本立てです。
1つは「紙でっぽう」を、もう1つは「筒型ひこうき」を作りました。
どちらも簡単な折り方なので、こどもでも無理なく作ることができます。
紙でっぽう作り風景
紙でっぽう遊び風景
紙でっぽう作りは、みんなしっかりと折り目をつけながら、丁寧に真剣に取り組んでくれました。最初は大きな音を響かせられなかった子も、慣れていくにつれて振り方を覚え、最終的にはみんな快音を響かせていました!
筒型ひこうき遊び①
筒型ひこうき遊び②
筒型ひこうきはこどもたちにも珍しいものに映ったようで、先のとがった一般的な紙ひこうきとは異なる形に興味を持ってくれたみたいです。
筒型ひこうきのひらひらとゆっくり飛んでいく姿に「かわいい~♪」「すごい楽しい!」との声。実は真っ直ぐ飛ばすにはコツが必要で、こどもたちにはなかなか難しく、楽しんでもらえるか心配もあったのですが、とても喜んでくれたようで安心しました♪

 

最後は恒例のオリジナル缶バッジ作りをしてお開きです。

 

今回で今年度の手作りおもちゃクラブは終了となります。常連さんからご新規さんまで、たくさんお越しいただきありがとうございました!
また開催が決まりましたら、広報紙や郷土資料館のブログ等でお知らせしますのでお見逃しなく!

豊野小学校で「獅子舞授業」~の銚子口の獅子舞(2回目)~が行われました

2月12日(木)、豊野小学校では、5・6時間目に、3年生の「総合的な学習の時間」を使って「獅子舞授業」が行われました。

 先週行われた、赤沼民俗文化財保存会の「獅子舞事業」では、インフルエンザが猛威を振るい、3年生の1クラスは学級閉鎖となり、急遽5年生の1クラスが参加しましたが、今回は3年生の2クラスとも参加しました。当日は、銚子口獅子舞保存会の9名が講師として来校され、大太鼓、獅子舞用の太鼓、締太鼓、篠笛と、保存会の半纏を持参していただきました。12月の授業に続き、今回は実際に身体を動かして、舞と太鼓の体験をします。

 5時間目は、クラスごとで交代して、「辻切」の舞と太鼓の練習をしました。「辻切り」は、悪霊や疫病(悪疫)が村内や家に入るのを防ぎ、住民の安全を願う舞です。現在は、要所要所で舞いますが、昭和40年代は、一軒一軒の家で舞われていたそうです。

▼練習の前に、「自分の言葉」いわゆる「自言(じごと」」でイメージをつけ、舞の所作や太鼓を叩くタイミングを覚えることを学びました。

豊野小学校「獅子舞授業」(銚子口の獅子舞)

 

 

 

 

 

 

 

 


▼クラスごとに分かれて、舞と太鼓の練習を同時に練習します。 
豊野小学校「獅子舞授業」(太鼓の練習)

 

 

 

 

 

 

豊野小学校「獅子舞授業」(舞の練習)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業の休憩中も、舞の練習をつづけたり、太鼓の用具を観察したり、「自言」を唱えて舞や太鼓のイメージを固めたりしていました。

 6時間目は、体育館の舞台にたって、一クラスごとに「辻斬り」の舞と太鼓を発表しました。今日一日は、銚子口獅子舞保存会のメンバーとして、保存会で用意した半纏を羽織って、「自言」のイメージに合わせて、辻斬りの演技を見事に披露しました。

豊野小学校「獅子舞授業」(辻斬りの発表)

 

 

 

 


 

 

 

 

 講師をつとめてくださった、銚子口獅子舞保存会では、今回の授業で獅子舞に興味や関心があったら、ぜひ練習風景などを見に来てくださいとのことでした。

 7月には、銚子口神社の祭礼で、銚子口の獅子舞を披露する予定です。詳細がきまりましたらまたご案内しますので、みなさまぜひお出かけください!

三上於菟吉顕彰会講演会「熱情が第一だ。三上於菟吉初期作品集の魅力」を開催しました!

2月7日(土)、文芸評論家の荒川佳洋先生をお迎えし、三上於菟吉顕彰会主催、春日部市教育委員会共催の講演会「熱情が第一だ。三上於菟吉初期作品集の魅力」を開催しました。

三上於菟吉顕彰会ではこの度、『熱情が第一だ。三上於菟吉初期作品集』を刊行し、これを記念して今回の講演会が企画されました。『熱情が第一だ。三上於菟吉初期作品集』には、於菟吉が注目されるきっかけとなった『講談雑誌』連載の「悪魔の恋」(大正10年(1921)1月号~翌年3月号に連載)のころまでの作品、15本が収められています。

荒川先生のご講演では、於菟吉は初期は純文学作家であり、政治的なテーマが恋愛小説にとりいれられるが、於菟吉がどのような本を読んで、このような文章を書いているのかはまだ研究が進んでいないとのことでした。だた初期作品の基調は雑誌『白樺』(明治43年創刊)の、志賀直哉や武者小路実篤の人道主義、理想主義、フランスの小説家エミール・ゾラのニヒリズムの影響がうかがえるようです。

また、三上於菟吉は戦時中の昭和19年に亡くなりますが、年齢的に徴兵されず、病気で従軍作家にもなりませんでした。戦場体験を持たない作家であったことは、昭和時代の於菟吉の行動に影響を与えていたのではないか、とのお話もありました。

さて、『熱情が第一だ。三上於菟吉初期作品集』の刊行を記念して、庄和図書館では下記の通り資料特別展示を開催しています。令和になって復刊された『百万両秘聞』、『血闘』、『美女舞踏』、『銀座事件』、今回刊行された『熱情が第一だ。三上於莵吉初期作品集』など、三上於菟吉の著書、関連書籍などを特別展示します。

どうぞお出かけください。

●庄和図書館:三上於菟吉関係資料特別展示

会場:庄和図書館1階・特設コーナー
日時:令和8年2月1日(日)~2月28日(土)
入場料:無料
問い合わせ:庄和図書館(TEL048-718-0200)

 

『熱情が第一だ。三上於菟吉初期作品集』の詳細は下記の通りです。購入は、三上於菟吉顕彰会 までお問い合わせください。

●『熱情が第一だ。三上於菟吉初期作品集の魅力』

著者:三上於菟吉

編集・発行:三上於菟吉顕彰会(埼玉県春日部市)https://otokichi130.wixsite.com/yukinojo

頒価:1,000円 *春日部市庄和図書館で閲覧できます。

 *国会図書館にも送付済みですが、2月12日時点でまだ「提供前」となっています。ご注意ください。

国会図書館サーチ該当ページ:https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I034538035

 

目次

詩 淋しきまゝに

詩 暮秋悲歌

戯曲 轢かれし駅夫

小説 冬夜

小説 貧児の哀しみ

追悼文 砂上追憶

追悼文 断片

雑感 不可能を可能に

雑感 自分は不満だ

翻訳 子爵ブラゼロォヌ 前編一 恋ぶみ

時代小説 戦国秘聞 入浪春太郎英明

随筆 外国小説の翻訳に就いて

随筆 簇出するゾラの日本訳

随筆 講釈本、カード、自転車

自序 『空しき青春』贈呈辞

解題(川口則弘)

解説 三上於菟吉私論ー初期作品を読む(荒川佳洋)

三上於菟吉略年譜