ほごログ
#古文書解読勉強会 #一ノ割 村の古文書を読んでいます #松伏溜井 付近の洗堰をめぐる出入
郷土資料館では、市民の方たちと郷土資料館所蔵の古文書を読む、古文書勉強会を開催しています。ほごログでの紹介はご無沙汰していますが、月に一度の頻度で、市民の皆さんが主体になって決まったテキストを講読するものです。
2022年5月から長らく翻刻をしてきた「宝暦度より酒造用留」が2024年6月に読み終わり(只今見直し中)、引き続き館蔵の一ノ割村関係の古文書を読み進めています。
一ノ割村の古文書は、古書店で購入された竪冊3点で、詳しい出所は不明ですが、館蔵資料として伝来しています。すでに、嘉永7年2月「頼一札(日光道中定助郷増惣代頼み証文)」、慶応2年9月「議定書(村役人跡役議定)」は読み終え、現在は天明期の出入(訴訟)一件留を講読しています。
史料によれば、出入りの内容は「悪水吐場切流諸入用并諸色代滞出入」、すなわち増林村(現越谷市増林)にあった「悪水吐場」(排水地点)の「字新違堤」の維持管理・訴願に関わる費用をめぐるものです。字新違堤とは、古利根川の堰である松伏溜井のそば(南西)にあった洗堰・堤防のことで、『明治以前日本土木史』によれば、寛保の大洪水後に「増林村新違堤へ水流十間・横十間竹洗堰を新設し、其上に〆切を為し、洪水の時に之を取払ひ、悪水吐の用意を為す」と記されています。松伏溜井の堰と同様に、下流の灌漑のための堰であるとともに、増水・洪水時には堰を取り払って、水を「切流」がして上流の湛水を防ぐ役割をもつ当該地域の用排水にとって重要な水利構造物だったようです。
新違堤と洗堰については、船橋市デジタルミュージアムで公開されている「江戸川筋の図」でご覧いただけます。
絵図をみると、「新違」「洗堰」はちょうど、松伏溜井の堰枠から南西に流れる「西葛西用水」沿いにあったことがわかります。「西葛西用水」は古利根川の流れを元荒川につないだ水路(鷺後〈さぎしろ〉用水)であり、現在「逆川(さかさがわ)」と呼ばれている水路です。逆川の呼び名からも明らかなように、普段は古利根川から元荒川へと水が流れていますが、時によっては元荒川から古利根川(松伏溜井)の方向へと逆流することもあったようです。かつ、新違堤の下流には、排水路の千間堀(現在の新方川に相当)が流れ込んでおり、逆川が逆流すると、千間堀の排水にも支障が生じたことが想像されます。
史料にみる天明5年の争論は、この「新違」「洗堰」をめぐる維持管理・訴願費用の割り当てをめぐるものであり、平方村・向畑村の村役人が、市野割(一ノ割)村の村役人を相手取って出訴したものです。増林村の「新違」「洗堰」は、一ノ割から遠く離れていますが、先の絵図からもわかるように千間堀や合野川を経て、「新違」「洗堰」付近まで水が落ちており、訴訟方は、この維持管理費用を負担を要求したようです。
この古文書は相手方(被告側)の一ノ割村の文書のみ書き留められているため、訴訟方の言い分やその背景がうかがえる記述は乏しく、出入の内容が掴みにくく皆さん解読・解釈に苦労されているようです。また、問題となる「新違」「洗堰」が市外(越谷市)にあるということもあり、土地勘がイメージしづらいのかもしれません。
古文書を読むなかで、参加者の方が松伏溜井周辺を散策されてきた、と周辺の写真を送ってきてくださいました。松伏溜井をはじめ、千間堀など、明治末から大正期にかけての耕地整理事業や現代の圃場整備などによって、景観が大きく変わっていますが、しかし、現地でないとわからないこともあります。フィールドワークは重要なのです。以下、いただいた写真を紹介しましょう。
松伏溜井の堰は、現在「古利根堰」と呼ばれています。かつての堰枠は「増林堰」または「大吉堰」と呼ばれ、土橋を兼ねた土堰で、猿島街道の往来道になっていました。その後の昭和期の増林村絵図や古写真をみても堰は橋にかなり近い位置に設置されていたことがわかります。現在の堰は、橋やかつての位置よりも上流に設置されており、毎年4月上旬から9月中旬までゲートを下げて、古利根川の水位を上げ、農業用水として灌漑されています。
「古利根堰」の上流は、今の季節は水位が下がっているものの、かつて松伏溜井と呼ばれた名残りがうかがえます。
続いて、逆川の写真。当時(近世)には掛かっていなかった橋から、元荒川方面をみた写真だそうです。
写真の右手がかつての弥十郎村・大吉村、左手がかつての増林村・花田村ということになります。現地でご覧になられて、右側のほうが土地(標高)が低くなっているそうです。であれば、千間堀が落ち込んでくる弥十郎村・大吉村の人々は、増水時の千間堀の排水や「新違」「洗堰」の取り払いに執心したのではないか、と想像されます。溜井の上郷(大吉村など)と下郷(増林村など)との対立は、実際に、安政6年の水害時に大吉村の人々が堤防の切割りを実力行使したことにはじまる「逆川切割り騒動」へと発展しています(『越谷市史通史編上』)。
読み始めた頃は「新違堤」が何なのか全く想像もできませんでしたが、関連資料や現地の写真・踏査などにより、段々とわかってきた(ような)気がします。今後も、実地の写真や関連資料を踏まえながら、古文書を解読・解釈していきたいと思います。
ちなみに、次回の古文書勉強会は11月17日(日)14時~を予定しています。ご関心がある方は見学でも構いませんのでお待ちしています。
【東部地区文化財担当者会リレー展示_都鳥が見た古代】羽生市立郷土資料館でパネル展が開催されています
12月1日まで、羽生市立郷土資料館で、「都鳥がみた古代」のパネル展が開催されています。
羽生市立図書館 郷土資料館
羽生市立郷土資料館は東武伊勢崎線羽生駅から東南方向へ約1.8㎞の位置にあります。羽生市立図書館との複合施設です。
「都鳥が見た古代」のパネル展示は、郷土資料館の常設展示室の一角で行われています。
常設展示室の展示は、「羽生の文学と歴史」と銘打ち、羽生を舞台とした小説『田舎教師』を書いた田山花袋(たやま かたい)や羽生市出身の詩人宮澤章二(みやざわ しょうじ)の資料とともに、羽生市内から出土した考古資料などを展示しています。
なかでも、羽生市内で出土している縄文時代晩期の「土面(どめん)」は、原品は東京国立博物館に収蔵されていますが、羽生市立郷土資料館には精巧に作られたレプリカが展示されており、細部までじっくり見ることができます。
「土面」(羽生市発戸出土)国立文化財機構所蔵品統合検索システム
公共交通機関でのアクセスする場合、東武伊勢崎線羽生駅から徒歩で約25分です。
この機会にぜひお出かけください。
開催期間 令和6年11月2日(土曜日)~12月1日(日曜日)
開催場所 羽生市立郷土資料館 常設展示室 羽生市下羽生948番地
開館時間 午前9時から午後4時30分まで
休館日 火曜日、毎月第4木曜日(館内整理日)
お問い合わせ 048-562-4341
リレー展示は、下記日程で開催予定です。
11月2日から12月1日 羽生市立郷土資料館 パネル展示
12月14日から令和7年1月13日 越谷市立図書館展示室 パネル展示
1月25日から3月9日 八潮市立資料館 資料展示
3月15日から4月8日 白岡市立歴史資料館 資料展示
4月12日から4月29日 吉川市中央公民館 パネル展示
5月3日から5月25日 久喜市立郷土資料館 資料展示
6月3日から7月21日 幸手市郷土資料館 資料展示
7月29日から8月24日 蓮田市文化財展示館 資料展示
9月5日から9月19日 加須市パストラルかぞ パネル展示
10月24日から11月26日 三郷市わくわくライブラリ― パネル展示
令和8年1月6日から3月1日 宮代町郷土資料館 資料展示
東部地区文化財担当者会報告書第9集「埼玉県東部地区の奈良時代・平安時代」も好評発売中です。詳しくはこちら
#ハルカイト 見学のススメ(3) タッチパネルシステム
引き続き、ハルカイト(大凧文化交流センター)の見どころをご紹介。
第3弾は、1階宝珠花サロンの一角にある大きな画面に注目してみましょう。
宝珠花サロンは、1階に所在します。ここでは、宝珠花小・富多小の歴史や、郷土の作家三上於菟吉の事績の展示、地域のコミュニティについて展示紹介しています。
同時に、ハルイカイト全体のガイダンス的、導入的な部屋になれば、という企画のもと、どなたでも入りやすく、ふらっと立ち寄り、くつろげるように、椅子とテーブルが設置されています。部屋に入った正面にみえるのが、大きな画面のタッチパネルシステムです。
普段は神明貝塚の映像がエンドレス(ループ)で上映されていますが、タッチパネルに触ると、上のような画面に。
①ハルカイトを起点に周辺を散策いただき、歴史文化を感じていただけるスポットを紹介する「周辺散策」。
②二階の大凧文化展示室や歴史民俗展示室の展示概要を紹介する「施設紹介」。
③宝珠花周辺の動画や映像、古写真を閲覧できる「宝珠花アーカイブ」。
の3つのメニューを立てています。
③をタッチしてみると、
このようなメニューが出てきます。昭和27年に町が全戸移転した宝珠花村の記録映画をはじめ、国史跡の神明貝塚の動画、宝珠花小・富多小の古写真をご覧いただけます。
富多小学校の思い出をタッチすると、
こんな感じです。学校に遺されていた最古級の写真を中心に、懐かしい小学校の写真を詰め込んでみました。
古い写真は資料性が高いので、今後、このブログや他の方法でも公開していきたいと思います。
さて、メインメニューに戻ると、①「周辺散策」はこんな感じ。
大凧揚げを継承する地区としての西宝珠花を紹介する、「大凧の里を歩く」
西親野井に所在sる国史跡の神明貝塚を紹介する、「神明貝塚を歩く」
江戸川の河岸の町として繁栄した西宝珠花を紹介する、「宝珠花の町を歩く」
埼玉県・千葉県境を流れる江戸川の歴史文化を紹介する、「江戸川を歩く」
木崎地区出身の昭和の大衆作家三上於菟吉を紹介する、「三上於菟吉を歩く」
庄和地域の指定文化財を紹介する、「文化財をめぐる」
の6本立てとなっています。
それぞれのコンテンツは、写真と簡単な文章で様々なことを紹介しています。
例えば、三上於菟吉の概要は、下の通り、「三上於菟吉とは」というコンテンツにまとめられています。
こうした個別のページは全部で70余コンテンツ用意しました。古写真は宝珠花小で50点、富多小で50点となりますので、全部合わせると、約180のコンテンツがこのタッチパネルに入っているのです(重複するものもありますが)。
見どころがタッチパネルシステム、というのもなんだかなぁ、と思いますが、郷土資料館には備えられていない最新鋭の機械ですし、約180のコンテンツをつくった「中の人」も、さぞや大変だったことでしょう。
ぜひ、ハルカイトにお越しの際には、施設やその周辺の道先案内人としてタッチパネルシステムをつかってみてください。
武里西小学校の3年生が郷土資料館を見学しました
令和6年11月5日(火)に武里西小学校の3年生が郷土資料館を見学しました。
1~3組を2つに分け、常設展示室と企画展示室を見学しました。
常設展示室では竪穴建物の説明をうけ、約5000年前の縄文人の生活の様子を学びました。
模型の中央にある炉(ろ)は、電気のない時代の照明や、暖房、料理の役割を担っていました。火を使う道具なので、火災には注意を払っていたことでしょう。みんなも火の取り扱いには注意しましょうね!
企画展示室では約60年前の暮らしの道具について説明をうけました。
洗濯に使われていた“洗濯板”や、アイロンとして使用された“こて”など、電気がまだ普及しきっていなかった時代の家庭の道具がたくさん!
黒電話は使ったことがなくても、存在を知っている児童は多いようで「おぉ~レトロ~」との声が。私が小学生の頃はまだ「レトロ」という言葉に馴染みがありませんでしたが、昨今の昭和レトロブームなどが起きてからレトロという言葉が一般化してきたような気がします。それぞれ生きる時代によって、当たり前の言葉も変化していくのだなぁと感じました。
自由見学の時間には、展示を見学しながら、配布してあった「探検シート」で学びを深めたり、おもちゃコーナーで存分に遊んだりと、思い思いの時間を過ごしました。
見学時間が短めだったので、展示の説明も少し駆け足になってしましたが、充実した時間を過ごしてくれたようで何よりです!
今度はお友達や保護者の方と、たっぷり遊びに来てください!
【手作りおもちゃクラブ】11月の手作りおもちゃクラブは!
11月10日(日)と14日(木)(県民の日)に“手作りおもちゃクラブ”を開催します。
11月はなんと2days!
それぞれ違うおもちゃを作りますよ♪
11月10日(日)は「発泡スチロール飛行機」
手作りおもちゃクラブで作るのはまだ3度目という比較的新顔のおもちゃです。
動画を見ていただくとおわかりいただけるとおり、勢いよく飛んでいきます!
11月14日(木)(県民の日)は「からくり屛風」
こちらも動画をみていだだくとわかりやすいのですが、屏風をクルクルとまわすと、4面の色が現れるという不思議なからくりおもちゃです!
からくりがあるため作成に少し手間と時間が必要ですが、職員がお手伝いしますのでご安心ください♪
おもちゃの紹介はコチラ
手作りおもちゃクラブは申込不要、おもちゃの材料も資料館で用意しています。
当日の午前10時30分と午後2時からの計2回開催しますので、お時間までに郷土資料館にお越しください!
【手作りおもちゃクラブ】
日時:令和6年11月10日(日)・14日(木)
各日 午前10時30分~・午後2時~
場所:春日部市郷土資料館(春日部市粕壁東3-2-15)
内容:蓄音機と紙芝居の上演
おもちゃづくり(10日(日)発泡スチロール飛行機・14日(木)からくり屛風)
費用:無料
申込:不要(開催時間までに郷土資料館にお越しください)