校長室より
命とは何でしょうか。時間とは何でしょうか。
人はこの世に赤ちゃんとして誕生する時、全員に砂時計がプレゼントされるのだそうです。そして、砂時計をひっくり返して中の砂が一定の速さで下へ落ち始めます。この落ちる砂が、その赤ちゃんの命そのものです。砂時計の大きさは一定ではなく、大きな砂時計もあれば小さいものもあります。自分にプレゼントされた砂時計の砂の量は誰にも分かりません。
でも、今も確実に一定の速さで落ち続けています。
小学生の子ども達には、砂時計を見たことがない子も多いかもしれません。
ですから、この話を直接子ども達にしたことはありません。
砂時計の砂が流れ落ちていくのを真面目に黙って、見続けた体験がある大人なら分かります。
自分自身の砂が落ちている事実を真正面から受けとめるなら、時間を無駄にできないと思います。ましてや、自分のせいで他人の砂時計の砂を無駄に落とさせてはいけないのではないでしょうか。
時間を守ることの大切さの一つはここにあるような気がします。
今年104歳になった医者である日野原重明先生は、「命とはどこにあると思いますか。」と子ども達に質問しました。
子ども達は、素直に自分の体を指しながら「心臓」「頭」「体ぜんぶ」などの様々な答えがでてきました。
日野原先生は「命とは君たちの持っている時間です。」と言っています。
「これから生きていく時間。それが、君たちの命なのです。」
世の中、お金で買えるものと買えないものがあります。
お金では絶対に買えないものも結構あるものです。
その人の価値観にもよりますが、この命と時間は今のところお金では買えないものだと私は思っています。
時間を大切にしよう。と人はよく言います。
きっと深い意味ではなくこの言葉を遣っているのだと思います。
人生は永遠に続くものだと思っている人にとっては、時間も永遠にあるような錯覚に陥っているのでしょう。私もそうです。
過去に死に面したことがある人、病気で死を意識せずにはいられない人、家族で大変重篤な病人がいる人、そのような大変な経験をお持ちの人は、命と時間の重みがまるっきり違うのだと思います。
未来ある子ども達、これからは人生100年の時代になっていきます。
小学生にとっては、意識しないでも時間は永遠にあるように思っているのかもしれません。
命とは何でしょう。
時間とは何でしょう。
家族で、この夏休み期間中にこの命題を話題にして頂けるとありがたいです。