2022年1月の記事一覧
新しいおもちゃが増えました♪
郷土資料館には皆さんに遊んでいただける昔のおもちゃコーナーがあります。
新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から数を減らしていますが、紙でっぽうや、ぶんぶんゴマ、万華鏡など懐かしのおもちゃが揃っています。
そんなおもちゃたちの中に、本日新たな仲間が加わりました!
それがこちら
ビー玉転がしです!
お菓子の空き箱や使用済みの段ボールなどを利用して、手づくりしてみました。
「こんなのあったな~」なんて思い出してくださる方も多いのではないでしょうか。
実際に遊んでみると、実に難しい!大人でも簡単にはクリアできません!
でもその難しさがクセになるんです♪集中して、ゆっくり箱を傾けてビー玉を転がすのがコツですよ。
私も小さい頃、初めてビー玉転がしを遊んだ時には全くクリアできず、悔しい思いをしたものです。今の子にもそんな悔しさや、クリアした時の達成感を味わってもらえたらうれしく思います。
おもちゃを使ったあとは消毒をしますので、使用済みおもちゃのカゴに入れておいてくださいね。
外は寒く、コロナの状況もあり、外出を控えていらっしゃる方も多いかと思います。十分に注意していただいた上で、よろしければ新作のおもちゃを遊びにきてください。
【体験ワークショップ】からくり屏風をつくろう!
1月23日(日)に体験ワークショップを開催します。
体験ワークショップでは、紙芝居、蓄音機の上演、昔のおもちゃづくりをします。
今回つくる昔のおもちゃは「からくり屏風」です。
2枚の板に貼られたかわいらしいパンダの絵♪
折りたたんで・・・
開いてみると・・・
ニャンと!ネコの絵になりました!
さらにはペンギン、ヒツジの絵にもなっちゃいます!
2枚の板から4枚の絵が現れる不思議な“からくり屏風”!みんなで一緒に作ってみましょう♪
申し込み不要、おもちゃの材料も資料館で用意しております!
当日の午前10時30分と午後2時からの計2回開催しますので、お時間までに郷土資料館にお越しください!
【体験ワークショップ】
日時:令和4年1月23日(日)午前10時30分~・午後2時~
場所:春日部市郷土資料館(春日部市粕壁東3-2-15)
内容:紙芝居と蓄音機の上演
昔のおもちゃづくり(からくり屏風)
費用:無料
申込:不要(開催時間までに郷土資料館におこしください)
※参加者多数の場合、人数制限をさせていただく場合がございます。当日はマスクを着用いただき、体調が優れない場合は参加をお控えください。
【謹賀新年】 #寅年 の古文書
新年あけましておめでとうございます。今年も「ほごログ」春日部市郷土資料館をどうぞご贔屓に。新年一発目は、縁起担ぎに「 #寅 」ゆかりの資料を紹介。 #日光道中 #粕壁宿 の成立を考える上で興味深い資料です。 #初詣 #寝正月 の暇つぶしにどうぞ。
この古文書は「武州文書」(国立公文書館の内閣文庫蔵)に収録されているものです。「武州文書」とは、文化年間(1804-18)「新編武蔵風土記稿」の編纂資料として、江戸幕府の役人が調査・模写した中世から近世初期の文書約1400通が収録されている資料です。
「新編武蔵風土記稿」や「武州文書」によれば、この古文書は粕壁宿の九左衛門家に伝来したものであるといいます。現在、判が押されている原本は残念ながら散逸してしまったようですが、郷土資料館では九左衛門家の末裔の方から写しをお預かりして大切に保管させていただいています。
さて、前置きが長くなりましたが、古文書には次のように記されています。
糟壁新宿
任先判故ハ、早々
自前々居住之
者共相集、定
成ケ之儀厳密ニ
可致沙汰者也
寅九月十二日 高力(印影)
図書
弾正
(本文読み)かすかべしんじゅく、せんぱんにまかすゆえは、そうそうまえまえよりきょじゅうのものどもあいあつめ、さだめなりかのぎ、げんみつにさたいたすべきものなり(古文書の読みについては『春日部市史古代・中世史料編』による)
この文書は、岩槻城主の高力清長(こうりききよなが)が、寅年九月十二日に図書(ずしょ)と弾正(だんじょう)という人物に宛てたものです。高力は徳川家康が関東に入部した直後の岩槻城主でした。文面から、高力が戦国期に戦災で疲弊した糟壁新宿の再建するため、離散した住民を集め、年貢(定成ケ)を納めるように命じたものと解釈できます。宛名の図書は、元新宿に拠点をもった土豪関根図書助(ずしょのすけ)。弾正は『新編武蔵風土記稿』によれば、市野割(一ノ割)に拠点をもった土豪大熊弾正であると考えられます。すなわち、両名に「糟壁新宿」の復興を命じていることから、当時、人馬を継立する宿駅は、元新宿・一ノ割近辺(現・大池通り)に所在したものと推測されています。
さて、今回の焦点は「寅年」です。古文書の年代の部分を抜き出すと、
「九月十二日」の肩にカタカナの「ア」のような字(「刁」)が書かれていますが、これが「寅」(異体字。別の書き方)です。
字は「寅」で間違いないのですが、寅とあるだけで、いつの寅年なのでしょうか。これまで、①天正18寅年(1590)説、②慶長7寅年(1602)説が唱えられ、意見が分かれるところでした。
ただ、高力清長は、所領を慶長4年(1599)に嫡孫の忠房へ譲っていることから、天正18年説が有力であると考えられます。郷土資料館では天正18年説を推しているのですが、未だに慶長7年説だとおっしゃる方もいます。
しかし、最近、粕壁の九左衛門家に伝来する系図に接する機会がありました。系図によれば、戦国期から近世初頭の関根図書助と比定される人物は慶長5年(1600)3月没と記されています。したがって、②慶長7年(1602)説は成り立たず、①天正18寅年(1590)説が最有力であるといえるでしょう。
ちなみに、私たちが粕壁宿と呼んでいる現在の春日部駅東口(春日部大通り)の町並みは、慶長16年(1611)に町割りがされ、六斎市が立てられたとの記録が残っています(『春日部市史近世史料編Ⅱ』p702)。関根図書助の後裔は、おそらく慶長16年以降に元新宿から粕壁宿の新宿に移住し、東八幡神社と真蔵院を現在地に移したと考えられます。ですから、粕壁宿は江戸時代に成立した宿場であり、戦国期には、元新宿や一ノ割に中世的な宿場「糟壁新宿」があったと想像できるのです。
わずか12年の違いですが、「糟壁新宿」が成立した「寅年」を①家康入部直後、②関ケ原戦い以後のどちらかで理解するかは、春日部の歴史にとって大変意義深いことなのです。
思い返せば、昨年はおととしに引き続く新型コロナウイルスの猛威もあり、大変な一年となりました。上の古文書をみれば、春日部にとって「寅年」は復興・再建元年といえるでしょうか。
今寅年が皆様にとって、実りのある一年でありますように。令和4寅年 元旦