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春日部の神楽と囃子 『新編図録春日部の歴史』からのご紹介25
春日部市内には不動院野の神楽(かぐら)、榎の囃子(はやし)神楽、倉常の神楽囃子(ばやし)という3つの神楽囃子があり、それぞれの保存団体が大切に守り伝えています。
これらの神楽、囃子は、地理的に近い場所で行われているだけでなく、演目や曲目、伝来過程にも共通点があります。
不動院野の神楽は、道具入れの箱書きに嘉永(かえい)六年(1853)とあり、茨城県の大杉神社の神楽を習得したと伝えられています。
榎の囃子神楽は、由来が2つあり、一つは「正徳年間(1711~16)に疫病が流行したので、疫病退散と五穀豊穣を願って、茨城県の大杉神社から分霊を迎えた際、大杉様に奉納するために習った」というもの、もう一つは「明治時代に東京の太夫元に頼んで来てもらい神楽の伝授を受けた」というものです。
倉常の神楽囃子も、正徳年間に疫病が流行したとき、茨城県の大杉神社から分霊を受け、疫病退散を願って囃子を演奏して祭りを行ったといい、具体的な伝授元は不明ですが、江戸囃子の系統である榎の囃子と同系統と考えられます。
12月3日(日)13時10分から正風館(大衾307-1)にて、第7回春日部市民俗芸能公開事業
市内の神楽とお囃子が一度に鑑賞できる絶好の機会ですので、皆さまお誘いあわせのうえ、ぜひご来場ください。
「春日部の神楽と囃子」『新編 図録 春日部の歴史』234ページ
榎の囃子神楽
倉常の神楽囃子
不動院野の神楽
これらの神楽、囃子は、地理的に近い場所で行われているだけでなく、演目や曲目、伝来過程にも共通点があります。
不動院野の神楽は、道具入れの箱書きに嘉永(かえい)六年(1853)とあり、茨城県の大杉神社の神楽を習得したと伝えられています。
榎の囃子神楽は、由来が2つあり、一つは「正徳年間(1711~16)に疫病が流行したので、疫病退散と五穀豊穣を願って、茨城県の大杉神社から分霊を迎えた際、大杉様に奉納するために習った」というもの、もう一つは「明治時代に東京の太夫元に頼んで来てもらい神楽の伝授を受けた」というものです。
倉常の神楽囃子も、正徳年間に疫病が流行したとき、茨城県の大杉神社から分霊を受け、疫病退散を願って囃子を演奏して祭りを行ったといい、具体的な伝授元は不明ですが、江戸囃子の系統である榎の囃子と同系統と考えられます。
12月3日(日)13時10分から正風館(大衾307-1)にて、第7回春日部市民俗芸能公開事業
「神楽囃子が聴こえるー榎・倉常・不動院野の共演」
と題しまして、これらの神楽を舞台上で演じていただきます。三団体によるお囃子のリレーが見どころです。市内の神楽とお囃子が一度に鑑賞できる絶好の機会ですので、皆さまお誘いあわせのうえ、ぜひご来場ください。
「春日部の神楽と囃子」『新編 図録 春日部の歴史』234ページ
榎の囃子神楽
倉常の神楽囃子
不動院野の神楽