ほごログ(文化財課ブログ)

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郷土資料館体験ワークショップを開催しました

令和5年8月20日(日)の午前と午後各1回ずつ、郷土資料館体験ワークショップ「ストロー弓矢を作ろう」を開催しました。

体験ワークショップは、①蓄音機の上演、②春日部に伝わる伝説の紙芝居の上演、③おもちゃ作りの3本立てです!

作るおもちゃの種類によって、所要時間は40分から1時間程度となっています。

 

蓄音機の上演(午前)

蓄音機の上演(午後)

今日のワークショップは夏休みということもあってか、通常よりもたくさんの子どもたちが集まってくれました!

ワークショップで使用している蓄音機は100年ほど前に使われていたもので、今や貴重な一品。みなさん耳を傾けて、懐かしく珍しい音色を楽しんでいました!

 

紙芝居朗読

本日の紙芝居は西金野井に伝わる伝説「江戸川を流れてきた獅子」です。みんな静かにしっかりと聞いてくれましたね♪

 

おもちゃ制作風景(午前)

おもちゃ制作風景(午後)

おもちゃは「ストロー弓矢」を作りました。ストロー弓矢は今年の新作おもちゃです!

ご家庭にある材料で簡単に作れます!今回は頑丈に作るために、弓の部分に分厚いラップの芯を使いましたが、ご家庭ではキッチンペーパーやトイレットペーパーの芯で代用可能です。

郷土資料館の企画展示室で土器をたくさん並べているので、ちょっと縄文時代や弥生時代を意識して“狩り体験”♪

おもちゃ遊び風景

よーく狙って・・・ドヒュンッ!

かなり勢いよく飛びます!

 

缶バッジづくり

最後におまけの缶バッジづくり体験!

これが結構人気です♪毎回異なる絵柄をしているのでリピーターの子も喜んでくれます。

 

本日も暑い中お越しくださりありがとうございました!

次回の体験ワークショップは10月に開催予定です。詳しくは広報誌等でご覧ください。

お待ちしています!

 

【体験ワークショップ】ストロー弓矢を作ろう!

8月20日(日)に体験ワークショップを開催します。

体験ワークショップでは、蓄音機の上演、紙芝居、昔のおもちゃづくりをします。

今回作る昔のおもちゃは「ストロー弓矢」です。

ストロー弓矢

ストロー弓矢は今年の新作おもちゃです!

 

今夏、郷土資料館では土器をたくさんならべた企画展示を開催しています。縄文時代や弥生時代には、イノシシやシカなどの動物を狩っていました。そこで、ワークショップでもちょっとした“狩り体験”ということで今回のおもちゃを作成してみました!

ストロー弓矢で的あて!

楽しく遊べるように的も用意してあります!

みんなうまく当てられるでしょうか♪

 

ワークショップは申し込み不要、おもちゃの材料は資料館で用意しています。

当日の午前10時30分と午後2時からの計2回開催しますので、お時間までに郷土資料館にお越しください!

 

【体験ワークショップ】

日時:令和5年8月20日(日)午前10時30分~・午後2時~

場所:春日部市郷土資料館(春日部市粕壁東3-2-15)

内容:蓄音機と紙芝居の上演

   おもちゃづくり(ストロー弓矢)

費用:無料

申込:不要(開催時間までに郷土資料館にお越しください)

展示替はじまっています

7月2日までの企画展の資料を撤収しました。素丸書の松尾芭蕉の肖像画の軸を巻き、まさにしまおうとしたところ、軸の表紙に目がとまりました。

軸の表紙

墨書や蔵書印があるのですが、注目は次の蔵書印です。

画像:蔵書印

鼎(かなえ)を模している印なのでしょうか。やかんでしょうか。形はよくわかりませんが、文字はちょっと読みづらいかもしれませんが、印には「宜春園(ぎしゅんえん)」と印刻されているようです。

宜春園とは、江戸中期の備後の文人・石井文龍が、師匠の溝口素丸から与えられた号です。素丸も宜春園を名乗っていたといい、文龍にとっては誉れ高き名跡だったはず。その後、宜春園の名跡は、地元の文人に継承されていきました。

詳しくは、松尾芭蕉の肖像が春日部に伝来した理由を参照してください。

つまり、芭蕉の肖像の軸に「宜春園」の蔵書印が捺されているということは、まぎれもなく石井文龍の持ち物だったといえるわけです。今後、「宜春園」の蔵書印に注目しながら、他の資料を検討していけば、何か新たな発見があるかもしれません。撤収のさなか気づいた今後の課題です。終わりは始まりなのです。

さて、撤収後、次の企画展示「あなのあいた壺」展の設営が始まりました。

写真:展示の設営

前の展示は、紙ものばかりでしたが、今度はうってかわって立体的な土器が並びます。資料の種別や特性によって、取り扱い方も全く違います。倒れないように、土器専用の台やテグスなどでしっかり固定しています。立体的な資料なのでどの部分を見せたいのか、担当の学芸員の個性が出るところでしょう。

終わりは始まり、ですが、展示の設営が始まったということは、これもいつか終わりを迎えるのです。

終わりは始まり、始まりは終わりなのです。

企画展示は期間限定ですので、お見逃しなく。

 

●春日部市郷土資料館 第68回企画展示

権現山遺跡発掘調査60周年記念「あなのあいた壺」権現山遺跡の底部穿孔壺と墓でつかわれた土器

会期:令和5年7月22日(土)から9月3日(日)

開館時間:午前9時から午後4時45分

休館日:毎週月曜日・祝日・8月5日(土)午後・8月6日(日)

会場:春日部市郷土資料館(春日部市粕壁東3-2-15・048-763-2455)

【共催展】撤収・搬出

9月4日までの宮内庁・春日部市共催展示「明治天皇と春日部」展の撤収・搬出が終わりました。共催展について、色々発信してきましたが、これが本当に最後の記事になるでしょう。 #かすかべプラスワン

 

8日(木)には宮内庁宮内公文書館の皆さんが来館され、展示資料の撤収作業を行いました。

写真:資料の撤収1

一つ一つ、史料の状態を確認しながら、一つ一つ、梱包をしました。狭い展示室にもかかわらず、展示作業は「あーでもない、こーでもない」と時間がかかるのに、片づけは早いのです。

記録で撮影していると、「「ほごログ」にまた出ちゃうの!?」とおっしゃっていたので、ご希望通り、全世界にご披露します。

写真:撤収の模様

宮内庁宮内公文書館の担当者の御三方が春日部の地で揃うのも、この日が最後。片づけられ、がらんとした展示ケースもあって、少し物悲しく感じた一日でした。

9日(金)は資料搬出日でした。

写真:資料の梱包

埼玉鴨場から借用した大型資料の梱包、資料の最終確認をして、宮内庁からお借りした資料は、越谷市の埼玉鴨場、そして、お城のなかの宮内庁宮内公文書館へと帰っていきました。展示していたのは、わずか2か月足らずの期間でしたが、トラックを見送るとき、ほっとしつつも少し寂しく思いました。「サヨナラ、宮内庁!」

当館で実施された、宮内庁宮内公文書館の出張・共催展示は、今後も継続して開催するとのこと。春日部会場が片付いて、宮内庁の皆さんは来年度の準備に切り替えていくそうです。

当館も別の機関への借用資料もありますが、これでひと段落。次の展示や事業に向けて、こちらも切り替えです。

宮内庁の皆さんには本当にお世話になりました。改めてお礼申し上げます。皆さまには、宮内庁宮内公文書館・春日部市郷土資料館それぞれ、今後ともご支援いただければ幸いです。

 

 

 

【共催展示閉幕】記念シンポジウム・ミュージアムトーク

9月4日(日)宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」が閉幕しました。最後の週末に展示に花を添えたのは、記念シンポジウムとミュージアムトーク。それぞれ多くの方にお集まりいただきました。

9月3日には、記念シンポジウム「江戸川筋御猟場―埼玉県東部・宮内省・民衆―」を開催しました。このシンポジウム申し込みから数日で定員に達してしまったほど、関心の高い事業でした。

シンポジウムには、明治学院大学の吉岡拓先生、中央大学の宮間純一先生、宮内庁宮内公文書館の篠﨑佑太先生をお招きし、郷土資料館の学芸員も登壇しました。

写真:記念シンポジウムの会場

個別報告では、江戸川筋御猟場について、地域の狩猟(榎本)、宮内省(篠﨑)、行政と政治・天皇の受容の問題(吉岡)を視点にして、史料に基づき濃密なお話をいただきました。じっくり時間をとってお話しいただいてもよい濃密な話でした。ディスカッションでは、会場からいただいた質問用紙に応えながら進行しました。短時間では、さばききれないほどの質問があり、嬉しい悲鳴。受講者の皆さんの関心が高く、学習に熱心であることに非常に驚かされました。登壇された先生方も「春日部の方たちは非常に熱心だ」とご感想をいただきました。

写真:シンポジウムの討論

ディスカッションの最後に、吉岡先生が「春日部市域の御猟場については、史料が少なくまだわかっていないことが多い。春日部市域には個人のお宅に御猟場の資料が眠っている可能性がある。ご存知の方がいれば、ぜひ春日部市の郷土資料館へご一報願いたい」とご発言いただきました。郷土資料館の活動をご紹介いただき、またそれが郷土の歴史の解明にとって、重要であることを位置付けていただく趣旨のご発言でした。

江戸川筋御猟場は、埼玉鴨場の残るの越谷市ではそれなりに関心のあるテーマのようですが、今回をきっかけに、春日部市域でも史料の調査が進み、調査研究を深化させられる、そうした可能性を指し示すシンポジウムになったように思えました。ご登壇いただいた先生方、ご参集いただいた会場の皆さま、どうもありがとうございました。

 

最終日の9月4日には、学芸員による展示解説(ミュージアムトーク)を開催しました。

シンポジウムの申し込みが間に合わなかった方、最終日に駆け込みで見に来てくださった方が集まり、午前、午後とも大変盛況でした。

写真:ミュージアムトーク

今回の展示では、宮内庁宮内公文書館の皆さんのご協力があり、例年よりも多くのイベントを組むことができました。特に重要だったのが、展示解説講座と前述のシンポジウムです。私自身、宮内庁の皆さんの展示解説講座を拝聴し、また自分で準備するなかで、展示資料の史料研究が進められ、資料に対して理解を深めることができました。

今回の展示では、宮内庁宮内公文書館の皆さんと展示設営を分担したこともあり、最初のミュージアムトークの時には、正直「なぜこれを展示したのだろうか」と疑念を抱くものも少なくありませんでした。しかし、前の通り展示解説講座やシンポジウムで資料の理解が進みましたので、最終日のミュージアムトークは、私自身これまでで一番うまくしゃべれた気がします(笑)

参加された皆さんからは、「話を聞いてよくわかりました」とか「まとめすごろくがよかった」とか「ごぼうのスタンプ押して帰ります」など、ご感想をいただきました。お集まりいただきありがとうございました。

 

展示は終了してしまいましたが、図録は今後も在庫が底をつく限り配布します。また、展示の成果として、引き続き、宿場町の模型には明治天皇の御昼食所と明治14年の巡幸の供奉者の昼食所を表示します。

シンポジウムでもご指摘いただきましたが、この展示をきっかけに、これまで分からなかった、意識されなかった巡幸、御猟場、梅田ごぼうについて、関心が高まり、新たに関係資料が発掘・発見されることが期待されます。そういう意味で、展示は終わりではなく始まりなのかもしれません。そして、春日部市郷土資料館は、目立たないのですが、日々成長しています。ぜひ、何かご存じの方は、春日部市郷土資料館へご一報ください。 

【週末に閉幕】「明治天皇と春日部」お見逃しなく

宮内庁宮内公文書館との共催企画展「明治天皇と春日部」は、9月4日(日)まで。最後の最後に、テレビでも紹介いただきました。 #かすかべプラスワン

昨日、テレビニュースでの紹介され、ネットニュースにも動画が公開されたお蔭もあって、今日はあいにくの天気で、平日にも関わらずにぎわっています。

明治天皇の巡幸、江戸川筋御猟場、梅田ごぼうを主要テーマとし、宮内庁宮内公文書館所蔵の資料をはじめ、春日部の郷土資料を陳列し、近代の皇室と春日部の歴史を展示紹介しています。

来館された方には、もれなく図録も差し上げています。あと2日、この週末で終わってしまいますので、ぜひ、お見逃しなく。

画像:チラシ

最終日の9月4日(日)には、学芸員による展示解説(ミュージアムトーク)も開催します。ふるってご参加ください。

ミュージアムトーク

日時:令和4年9月4日(日)10時30分~、15時~各回30分程度
場所:春日部市郷土資料館企画展示室(入館人数を制限する場合があります)
申込:不要。直接展示室にお集まりください。

展示解説講座その4「埼玉鴨場の設置について」

8月28日(日)講師に辻岡健志先生(宮内庁宮内公文書館)をお迎えして、「明治天皇と春日部」展の展示解説講座を開催しました。

テーマは「埼玉鴨場の設置について」。辻岡先生は、現在開催中の「明治天皇と春日部」展において、「埼玉鴨場の設置」の展示設営を担当いただいた方です。埼玉鴨場は、春日部市のお隣の越谷市内に現在も宮内庁が所管する施設です。明治41年(1908)に当時南埼玉郡大袋村に鴨猟をおこなう施設として設けられました。春日部とは関係がないようですが、前の講座のテーマにもなった江戸川筋御猟場に深く関係があります。

前回の講座に引き続き、今回の展示解説講座でも、現在「明治天皇と春日部」展で展示されている資料を丁寧に読み解きながら、鴨場の由来、宮内省が所管する他の鴨場の紹介、埼玉鴨場の成り立ちや利用の実態について、展示資料以外の資料も多用してお話しいただきました。

写真:講座の様子

講座のなかでは、鴨場となる敷地の買収の交渉過程について、詳しく説明がありました。埼玉鴨場の敷地はもともと桃や梅などの立ち木がうわっている土地や、田地などであり、鴨猟のために池が造成されたことが明らかにされました。また、明治天皇が埼玉鴨場に行幸になることはなかったそうですが、明治・大正・昭和前期の外交官の鴨猟一覧では、皇族の方々や外賓の方々が埼玉鴨場を利用されていることが示され、皇太子や皇太后が鴨場に行幸啓される過程についても資料から詳しくお話しされました。

写真:質問に答える辻岡先生

質疑応答では、鴨場の利用が皇室の「大喪」や「御不例」のため中止になっていることについて、鴨猟の起源についてなど、受講者から質問がありました。

講座終了後も質問される方の長蛇の列ができました。辻岡先生には、ご多忙のところ、貴重なご講演、丁寧なご対応、大変ありがとうございました。

展示解説講座は、当館学芸員による「明治天皇と粕壁宿」も含め、全四回、すべて無事に終了することになりました。

展示はあと一週間。ご覧になっていない方はお見逃しなく。

 

【八潮市立資料館】連携展示「八潮の御鷹場・御猟場」

久喜幸手杉戸越谷草加に引き続き、宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」の連携展示の紹介。最後となる6回目は八潮市立資料館です。 #かすかべプラスワン

「春日部の話じゃないじゃないか!」とお叱りを受けそうですが、春日部市内の歴史だけを切り取っても理解は深まりません。視野を広くもって春日部の歴史も考える必要があります。歴史は地域をつなぐ。そんな思いから、連携展示「埼玉県東部と近代の皇室」は企画されました。

写真:八潮市立資料館

さて、八潮市立資料館さんは、埼玉県東部でも特徴的な博物館施設です。博物館の機能のみならず、文書館、文化財センターの機能を有していて、展示事業だけでなく、幅広い活動で、八潮市域の歴史・文化財普及・研究の拠点となっている施設です。ミュージアムスタンプラリーの参加館でもあります。 

今回は、八潮市立資料館さんに、ご協力いただき、宮内庁共催展の連兼展示をお願いしました。

連携展示「八潮の御鷹場・御猟場」は、一階のロビー展示として開催されています。資料点数は多くはありませんが、パネルのみならず、原資料も陳列しており、見ごたえがあります。県立自然の博物館から借用した鳥のはく製も展示されており、お子様でも楽しめます。

展示の内容は、八潮市域が江戸時代には江戸幕府の御鷹場であり、明治時代には皇室の遊猟場である江戸川筋御猟場であり、その後、村営の猟区が設置される、鳥をめぐる歴史を紹介するものです。コンパクトな展示ながらも、身分制社会のなかでの御鷹場、皇室など限られた人々のための御猟場、そして、民間にも開放された猟区という図式で歴史の大きな流れにも沿い、核となる資料を並べ、春日部市域を含む東部地域にも共通する内容になっています。淑徳大学の博物館学芸員課程を履修する学生さんたちと設営した展示だそうで、とてもよい展示だと拝見しました。

現在、同館では、9月19日まで、企画展「八潮建物解体新書」も開催しています。こちらもあわせてお楽しみくだされば幸いです。

 ◆八潮市立資料館「八潮の御鷹場・御猟場」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  開館時間:9時~17時00分(民家は15:45まで)

  休館日:月曜日

  住所:八潮市南後谷763-50

  電話:048-997-6666

  https://www.city.yashio.lg.jp/kurashi/shisetsuguide/shiryokan/index.html

展示解説講座その2「梅田ごぼうの献上」

8月20日(土)講師に二ノ宮幹太先生(宮内庁宮内公文書館)をお迎えして、「明治天皇と春日部」展の展示解説講座を開催しました。

テーマは「梅田ごぼうの献上」。二ノ宮先生は、現在開催中の「明治天皇と春日部」展において、「第3章春日部市域の恩賜と献上」の展示設営を担当いただいた方です。梅田ごぼうは、春日部市内では割と知られた特産農産物。梅田女體神社の石碑もあり、大正時代に皇室に献上されたことが語たり継がれてきました。そのことは、前にも紹介しました。

前回の講座に引き続き、今回の展示解説講座では、現在「明治天皇と春日部」展で展示されている資料を丁寧に読み解きながら、皇室への献上の仕組みやプロセス、宮内省・埼玉県・南埼玉郡・内牧村の間で発信・授受される公文書のサイクルをまじえながら、梅田ごぼうがどのような目的で、何のために、どのように献上されていったのかを、解説いただきました。宮内省や埼玉県には梅田ごぼうの献上に関わる公文書が残されていますが、郡・村には文書がのこされていません。資料が限られているなかで、至極丁寧に史料を解釈され、歴史学研究の鑑のような報告だったと思います。

写真:講座の風景

質疑応答では、地元の石碑に刻まれる「大嘗祭御買上」と公文書の「伝献」「献上」はどう違うのか。梅田ごぼうは実際に供物としてささげられたのか、献上の規定の条文の解釈について、など、かなり鋭い質問が投げかけられました。

また、梅田ごぼうを実際に召し上がったことのある方も発言され、「昭和50年頃に甘辛く煮て食べ、香りがよくおいしかった」と、在りし日の梅田ごぼうの味を会場で共有することもできました。

写真:解説される二ノ宮先生

「伝説のごぼう」と言われますが、梅田ごぼうのことが着々と判明してきた貴重な機会となりました。

受講者の方からは、「公文書から梅田ごぼうのことがよくわかった」「丁寧なお話しありがとうございました」などの感想をいただきました。二ノ宮先生には、ご多忙のところ、貴重なご講演、丁寧なご対応、大変ありがとうございました。

展示解説講座は、引き続き、宮内庁宮内公文書館の辻岡健志先生をお迎えして、「埼玉鴨場の設置について」を解説いただきます。ぜひ、お申込みください。

#大人も子どもも 「明治天皇と春日部」展

9月4日(日)まで絶賛開催中の「明治天皇と春日部」展。内容は大人向け(歴史好きな人向け?)かもしれませんが、子どもでも楽しめる仕掛けを用意しています。今日はそんな一面をご紹介。 #かすかべプラスワン

まずは、以前にも紹介した「まとめすごろく」。白黒印刷の双六を配布していましたが、わりと好評で、カラー刷りの要望も出てくるほど。学校の先生方に教材としても利用していただきたいくらいです。現在は、ちょっぴり無理をして、カラー刷りですごろくを配っています。

さて、すごろくだから、サイコロがほしい、というご要望もあったので、サイコロを用意してみました。担当者としては正直どうかな~と思っていましたが、早速、小学校のご兄弟が夢中になって遊んでくれていました。嬉しいので、写真を撮らせていただきました。

 写真:まとめすごろくで遊ぶ兄弟

結構、白熱していました。「まとめすごろく」は、すごろくで展示の内容を総ざらいできる忙しい人向けの仕掛けです。お子様も「近代の皇室と地域の歴史」がわかるかも・・・しれません。

 

話題はもう一つ。当館の人気コーナーの一つ、体験コーナー。体験コーナーでは、昔のおもちゃで遊んだり、昔の道具を体験できます(もちろん感染症対策は万全です)。実は「明治天皇と春日部」展にあわせて、新たなおもちゃを用意しています。その名も「クロックノール」。

宮内庁が編さんした『昭和天皇実録』の中に、昭和天皇が幼少時代に「クロックノール」という遊びをされていたことが記されているそうですが、詳しいことは不明とのこと。巷では「クロックノール」は謎の遊びといわれています。

このたび春日部市郷土資料館では、「明治天皇と春日部」展に合わせて、「クロックノール」という遊びを再現してみました。色々な説はあるようですが、一説には「クロキノール」と呼ばれる、おはじきとカーリングを合わせた対戦型ボードゲームと解釈されています。そこで、明治36年の文献「クロック術」をもとに、これを作ってみました。すべて職員の手作りです。

これも「遊ぶ子はいるかな~」と思っていましたが、先日、兄妹で仲良く「クロックノール」してくれていました。「わいわい」「きゃーきゃー」言いながら楽しそうでした。おはじきのような遊びは今の世代の子どもたちにとって、かえって新鮮なのかもしれません。

写真:クロックノールで遊ぶ兄妹

昭和天皇も遊ばれた「クロックノール」(かもしれないおもちゃ)で、遊んでみてはいかがでしょうか。

企画展示「明治天皇と春日部」は9月4日(日)までです。

【草加市立歴史民俗資料館】連携展示「明治天皇草加行在所」

久喜幸手杉戸越谷に引き続き、宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」の連携展示の紹介。5回目は草加市立歴史民俗資料館です。 #かすかべプラスワン

「春日部の話じゃないじゃないか!」とお叱りを受けそうですが、春日部市内の歴史だけを切り取っても理解は深まりません。視野を広くもって春日部の歴史も考える必要があります。歴史は地域をつなぐ。そんな思いから、連携展示「埼玉県東部と近代の皇室」は企画されました。

写真:草加市立歴史民俗資料館

さて、草加市立歴史民俗資料館さんにご協力いただき、今回、草加市でも連携展示を開催しています。

草加には明治天皇の巡幸のときに、草加の大川弥惣右衛門宅が行在所(あんざいしょ)となりました。このことについて、常設展示に明治天皇の巡幸に関わる宮内庁宮内公文書館所蔵の文書や図面をパネルにて展示していただきました。大川家の屋敷は、近年まで現存しており、図面等も残っていたことから、草加市立歴史民俗資料館では、屋敷の模型を常設展示しています。旧日光道中(陸羽街道)沿いのまちでは、唯一「聖跡」の往時の遺構を復元したもの。今回、御小休所、御昼食所の図面が見出されましたので、草加市さんのような模型が復元できるといいなぁと、羨ましく拝見しました。模型と資料をぜひ合わせてご覧いただければと思います。

され、草加市立歴史民俗資料館は、草加の町なかに所在する草加市立草加小学校の旧校舎(国登録有形文化財)を活用している博物館施設。草加市は旧足立郡に立地するため、行政等では埼玉県南部に区分されますが、博物館関係のまとまりでは「県東部」に区分され、埼玉県博物館連絡協議会などでは大変お世話になっています。ミュージアムスタンプラリーの参加館でもあります。 

小学校の旧校舎という制約を受けながらも、企画展示をはじめ様々な事業を積極的に展開しており、草加の歴史文化発信の拠点となっています。近年は、東北諸藩の参勤交代の展示、マンモス団地「松原団地」の展示など、草加の歴史的な特徴を捉えた企画展示を立て続けに開催しています。江戸時代の日光道中の歴史、そして高度経済成長期を象徴する団地の歴史も、いずれも春日部にも共通する重要な点。いつも陰ながら、注目しています。

ロビーには松原団地の立体模型が展示されていました。職員さんの手作りだそうです。春日部的には、時間と手間と資料さえあれば、武里団地版をつくりたいなと思いました。本音は「どなたか、作ってください!」ですが。

写真:松原団地模型

 

現在は松尾芭蕉に関する企画展示「草加といふ宿」展を開催しています。

写真:草加といふ宿パネル

これも気合が入った企画展示。松尾芭蕉の著名な紀行文『奥の細道』の一節からとった「草加といふ宿」という展示名称もかっこいいです。館蔵の資料や各所から借用した芭蕉の句集などを一同に会して展示していました。キャプションも非常に丁寧に記述されており、見ごたえ抜群です。江戸深川を出た芭蕉の一泊目の地は春日部だったようですので、春日部のみなさんも必見の展示です。

連携展示も「草加といふ宿」展も9月4日まで。ぜひ、あわせて、ぜひご覧ください。

 ◆草加市立歴史民俗資料館「明治天皇草加行在所」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  開館時間:9時~16時30分

  休館日:月曜日

  住所:草加市住吉1-11-29

  電話:048-922-0402

  https://www.city.soka.saitama.jp/cont/s2105/030/010/010/PAGE000000000000028926.html

共催展「明治天皇と春日部」展、一部展示替をしました

9月4日(日)まで開催中の「明治天皇と春日部」展も、いよいよ折り返しです。8月9日(火)から一部展示替。後期展示が始まりました。 #かすかべプラスワン

大げさな表現ですが、展示替したのは一点のみ。明治天皇巡幸の錦絵です。明治9年に明治天皇が利根川での鯉猟をご覧になった模様を描く「奥羽御巡幸図会 利根川鯉猟天覧」を、明治9年に明治天皇が蒲生村(現越谷市)で田植えをご覧になった模様を描く「奥羽御巡幸図会 埼玉県田植展覧之図」に展示替えしました。いずれも埼玉県立歴史と民俗の博物館さんからお借りしているものですが、資料保存の観点から、展示期間は1か月との約束があり、このたび展示替えとなりました。

「奥羽御巡幸図会 埼玉県田植展覧之図」は、明治天皇が、蒲生村で馬車をとめ、たすき掛けする農夫の田植えをご覧になったもの。描かれているのは蒲生村ですが、記録によれば、大場村・大枝村(現春日部市)・大泊村(現越谷市)でも同じ光景がみられたとか。馬車は停まらなかったのですが。また、県の行政文書によれば、直前まで大場・大枝での田植えの天覧が計画されていたようです。大場・大枝のあたりでは富士山も一望できてとてもよい景色がみられたといいます。

そういうわけでは、後期展示に登場した「奥羽御巡幸図会 埼玉県田植展覧之図」は、春日部ゆかりの資料とも読み替えられそう。最終日まで展示していますので、ぜひご覧ください。

【越谷市大間野町旧中村家住宅】連携展示「越谷への行幸・行啓と埼玉鴨場」

久喜幸手杉戸に引き続き、宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」の連携展示の紹介。4回目は越谷市大間野町旧中村家住宅です。 #かすかべプラスワン

「春日部の話じゃないじゃないか!」とお叱りを受けそうですが、春日部市内の歴史だけを切り取っても理解は深まりません。視野を広くもって春日部の歴史も考える必要があります。歴史は地域をつなぐ。そんな思いから、連携展示「埼玉県東部と近代の皇室」は企画されました。

さて、越谷市教育委員会さんにご協力いただき、今回、越谷市でも連携展示を開催しています。会場は越谷市大間野町旧中村家住宅。大間野町旧中村家住宅は国登録有形文化財、江戸時代に旧大間野村(現越谷市大間野町周辺)の名主を勤めた中村氏の旧宅で、建築当初の姿に復元されたものです。展示は、屋敷内にパネルにて展示しています。

パネルでは、他の市町の展示と同様に、明治天皇の巡幸に関わる宮内庁宮内公文書館所蔵の文書や図面に加え、越谷市に所在する埼玉鴨場についても展示しています。

埼玉鴨場は明治41年(1908)6月、埼玉県南埼玉郡大袋村(現越谷市)に設置された、現在も宮内庁が管理する鴨猟の施設です。展示では、宮内省が敷地を買い上げたときの図面や、鴨場の敷地図面、建物の図面、鴨場内の写真、関係文書などを紹介しています。鴨場には、普段、一般の方は出入りできませんので、知られざる鴨場の姿がよくわかる展示になっています。

ぜひご覧ください。

 ◆越谷市大間野町旧中村家住宅「越谷への行幸・行啓と埼玉鴨場」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)

  休館日:月曜日、祝日の翌日

  入館料:一般100円、小中学生50円、未就学児無料

  住所:越谷市大間野町1-100-4

  電話:048-985-9750

  https://www.city.koshigaya.saitama.jp/smph/toiawase/shisetsu/dentobunka/oomanocyounakamurake.html

展示解説講座その1「江戸川筋御猟場と春日部」

8月6日(土)講師に篠﨑佑太先生(宮内庁宮内公文書館)をお迎えして、「明治天皇と春日部」展の展示解説講座を開催しました。

テーマは「江戸川筋御猟場と春日部」。篠﨑さんは、現在開催中の「明治天皇と春日部」展において、「第2章江戸川筋御猟場」の展示設営を担当いただいた方です。江戸川筋御猟場は、明治16年に千葉県・埼玉県に跨り設置された皇室の狩猟場。最も広域だった時代には、埼玉県下では、現在の春日部市をはじめ、幸手市、杉戸町、宮代町、白岡市、さいたま市岩槻区、越谷市、松伏町、吉川市、川口市、草加市、八潮市、三郷市を含むエリアに広がっていました。

今回の展示解説講座では、現在「明治天皇と春日部」展で展示されている資料を丁寧に読み解きながら、江戸川筋御猟場が設置される背景や、その仕組み、管理する宮内省の組織・機構、地域と御猟場の関わりについて、お話しいただきました。資料館の学芸員は「なるほど、そういう意図であの資料を展示したのか」と得心させられ、勉強になりました。

写真:講座の様子

他の御猟場との相違点から、江戸川筋御猟場の特徴を指摘しながら、主猟局長官などを歴任する山口正定の日記(写)を読み解き、御猟場における猟の実態や地域住民との関係を考察されました。山口は地域住民と広く交流し、かつ慕われていた人物であったことが想像されるお話しでした。また、春日部市域と江戸川筋御猟場の関係は、地元から登用された監守の職務、いわゆる「御猟場問題」として顕在化する地主(町村)への手当金の問題から、宮内省と春日部市域に歴史的な関係があることを紹介されました。

以前も記しましたが、江戸川筋御猟場については、わからないことがまだまだ沢山ありますので、今回の話は埼玉県(東部)の近代史にとって、大変貴重な成果になりました。

講演の後には、質疑応答。10名弱の方々から質問につぐ質問。時間いっぱいまで、非常に丁寧にたくさんの質問に応えていただきました。講演終了後にも、質問者の列ができるほど。

写真:篠﨑佑太先生

「とても面白かった」「知らないことばかりだった」など、みなさんとても満足された様子で、お帰りになりました。

篠﨑先生には、ご多忙のところ、貴重なご講演、丁寧なご対応、大変ありがとうございました。先生には、引き続き、9月3日(土)のシンポジウムでもご登壇いただくことになっています。

展示解説講座は、引き続き、宮内庁宮内公文書館の二ノ宮幹太先生、辻岡健志先生をお迎えして、「梅田ごぼうの献上」「埼玉鴨場の設置について」を解説いただきます。ぜひ、お申込みください。

【杉戸町南公民館】連携展示「明治天皇行幸と杉戸」

久喜幸手に引き続き、宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」の連携展示の紹介。3回目は杉戸町南公民館です。 #かすかべプラスワン

「春日部の話じゃないじゃないか!」とお叱りを受けそうですが、春日部市内の歴史だけを切り取っても理解は深まりません。視野を広くもって春日部の歴史も考える必要があります。歴史は地域をつなぐ。そんな思いから、連携展示「埼玉県東部と近代の皇室」は企画されました。

さて、杉戸町教育委員会さんにご協力いただき、今回、杉戸町でも連携展示を開催しています。会場の杉戸町南公民館では、館内の展示スペースを使って、明治天皇の巡幸に関わる宮内庁宮内公文書館所蔵の文書や図面などをパネルで展示しています。

写真:杉戸町南公民館

注目は、明治14年の巡幸で御小休所となった、北葛飾・中葛飾郡役所の図面です。周囲に堀(水路)と矢来が張り巡らされており、行在所、御小休所となった他の施設とは雰囲気が異なります。当時の地方行政は郡役所が一定の権限をもっていたようですが、残念ながら郡役所の文書はまとまって伝来しておらず、詳しいことがわかりません。今回の図面は、巡幸はもちろんのこと、郡役所の性格を考えるうえでも貴重な資料となるでしょう。

担当者は、この資料に初めて接した時、杉戸町の担当者の顔を思い浮かべ、早く報告したいと思ってしまいました。杉戸町の担当者の方も初めてみたと驚いていらっしゃいました。

展示では、パネルですが、限りなく大きく出力して展示しています。細部の文字まで読み取れるはずですので、ぜひご覧ください。ちなみに、郡役所は現在の杉戸町役場の敷地に建っていました。敷地の形や敷地内にある御小休所の石碑がかつての面影を物語っています。

◆杉戸町南公民館「明治天皇行幸と杉戸」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  開館時間:9時~17時

  休館日:月曜日・祝日

  住所:杉戸町堤根4089-1

  電話:0480-33-6476

ミュージアムトークやりました その2

8月3日、「明治天皇と春日部」展を展示室で解説するミュージアムトークを開催しました。関東地方、春日部は記録的な猛暑となりましたが、酷暑の中でも解説を目当てにした皆さまにお集まりいただきました。

写真:ミュージアムトーク午前

展示解説では、担当者が「まとめ」すごろくを用いながら、資料の見どころを解説しました。一通りの解説が終わると、いくつか、ご質問もいただき、説明が足りなかった部分を補足してお話しをしました。

写真:午後の解説

参加された方からご質問をいただき、担当者も今更ながら気づかされましたが、「近代の皇室にとって、春日部は特別な地域だ」と誤解をされている方が多いようです。展示の主題は、巡幸・御猟場・梅田ごぼうの三本立てで、それぞれは独立しているといっても過言ではないのですが、ご観覧いただいた方は、「明治天皇が御昼食で休まれた、だから御猟場が設置され、そして災害時の恩賜や、地元からの献上がされるのだ」と三本柱に歴史的な連関があるようにご理解いただく方が多いようです。そのため、「春日部は近代の皇室にとって特別だ!」と認識されてしまうのかなと思いました。この点は展示の見せ方に問題があると反省する次第です。

今回の展示では「春日部が特別だ」ということを強調しているつもりはなく、むしろ、埼玉県東部にも共通する巡幸、御猟場をめぐる歴史の一コマを紹介しているのですが、「宮内庁共催」のかんむりがつくと、どうしても特別感が醸し出されてしまうようです。

もちろん、宮内庁が所管する普段はなかなか展示できない、貴重な資料が並んでいるのは間違いないので、そのあたりはぜひじっくりと堪能いただきたいと思います。担当者としては、「皇室ゆかりの資料から、春日部の知られざる歴史の一コマが見えてくる」という点を、皆さまに受け止めていただきたいなと思います。

次回のミュージアムトークは、9月4日(日)、展示の最終日となります。展示についてご質問、ご疑問がある方は、担当者にぶつけにいらしてください。

そして、これから展示解説講座が毎週のように開講されます。定員にはまだ至っておりませんので、ご興味のある方は事前にお申込みください。

展示解説講座
 場所:春日部市教育センター2F 視聴覚ホール
 定員:50名(申込順)
  講座①「江戸川筋御猟場と春日部」 令和4年8月6日(土)14時~16時
   講師:篠﨑 佑太(宮内庁宮内公文書館)
  講座②「梅田ごぼうの献上」 令和4年8月20日(土)14時~16時
   講師:二ノ宮幹太(宮内庁宮内公文書館)
  講座③「明治天皇と粕壁宿」 令和4年8月21日(日)10時~12時
   講師:榎本 博(春日部市郷土資料館)
  講座④「埼玉鴨場の設置について」 令和4年8月28日(日)14時~16時
   講師:辻岡 健志(宮内庁宮内公文書館)
 申込:各回7月 12 日(火)より春日部市郷土資料館の窓口・電話・春日部市電子申請にて受付

【受講者募集中】「明治天皇と春日部」展示解説講座

宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」展では、イベントも盛りだくさんです。 #かすかべプラスワン

今回は、宮内庁宮内公文書館と春日部市郷土資料館の展示担当者計4名が、それぞれの展示担当テーマについて座学で資料を解説します。計4回の講座を1日でやってしまったもいいのですが、ちょっと頑張って、4日にわけて開催します。聞く方も大変ですよね。

初回は、8月6日(土)14時から。宮内公文書館の篠﨑佑太さんが「江戸川筋御猟場と春日部」をテーマに解説します。江戸川筋御猟場は、最大で北は幸手から南は八潮・草加(もちろん春日部市域も含まれています)そして東京まで広がる広大の皇室の御猟場でした。江戸川筋御猟場については、これまで御猟場の住民に対する補償金(手当金)をめぐる問題(御猟場問題)をめぐる研究がありますが、実は基本的なあり方や歴史的な変遷などよくわかっていません。実は『春日部市史』には御猟場の記述がほとんどありません。

篠﨑さんのお話は、宮内公文書館の文書や春日部市域に伝わる関係史料をもとに、春日部における江戸川筋御猟場について解説されるものと聞いています。春日部の郷土史とって、重要な成果であることは間違いなし。もちろん、展示もその成果の一部ですので、展示もご覧ください。

まだ若干席が空いておりますので、ご興味のあるかたは、郷土資料館まで、ぜひお申込みください(電話048-763-2455)。お申込みは、春日部市の電子申請からも可能です。

QRコード

 展示解説講座
 場所:春日部市教育センター2F 視聴覚ホール
 定員:50名(申込順)
  講座①「江戸川筋御猟場と春日部」 令和4年8月6日(土)14時~16時
   講師:篠﨑 佑太(宮内庁宮内公文書館)
  講座②「梅田ごぼうの献上」 令和4年8月20日(土)14時~16時
   講師:二ノ宮幹太(宮内庁宮内公文書館)
  講座③「明治天皇と粕壁宿」 令和4年8月21日(日)10時~12時
   講師:榎本 博(春日部市郷土資料館)
  講座④「埼玉鴨場の設置について」 令和4年8月28日(日)14時~16時
   講師:辻岡 健志(宮内庁宮内公文書館)
 申込:各回7月 12 日(火)より春日部市郷土資料館の窓口・電話・春日部市電子申請にて受付

【 #7月31日 】 #今日は何の日? in春日部

今から142年前の明治14年(1881)7月31日は、再び、明治天皇が粕壁で昼食をとられた日です。 #かすかべプラスワン

「再び」というのは、以前にも紹介した通り、明治天皇は、明治9年6月3日に東北巡幸のため粕壁の竹内家でご昼食ととられているから。

明治天皇は、明治14年にも山形・秋田・北海道巡幸のため、陸羽街道をたどり、明治14年7月31日に再び粕壁の高砂屋(竹内家)でご昼食をとられました。

現在開催中の「明治天皇と春日部」展では、明治14年に明治天皇がご昼食をとられた高砂屋(竹内家)の屋敷図面を展示しています。前にも紹介したように、粕壁においては、高砂屋(竹内家)の痕跡や記憶はほとんど伝わっておらず、高砂屋に関する資料も断片的でわからないことが多かったのですが、展示の準備調査で見出した竹内家の屋敷図面は、屋敷の部屋割りや構造はもちろん、明治天皇がご入室される行程や宮内省関係者の配置が克明にわかる資料です。常設展示に展示してもいい粕壁の歴史を物語る重要な資料です。レプリカを作りたいぐらいですし、屋敷の部屋割りなどを立体的に復元することができるかもしれません。

画像:高砂屋の図面

資料の写真は、高精細ではありませんが、宮内庁のホームページでも公開されています。こちらからご覧いただけます。8月21日(日)の展示解説講座「明治天皇と粕壁宿」では、高砂屋の図面を詳しく検討したいと思っています。今回の展示の目玉資料でもあり、今後の活用も期待される春日部にとって重要な資料といえますので、この機会に展示を見にいらしてください。

さて、明治9年には、岩倉具視、木戸孝允、土方久元が供奉しましたが、明治14年にはどんな方が来たのか。著名な方では、有栖川宮熾仁親王、北白川宮能久親王、大隈重信、大木喬任らが供奉しています。明治14年の巡幸では、宿割の記録が残されており、大隈重信をはじめ、供奉した方々が滞在・昼食をとられた商家(場所)もわかります。こちらについても展示で紹介しています。必見です。

1 展示会名 明治天皇と春日部~巡幸・御猟場・梅田ごぼう~

2 主  催 宮内庁・春日部市・春日部市教育委員会

3 会  期 令和4年7月20日(水)~9月4日(日)(休館日:月曜日、祝日)

4 開館時間 午前9時~午後4時45分

5 入  館 料 無料

6 会  場 春日部市郷土資料館(住所:〒344-0062 春日部市粕壁東 3-2-15(春日部市教育センター内))

 

過去の今日は何の日?in春日部シリーズ→1月1日版3月14日版3月27日版4月28日版6月3日版6月10日版9月16日版

【幸手市郷土資料館】連携展示「明治天皇幸手行在所-中村家の資料ー」

前回に引き続き、宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」の連携展示の紹介。2回目は幸手市郷土資料館です。 #かすかべプラスワン

「春日部の話じゃないじゃないか!」とお叱りを受けそうですが、春日部市内の歴史を切り取っても理解は深まりません。視野を広くもって春日部の歴史も考える必要があります。歴史は地域をつなぐ。そんな思いから、連携展示「埼玉県東部と近代の皇室」は企画されました。

さて、幸手市郷土資料館は、かつて本ブログでも紹介した博物館です。常設展示では、幸手市史編さん事業の成果をもとに幸手の歴史・文化を通史展示しています。コンパクトながらも、幸手の魅力が凝縮されており、見ごたえ抜群。隣接する民具資料展示室は、昭和24年竣工の旧吉田村立吉田中学校の校舎で、昔の生活・生業の道具が所せましと並んでおり、圧巻です。

写真:ポスター

連携展示「明治天皇幸手行在所-中村家の資料ー」は、明治天皇の巡幸で行在所となった幸手宿(町)の中村家について焦点を当てた展示です。中村家は二度も行在所(天皇がお泊りになった所)となったお宅でもあります。幸手市郷土資料館では、今回の連携展示に合わせて、中村家からゆかりの品々をお借りして、展示しています。埼玉県東部の宿場町には、御宿泊、御小休、御昼食といういずれかで明治天皇がご滞在されていますが、春日部(粕壁)も含めて、残念ながら、ゆかりの品はあまり伝わっていないようです。

しかし、幸手の中村家は、のちの「聖跡」指定にも深く携わられてきたこともあり、代々のご当主が明治天皇のゆかりの品々を大切に保管されてきたようです。戦前の写真にみる御座所を再現したかのような展示、そして中村家の屋敷図面の比較など、内容に深みがあり、とても見ごたえがあります。また、正岡子規の俳句の紹介もあり、内容に広がりがあります。

展示資料は幸手市郷土資料館のホームページに一部紹介されています。ここだけの話、春日部会場よりもよい展示かも(笑)。ぜひご覧ください。

ちなみに、見学に訪れたとき、幸手市郷土資料館の職員さんは、変化朝顔の手入れをされていました。幸手では明治時代に変化朝顔が愛好されていたそうです。花の時期はもう少し後とのことですが、連携展示と一緒に変化朝顔も楽しんでみてはどうでしょうか。

写真:朝顔の鉢植え

 ◆幸手市郷土資料館「明治天皇幸手行在所―中村家の資料―」

  会期:7月20日(水)~9月25日(日)

  開館時間:9時~17時

  休館日:月曜日(月曜日が祝日にあたる場合は翌日の火曜日)

  住所:幸手市下宇和田58-4

  電話:0480-47-2521

  https://www.city.satte.lg.jp/sitetop/soshiki/kyoudomuseum/index.html

 

【久喜市立郷土資料館】連携展示「明治天皇と久喜」

今回から、宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」の連携展示の紹介。初回は久喜市立郷土資料館です。 #かすかべプラスワン

「春日部の話じゃないじゃないか!」とお叱りを受けそうですが、春日部市内の歴史を切り取っても理解は深まりません。視野を広くもって春日部の歴史も考える必要があります。歴史は地域をつなぐ。そんな思いから、連携展示「埼玉県東部と近代の皇室」は企画されました。

さて、久喜市立郷土資料館は、旧鷲宮町の郷土資料館で、鷲宮神社のそばに立地します。常設展示では旧石器時代から、近現代までの久喜市の歴史が紹介されます。とりわけ、鷲宮神社が県内でも屈指の古社であり、文化財の宝庫でもあることから、鎌倉時代以降の鷲宮神社をめぐる展示、国指定重要無形民俗文化財「鷲宮催馬楽神楽」の展示が特徴的です。

写真:建物の外観

連携展示「明治天皇と久喜」では、明治天皇の巡幸を中心にした展示です。久喜市内には、春日部と同様に明治9年・14年に栗橋で明治天皇が御小休になり、9年には利根川で鯉漁をご覧になっています。また、明治29年には、埼玉県での近衛師団の演習をご覧になるため、鷲宮神社に立ち寄られ、御休憩となっています。展示では、宮内庁宮内公文書館のパネルのほか、久喜市立郷土資料館で収蔵する資料を展示しています。また、明治天皇ゆかりの人物として、久喜の偉人本田静六の事績も紹介されています。本田静六は「公園の父」とも称される久喜出身の林学者で、明治神宮の造営にも携わったそうです。

写真:展示のポスター

明治天皇の巡幸のみならず、本田静六にまで広げて展示されており、久喜市の歴史の特徴が出ています。春日部会場では展示していない資料も多く並んでいますので、ぜひご覧ください。

また、近隣には鷲宮神社をはじめ、明治天皇の聖跡の地に石碑が遺されています。あわせてお楽しみください。

 ◆久喜市立郷土資料館「明治天皇と久喜」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  開館時間:10時~18時

  休館日:月曜日、7月29日、8月12日、8月26日

  住所:久喜市鷲宮5-33-1

  電話:0480-57-1200

  https://www.city.kuki.lg.jp/miryoku/rekishi_bunkazai/kyodoshiryokan/

ミュージアムトークやりました

7月23日(土)春日部市郷土資料館にて「明治天皇と春日部」展の展示解説を実施しました。 #かすかべプラスワン

写真:午前の解説

午前の部は、お昼までご質問される熱心な方がいらっしゃいました。

写真:午後の解説

午後の部は閉館時間までご質問をされる熱心な方がいらっしゃいました。

午前・午後とも、その熱意に担当の学芸員も敬服いたしました。多くの方にご参加いただき、大変盛況、充実した一日となりました。

ミュージアムトークは、7月30日(土)、8月3日(水)、9月4日(日)にも開催します。いずれも10時30分~、15時~の一日二回。申し込みは不要ですので、時間までに展示室にお集まりください。7月30日は、中高生向けです。中高生向けの展示解説は当館初の試み。どうなるのでしょうか。

それらも踏まえて、引き続き「明治天皇と春日部」展をよろしくお願いします。

#忙しい人向け 明治天皇と春日部 #まとめ #すごろく

宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」展では、 #忙しい人のため #急いでいる人のために まとめすごろくを制作し、展示しています。 #双六 #かすかべプラスワン

画像:まとめすごろく

このオリジナルすごろくは、「明治天皇と春日部」のエッセンスを明治天皇の巡幸の行程になぞらえて通覧するもので、展示主要テーマの巡幸、御猟場、献上品について、近代の皇室と春日部市域・埼玉県東部地域の関係を紹介するために作りました。また、宮内庁の方との展示の調査・準備の過程の思い出や裏話も双六のマスに込めています。

展示をご覧いただいて、「小難しくてわかんないよ」「文書ばかりで難しい」と感じた方にも、展示の主要テーマをわかりやすく、そして楽しくお伝えしたく、頑張ってつくってみました。もちろん、すごろくとしても楽しく遊んでいただけます。

ミュージアムトークの時に、展示の骨子を説明するために配布しようと考えていますが、ご興味のあるかたはこちらからダウンロードできます。共催展まとめすごろく.pdf

先日、小学生の女の子が早速、遊んでくれていました。

写真:すごろくで遊ぶ女の子

マスの文字を読みながら遊んでくれていたので、制作者として嬉しかったので、写真を撮らせてもらいました。

サイコロは今のところ用意していませんが、展示の裏側もわかる、すごろく。忙しい人におすすめです。

企画展・来館記念オリジナルスタンプ

宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」にオリジナルスタンプが登場。その名も伝説の「梅田ごぼう」スタンプ! #かすかべプラスワン #梅田ごぼう #在来種 #ゴボウ

梅田ごぼうは、知る人ぞ知る、春日部固有の在来野菜。栽培が盛んだった市内の梅田地区の地名を冠したゴボウです。市内の梅田女體神社に御買上の記念碑があり、それもあってか地元では、大正天皇が即位されたときに皇室に献上されたことで知られています。太いごぼうの一種で、江戸時代の農書や料理書にも登場します(これについては後日紹介します)。

地元の方にお話を聞くと、梅田地区は砂地だったため、ごぼう栽培に適してたとか。平成13~14年ごろまでは市内で栽培されていたそうですが、栽培・収穫に手間がかかることから、市内の農家での栽培は断絶してしまいました。その後、復活に向けて地元の農家の方や埼玉県の農林部局が尽力しましたが、種を入手することができず、復活はできなかったと聞いています。ですから「幻のごぼう」と言われることもあります。現在は、市内の農家の方が、近似する品種の大浦ごぼうの種を播種し、春日部太ゴボウ、梅田うまみゴボウというブランド名で売り出しています。厳密には従来の梅田ごぼうではなく、大浦ごぼう系であるとのこと。煮ると柔らかく香りがよいのは同じですが、形は大浦ごぼうとも少し違ったと聞いています。

今回の展示では、梅田ごぼうの献上に関する新出の資料が並び、歴史のなかの梅田ごぼうのことが、少しずつですがわかってきました。写真をはじめ、ごぼうの挿絵、それから「梅田牛蒡」と記された書類などなど見出すことができました。これらの資料を集約して、かつては春日部を代表する野菜だった伝説のゴボウ「梅田ごぼう」をスタンプにしました。下の画像はその案内です。

画像:スタンプ案内

どんなスタンプの柄なのかは、展示会場で捺してみてください。たぶんゴボウのスタンプは、かなりレアなのではないでしょうか。資料館の職員にも好評です。

 

1 展示会名 明治天皇と春日部~巡幸・御猟場・梅田ごぼう~

2 主  催 宮内庁・春日部市・春日部市教育委員会

3 会  期 令和4年7月20日(水)~9月4日(日)(休館日:月曜日、祝日)

4 開館時間 午前9時~午後4時45分

5 入  館 料 無料

6 会  場 春日部市郷土資料館(住所:〒344-0062 春日部市粕壁東 3-2-15(春日部市教育センター内))

企画展示「明治天皇と春日部」展始まりました

本日7月20日(水)より、春日部市郷土資料館にて「明治天皇と春日部~巡幸・御猟場・梅田ごぼう~」展が始まりました。

 今回の企画展は宮内庁宮内公文書館とのコラボレーション展示。宮内庁との共催展は県内初。明治天皇の巡幸、江戸川筋御猟場、梅田ごぼうをはじめとする市域からの皇室への献上品を主要テーマにして、近代の皇室と春日部市域の歴史を紹介します。普段は春日部では見られない貴重な資料、そして、春日部の地に伝わった貴重な資料な資料が全128点、並びました。是非ともご覧ください。

1 展示会名 明治天皇と春日部~巡幸・御猟場・梅田ごぼう~

2 主  催 宮内庁・春日部市・春日部市教育委員会

3 会  期 令和4年7月20日(水)~9月4日(日)(休館日:月曜日、祝日)

4 開館時間 午前9時~午後4時45分

5 入  館 料 無料

6 会  場 春日部市郷土資料館(住所:〒344-0062 春日部市粕壁東 3-2-15(春日部市教育センター内))

 

今回の展示の柱でもある、巡幸・御猟場・皇室への献上品は、何も春日部だけではありません。この三本柱は埼玉県東部地域の歴史を特徴づける要素であり、歴史を語る上での重要なテーマともいえます。下記の近隣市町(久喜市、幸手市、杉戸町、越谷市、草加市、八潮市)でも関連する展示が同時に始まっています。この夏は、「明治天皇と春日部」展、各市町の連携展示、そして皇室ゆかりの史蹟をめぐり、埼玉県東部の郷土の歴史をお楽しみください。

 

連携展示「埼玉県東部と近代の皇室」会場・内容一覧

 ◆久喜市立郷土資料館「明治天皇と久喜」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  住所:久喜市鷲宮5-33-1

  電話:0480-57-1200

 ◆幸手市郷土資料館「明治天皇幸手行在所―中村家の資料―」

  会期:7月20日(水)~9月25日(日)

  住所:幸手市下宇和田58-4

  電話:0480-47-2521

 ◆杉戸町南公民館「明治天皇行幸と杉戸」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  住所:杉戸町堤根4089-1

  電話:0480-33-6476

◆越谷市大間野町旧中村家住宅「越谷への行幸・行啓と埼玉鴨場」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  住所:越谷市大間野町1-100-4

  電話:048-985-9750

 ◆草加市立歴史民俗資料館「明治天皇草加行在所」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  住所:草加市住吉1-11-29

  電話:048-922-0402 

◆八潮市立資料館「八潮の御鷹場・御猟場」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  住所:八潮市南後谷763-50

  電話:048-997-6666

【ハミ出し夏季展示】巡幸の記録にみる粕壁宿の町並み

7月20日(水)から始まる「明治天皇と春日部」展の一部を常設展示にハミ出して展示しています。 #展示替 #粕壁宿 #かすかべプラスワン

ハミ出し展示は、昨年度の夏季展示から恒例になったもの(昨年はプレ夏季展示といっていました)。春日部市郷土資料館の狭い企画展示室では収まりきれないので、ちょっとみっともないですが、苦肉の策で始めたもの。今回のハミ出し展示は、「明治天皇と春日部」展のテーマの三本柱の一つ「明治天皇の巡幸」に関する展示です。以前にも宿場模型に昼食所を表示したことを紹介しました。

今回は、ケース1つ分に、宮内庁宮内公文書館所蔵の巡幸に関する記録を展示しました。粕壁宿には、明治9年と同14年の巡幸のご一行がやってきましたので、両年の記録を陳列しています。

おすすめは、「明治天皇御紀資料稿本」。明治天皇紀の編修事業により、宮内省が収集した史料を収載した文書です。後年に編修されたものとはいえ、宮内省の公文書類を所蔵する宮内公文書館ならではの資料といえるでしょう。そのほかにも、貴重な文書が並んでいます。供奉した人々がどのように粕壁宿を描いているか、興味深い記述が満載です。

写真:展示風景

展示はいよいよ、7月20日からとなりました。

宮内庁の皆さんのご尽力もあり、何とか展示会期に間に合いそうです。

会期からフライングではじまったハミ出し展示は、会期前にもご覧いただけますので、予習でご来館されてはいかがでしょうか。

「明治天皇と春日部」展の展示設営が始まりました

7月20日(水)を初日とする「明治天皇と春日部」展の資料陳列の作業が始まりました。今回は、共催展示なので、宮内庁宮内公文書館の皆さんと協力しながら進めています。「展示なんてただ並べるだけでしょ」と思った方、違いますよ。 #博物館 #学芸員

資料は、一つずつ丁寧に梱包されておりますので、まず、それを一つずつ開梱(かいこん)するところから始まります。

写真:開梱作業

資料は薄葉紙(うすようし・うすばがみ)という品物を梱包するときにつかう専用の紙で梱包してあります。開梱しながら、資料の状態を確かめ、資料の性格を踏まえ、どのように展示したらよいのかを考えて、陳列するのです。上の写真は開梱の様子です。

資料の形状や状態を鑑みながら、資料に負荷・負担がかからないように、ケアしながら、資料を並べます。

下の写真は、冊子状の資料の下にあてがう、通称「マクラ」を製作しているところです。分厚い冊子を開いて展示すると、開いた箇所に負荷をかけることになります。そこで、冊子が水平になるように「マクラ」をあてがい、負荷がかからないようにするのです。マクラづくりは、展示現場でないと高さや大きさがわからないので、その場で製作するのです。

写真:マクラづくり

大きな博物館であれば、ゆったり陳列できますが、春日部市郷土資料館は、小さな博物館なので、どれだけ見栄えよく陳列できるかが勝負です。宮内庁宮内公文書館の皆さんも、これまでの展示経験から、ギッチリ並べて見せる派のようで、その意味では当館のやり方と親和的でした。下の写真は絵図を展示しているところです。展示台にどれだけのせられるかを確認しています。また、見栄えとともに、地震などへの対応、資料保護などの点にも注意します。なお、美術館では、作品をじっくり鑑賞していただくため、高さや位置に気を配りながら、一点一点の作品間の距離を適度に保つような展示法をとります。このように展示会のテーマ・内容や展示する資料・作品の違いによって、展示の方法は異なってきます。

絵図の展示

展示作業初日の今日は、宮内庁さんの展示技術や展示哲学に接し、また、こちらからも展示技術や哲学を伝え、刺激的な一日となりました。このように「あーでもない」「こーでもない」と話し合いながら、試行錯誤して、展示設営作業を進めています。果たして会期までに間に合うのでしょうか。

【ハミ出し夏季展示】粕壁宿模型に明治天皇の御昼食所

7月20日(水)からはじまる「明治天皇と春日部」に先立ち、常設展示の粕壁宿推定復元模型に明治天皇の御昼食所、供奉者の昼食所を表示しました。 #かすかべプラスワン

前の展示「宝珠花の歴史と大凧あげ」展の撤収も終わり、展示室はガランとしています。

写真:企画展示室

資料の搬入も終わり、いよいよ展示の設営が始まります。

これに先立ち、常設展示の粕壁宿町並み推定復元模型(ジオラマ)に少し細工をしました。明治14年7月31日、明治天皇は、巡幸の途次に、粕壁の字三枚橋の高砂屋を御昼食所とされ、休まれたことが知られています。ですから、ジオラマの該当地点に次のような立て札を置きました。

写真:ジオラマの明治天皇の表示

今回、当時供奉した有栖川宮熾仁親王や北白川宮能久親王、大隈重信や大木喬任などの昼食所の位置が、記録により判明しましたので、同様にジオラマに表示しています。いろいろ調べていく中で建物の配置や構造が判明し、模型の考証に修正を加える必要性があることもわかってきています。

展示は7月20日(水)からですが、先取りしたい方は、ぜひご覧になってください。

【ハミ出し夏季展示】近代の皇室史跡まっぷを展示

7月20日(水)からはじまる宮内庁との共催展「明治天皇と春日部」に先立ち、「埼玉県東部地区近代皇室史蹟まっぷ」をロビーにハミ出し展示しました。 #かすかべプラスワン

画像:埼玉県東部地区近代皇室史蹟まっぷ

今回の共催展の見どころの一つに、近隣市町で同時開催する連携展示「近代の皇室と埼玉県東部」があります。この事業は、春日部市の近隣市町(八潮市・草加市・越谷市・杉戸町・幸手市・久喜市)にご協力いただき、各市町の博物館施設や社会教育施設で近代の皇室と地域のつながりについて、展示・紹介するものです(会場等は下記のとおり)。

今回の共催展の準備・調査の過程で、春日部市のみならず、近隣市町ゆかりの資料を多く見出すことができました。春日部市郷土資料館と宮内庁宮内公文書館ではこの成果を生かすため、近隣市町に資料を提供し、連携展示を開催する運びとなりました。

各会場では、宮内庁から提供された資料パネルのほか、その会場でしかみれない実物の資料も展示される予定です。春日部会場では見られない貴重な資料も並ぶと聞いています。合わせてお楽しみいただけると幸いです。

そして、今回、ロビーに展示した「埼玉県東部地区近代皇室史跡まっぷ」は、連携展示会場の紹介にくわえて、近隣に所在する近代の皇室と地域の歴史を物語る史蹟を紹介するものです。展示の準備の過程で、宮内庁の方と実際に踏査したものになります。ダウンロードはこちら→宮内庁共催展東部地区関連マップ(公開用).pdf

この夏は、「明治天皇と春日部」展、各市町の連携展示、そして皇室ゆかりの史蹟をめぐり、埼玉県東部の郷土の歴史をお楽しみください。

 

連携展示「埼玉県東部と近代の皇室」会場・内容一覧

 ◆久喜市立郷土資料館「明治天皇と久喜」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  住所:久喜市鷲宮5-33-1

  電話:0480-57-1200

 ◆幸手市郷土資料館「明治天皇幸手行在所―中村家の資料―」

  会期:7月20日(水)~9月25日(日)

  住所:幸手市下宇和田58-4

  電話:0480-47-2521

 ◆杉戸町南公民館「明治天皇行幸と杉戸」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  住所:杉戸町堤根4089-1

  電話:0480-33-6476

◆越谷市大間野町旧中村家住宅「越谷への行幸・行啓と埼玉鴨場」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  住所:越谷市大間野町1-100-4

  電話:048-985-9750

 ◆草加市立歴史民俗資料館「明治天皇草加行在所」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  住所:草加市住吉1-11-29

  電話:048-922-0402 

◆八潮市立資料館「八潮の御鷹場・御猟場」

  会期:7月20日(水)~9月4日(日)

  住所:八潮市南後谷763-50

  電話:048-997-6666

宮内庁の方が郷土資料館所蔵資料を調査

宮内庁宮内公文書館と春日部市郷土資料館の共催展示「明治天皇と春日部」展の準備のため、宮内庁宮内公文書館の職員が資料調査に来館しました。 #かすかべプラスワン

写真:資料撮影の模様

写真:内牧村村長肖像の撮影調査

といっても、騒ぎ立てるほどのものではなく、至極普通のこと。以前より、展示の準備のため宮内庁の方は何度も何度も足を運ばれています。

ここで、皆さんに知っていただきたいことは2つあります。

まず、地元春日部でしか見られない資料があるということ。宮内庁宮内公文書館は約9万点の資料を所蔵しているそうですが、膨大な資料をくくっても分からないことがあるのです。今回は、展示の準備が差し迫ってきていますので、東京にいては分からないこと、知りえないことを確認されるために、わざわざお越しいただいたのです。春日部市郷土資料館には、世界に一つしかないオンリーワンの資料が沢山あるんですよ。

もう1つは、だからといって春日部が「偉い」とか「凄い」とかではなく、資料は平等ということ。今準備している展示では、宮内庁からお借りしてくる資料が多く並びますが、宮内庁所蔵だから「偉い」とか「凄い」というものでもありません。資料は、春日部のものであっても、宮内庁のものであっても、歴史を伝えるという意味においては、まったく同じです。今回の共催展では、宮内庁の資料と春日部の資料が所狭しと(実際に狭いのですが!)陳列される予定です。展示では、春日部の資料、宮内庁の資料、という風に見ないで、それぞれが歴史的な意義をもつ資料であることをぜひ見ていただきたいと思います。

資料もそうですが、展示を準備する担当者としても、宮内庁と春日部市という立場や、普段の業務や取り扱う資料の性質が違いますが、宮内庁の皆さんのご厚意もあり、お互いにリスペクトしながら、対等な立場で調査を重ねてきました(と私は思ってますが合ってますか?)。宮内庁の皆さんには、本当に感謝しています。

展示の千秋楽のあいさつのような文章になってしまいましたが、まだまだこれからです。目下、展示準備中。ご期待ください。

【夏季展示】情報解禁!【宮内庁コラボ展示】

春日部市郷土資料館の今年の夏季展示の情報発表が解禁されました。今年は宮内庁宮内公文書館との共催企画展「明治天皇と春日部~巡幸・御猟場・梅田ごぼう~」を開催します。 #かすかべプラスワン

今年の企画展はコラボレーション。コラボ先は、なんと宮内庁です。宮内庁宮内公文書館さんでは、毎年、首都圏の博物館や文書館を会場として、企画展示を開催していますが、埼玉県の施設で初コラボとなったのが、春日部市郷土資料館です。ですから、このコラボ展は県内初の試みになります。

内容は、明治天皇の巡幸、江戸川筋御猟場、梅田ごぼうを主要テーマとし、宮内庁宮内公文書館所蔵の資料をはじめ、春日部の郷土資料を陳列し、近代の皇室と春日部の歴史を展示紹介します。今回の調査で発見した資料も少なくなく、春日部の近代の歴史にとって、重要な資料が並びます。

 画像:チラシ表面

関連事業も盛りだくさんです。特におすすめなのは、県東部の近隣市町を会場とした連携展示です。近代の皇室と地域の歴史は春日部だけじゃない。近隣市町での展示やゆかりのある地もめぐりながら、春日部の特徴や他の町の地域の歴史も一緒に楽しんでいただこうとするものです。今年の夏は熱くなります。

 

展示は目下準備中です。ご期待ください。見どころや関連事業等、追々PRしていきます。

 

1 展示会名 明治天皇と春日部~巡幸・御猟場・梅田ごぼう~

2 主  催 宮内庁・春日部市・春日部市教育委員会

3 会  期 令和4年7月20日(水)~9月4日(日)(休館日:月曜日、祝日)

4 開館時間 午前9時~午後4時45分

5 入  館 料 無料

6 会  場 春日部市郷土資料館(住所:〒344-0062 春日部市粕壁東 3-2-15(春日部市教育センター内))

夏季展示が遺したもの

夏季展示「桐のまち春日部」展も終わり、ただいま資料返却の旅の最中です。資料をお貸しいただいた方々から、「いい展示だったね」「お役に立ててよかった」と感謝のお言葉をいただき、本当によかったなと思う毎日です。 #かすかべプラスワン

様々な方に巡り合い、お話しが聞けて、春日部の桐産業の理解が深まったこと、あるいはこれから深めていくきっかけになったことが、資料館として何よりの財産になったわけですが、ほかにも目に見える形で夏季展示を活かしていきます。今日は2点ほど、夏季展示を継承する成果を紹介します。

第一 桐箪笥のリーフレットを一新しました。

画像:新しくなった桐箪笥のリーフレット

今回の調査を受けて、より見やすく充実した内容に一新しました。まだ前の範の残部がありますので、在庫がなくなり次第配布します。小学校の地域学習の課題などにお役立てください。表紙には、桐箪笥から登場する郷土資料館あんない人の「うめわかくん」が!「うめかわくん」でなく「うめわかくん」です。

 

第二 桐箪笥のカンナくずを活用した体験講座の開発に着手しています。

桐箪笥屋さんから廃材となるカンナくずをご提供いただき、これを活かして何かできないかなと、展示期間中、職員一同頭をひねっていました。そして、たどり着いたのがカンナくずでつくったバラのブーケです。

 画像:カンナくずでつくったバラのブーケ

以前、実習生がしれっと紹介していましたが、もっと注目されてもいいモノだと思いますので、紹介させてください。

カンナくずを丁寧に折って花びらにし、これを組み合わせて「バラの花」に仕立てました。教育センターの清掃員の方からも大変好評です。先日、箪笥職人さんにもご披露したところ、大変喜んでくださいました。

春日部の象徴である「桐」の廃材を再利用して、美しいバラにする、まさにSDGs未来都市に相応しいといえましょうか。今はどのように事業化すればよいか思案しているところです。

これからも、展示の成果を郷土資料館の活動に活かしていきたいと思います。

小渕・観音院の聖徳太子立像

夏季展示「桐のまち春日部」展で展示中の聖徳太子立像(小渕・観音院所蔵)は、同展の目玉資料の一つです。今回は春日部の桐細工との関わりについて、ご紹介します。 #かすかべプラスワン

 写真:聖徳太子立像

小渕の観音院は、正式には小淵山正賢寺観音院といい、市内では現存する唯一の本山修験宗の寺院です。鎌倉時代中頃の正嘉2年(1258)建立とされ、市内最多の7躯の円空仏(小渕観音院円空仏群・県指定有形文化財)、元禄年間(1688-1704)建立と伝えられる小渕山観音院仁王門(市指定有形文化財)など、春日部のあゆみを理解する上で貴重な文化財を伝えています。イボ・コブ・アザなどにご利益のある「イボトリ観音」として古くから信仰され、5月の大型連休中に円空仏を開帳する「円空仏祭」や「四万六千日祭」(8月10日)などの年中行事に加え、近年はさまざまな催し物を織り交ぜたイベント「寺フェス」などを催し、寺院の新たな役割を模索しています。 

小渕の観音院に伝わる聖徳太子立像は、木造で厨子におさめられ、普段は本堂に安置されています。太子像は、髪を角髪(みずら)に結い、鳳凰丸紋(ほうおうまるもん)の朱華(はねず)の袍衣(ほうい)に袈裟(けさ)をかけ、柄香炉(えごうろ)を持っています。これは、父の用明天皇の病気平癒を祈った16歳の姿といわれ、孝養太子と呼ばれています。

観音院には、江戸時代、境内に太子堂があり、この中に安置されていたものと考えられます。

天保13年(1842)「小渕太子堂奉加帳」(市指定文化財)によれば、観音院の太子堂は、もともと宝暦5年(1755)に近隣の職人が講銭を集め、粕壁の八幡宮の宝殿に造営されたもののようです。経緯は不明ですが、その後、観音院に太子堂が移されたようです。天保13年、観音院と小渕村の職人たちは、この太子堂を修復するために近隣の職人などに寄付を募りました。この寄付台帳が「小渕太子堂奉加帳」です。奉加帳には、大工・木挽・建具屋など、市域周辺の250名余りの職人の名前が記録されています。このなかに、春日部の桐細工の起源とも考えられる、指物屋・箱屋の署名がみられます。箱屋と指物屋の区別は明確ではありませんが、いずれも木組みをして箱・長持・箪笥類を細工・製造した職人と考えられます。市域では、粕壁宿に箱屋9名、小渕村に箱屋1名・指物屋2名、樋籠村に指物屋1名、牛島村に指物屋3名、藤塚村に箱屋2名、指物屋1名、銚子口村に箱屋2名、備後村に箱屋1名が確認され、広範に職人が存在していたことがわかります。

写真:小渕太子堂奉加帳

聖徳太子は、四天王寺などを建立した事績から、各地で建築や木工の祖として崇められていました。春日部市域では残念ながらたどれませんが、県内では箪笥職人などが「太子講」という聖徳太子を信仰する講が組織される例があります。この「小渕太子堂奉加帳」により、観音院の聖徳太子像は、春日部の桐細工職人らに信仰されていたと考えられ、「講銭」が集められたという記述から、市域でも「太子講」に近い組織が存在していたことがうかがえます。

そういうわけで、観音院の聖徳太子立像は、春日部の桐細工の歴史に深く関わる資料といえます。桐細工の歴史を物語る資料は、紙の資料が大半を占めてしまいますが、数少ない立体の展示資料として、鮮やかな彩色も伴い、展示に華を添えています。

写真:聖徳太子

今回、観音院の「聖徳太子立像」と「小渕太子堂奉加帳」が初めて一同に会しています。展示室の照明の都合から、厨子から出した状態で「聖徳太子立像」を展示しています。像を単体で鑑賞いただけるのは、9月5日まで。あとわずかです。この機会に、ぜひともご覧ください。そういえば、今年は聖徳太子御遠忌1400年だそうです。

夏季展示はじまりました。展示解説講座も

#かすかべプラスワン 7月20日より夏季展示「語り出したらキリがない!桐のまち春日部」展がはじまっています。ご来館いただいた方には展示パンフレットを差し上げています。ぜひご来館ください。

写真:展示室風景

7月25日には、展示解説講座「史料にみる春日部の桐産業」も開催しました。

写真:展示解説講座の様子

展示担当の学芸員による今回の解説講座では、近世から現代の春日部の桐産業に関する史料を読み解きました。これまでの春日部の桐産業の歴史は、どちらかといえばあいまいにされてきた部分も多くありましたので、今回は史料に基づいて、近世から近代の桐産業の展開をたどってみました。史料とは文献・文字資料のことで、上の写真のスライドにもみえるように、くずし字の古文書も含まれます。ちょっと小難しかったかもしれませんが、受講者も講師もレジュメと終始にらめっこ。一言一句解説をしながら、受講者の皆さまと史料を解釈しました。

内容については夏季展示でも紹介しているところですが、少しだけ講座の内容を紹介。

春日部の桐産業の起源は、史料的には、天明元年(1781)までしか遡れません。天明元年の銚子口村年貢割付状(埼玉県立文書館収蔵銚子口区有文書)に、「一、戌新規 永百文 箱指冥加永」(ひとつ いぬしんき えいひゃくもん はこさしみょうがえい)とある記事が、現在判明する限りで最も古い桐産業の起源を示すものとなります。

「戌新規」とは、安永7年(1778)の戌年から新規にという意味。銚子口村では安永7年から「箱指冥加永」を「永百文」を毎年幕府に上納しているという記述です。「冥加永」とは、営業税の一種で、「箱指」とは箱・指物づくりをする職人のことを指しています。「箱指冥加永」を別の史料では「箱屋運上」と言い換えている史料もあります。同様に「箱指冥加永」を支払っている市内の村は、粕壁宿・備後村(当初は藤塚村も)であったこともわかっており、粕壁宿では、「永五十文」を毎年幕府に上納していたことが、市指定有形文化財の粕壁宿文書(埼玉県立文書館収蔵)から判明します。また、粕壁宿・備後村・銚子口村の箱指(箱差)はいずれも「農間箱指」「農業之間指物細工」などと表現された農業の合間の生業として、箱・指物づくりに従事していたこともわかります。

 実は桐細工であるかどうかはわからないのですが、このように桐箪笥・桐箱づくりの起源は、史料的には天明元年(1781)のものが最古で、安永7年(1778)より以前、市域において「箱指」がどのように存在していたのか、わからないのです。

となると、よくいわれている「江戸時代の日光東照宮に加わった工匠たちが春日部に移り住んで桐箪笥や桐箱の製造をはじめた」という起源の話は、いったいどうなるのでしょうか。解説講座では、この東照宮の工匠伝説についても言及しました。この点については夏季展示でも紹介しいるところですし、ミュージアムトーク(展示解説)でもお話する予定です。

気になる方は、ぜひ展示を見に来てください。

【プレ夏季展示最終回】常設展とロビーにハミ出し展示

いよいよ7月20日から始まる夏季展示「語り出したらキリがない!桐のまち春日部」展のプレ展示第3弾(事実上の最終回)です。まもなく、夏季展示が始まるので、今回は大きくハミ出しました。まず、常設展の展示ケースを展示替えです。夏季展示の関連資料を陳列しました。

写真:常設展のケース

 テーマは「桐箪笥・桐箱の流通・消費を考える」です。

今回の企画展示では、製造の工程や春日部の桐産業の展開を中心に紹介しています。これまでの成果も基本はその大枠を出るものではなかったと思います。生産量が増え、「桐のまち」へと成長していくのは自明のことですが、ではその需要はどこにあったのか。このハミ出し展示では、桐箪笥・桐箱の流通・消費のあり方を考える様々な史料を展示しました。ハミ出しており、一見、企画展示の本筋ではないようですが、実は本展示の核心的なテーマだったりします。資料の都合上、明治以降が中心となりますが、江戸時代にも遡って考えられるのではないか、と考えています。お見逃しなきよう。

もう一つは、ロビーのパネル展。

写真:ロビーのパネル展

ここには、「語り出したらキリがない、けど語らせて」と題し、今回の聞き取り調査、資料調査で得た「小咄」をコラム的に紹介しています。以前、紹介した藤塚橋の桐の木など、ちょっとした小ネタを余すところなく紹介しています。ミュージアムトークのネタが無くなってしまうかもしれません。企画展示室内にも同様のコーナーがありますが、パネルに貼りきれなかったので、ハミ出しました。

今回は、職人さんをはじめ、色々な方にご協力をいただいたので、手前味噌ですが本当に充実しています。展示は7月20日(火)から、いよいよ始まります。ご期待ください。

なお、開会後、最初の催し物として、展示解説講座「史料にみる春日部の桐産業」を以下の通り開催します。あわせてご利用ください。

日時:令和3年7月25日(日)午前10時~12時

会場:春日部市教育センター2階 視聴覚ホール

定員:30名

費用:無料

申込:郷土資料館へ直接、または電話。

【プレ夏季展示第2弾】常設展の桐タンスの解説がグレードアップ!?

7月20日から始まる夏季展示「語り出したらキリがない!桐のまち春日部」展プレ展示第2弾です。今回も夏季展示をハミ出して、常設展に展示中の桐箪笥・用箪笥の解説パネルを更新しました。

写真:常設展の桐箪笥・用箪笥

これまで、常設展示の桐箪笥の解説パネルには、資料名「桐箪笥」と使用推定年代だけ表示していましたが、これを一新。今回の夏季展示の調査で、職人さんや関係者の方に教えていただいた箪笥の見方を踏まえて、キャプションを記述してみました。

写真下段の箪笥は、上段に板戸付きの箪笥、下段には2つ抽斗(ひきだし)の箪笥の二つ重ねの箪笥で、「二つ重ね上開き箪笥」(戸開二重箪笥)と呼ばれています。この形は、近世の草双紙にも描かれるもので、関東地方では近世から明治時代にかけて多く製作されたようです。

画像:二つ重ね上開き箪笥が描かれる近世の版本

この挿絵は、寛政元年(1789)刊『炉開噺口切』(国立国会図書館デジタルコレクションより)に掲載されるもので、武家の屋敷に戸開きの箪笥がみえます。

展示中の箪笥は、粕壁の旧家(商家)から寄贈されたものです。形からみて、幕末から明治時代頃の箪笥だと考えられれます。箪笥は使用される部材によって等級や価格が変わるのですが、この箪笥は厚さ六分(18mm)の板を使っていますが、人目につかない部分は薄い板になっています。こうした製法を「上羽(うわば・上端)」といいます。どこが薄いのかは原物をぜひ見てください。「材をまけて、見栄えがよいように作る」職人のワザなんだと思います。

もうひとつ。箪笥の上に置いている小型の箪笥は、用箪笥(ようだんす)といいます。「ヨウダンス」という言葉は、一部の国語辞典にも掲載される「洋箪笥」(洋服をつるして収める箪笥)と同じ発音・イントネーションでもあり、また製造数も少ないため、「用箪笥」は過去の遺物になりつつあります。用箪笥は「サカ」と呼ばれ、引戸(ひきど)のないものを「一寸サカ」。引戸(ひきど)があるものを「二寸サカ」といい、この用箪笥は七つの抽斗(ひきだし)があるので「七ツ割」であり、製造する職人は「七ツ割一寸坂」と呼んだのではないと考えられます。用箪笥は、桐箱よりも大きく、箪笥や長持(ながもち)よりも小ぶりなため、本箱や硯箱(すずりばこ)とともに「中箱(ちゅうばこ)」ともいわれました。明治時代後期、粕壁周辺には「中箱」製造を得意とする職人「中箱師」が300人もいたといいます。現在は、春日部の特産品の桐製品は、桐箪笥、桐箱に二極化していますが、元来は、箪笥と箱の中間があったようです。なぜ、用箪笥を「サカ」と呼んだのか、わかりませんでしたので、どなたか知っている方がいたら教えてください。

作った職人が違うとはいえ、桐箪笥も用箪笥も、前面がきれいに整った柾目(まさめ)の板材を使っています。柾目とは平行で均質に整った木目のことで、箪笥等の家具に好まれる部材です。一本の丸太からとれる柾目の板は限られているため、希少な部材です。どのように柾目の板をつくるのか、箪笥が作られるのか、これについては夏季展示でも解説するところですので、展示の「予習」として桐箪笥や用箪笥をぜひご覧ください。もちろん、夏季展示の会期中にも展示する予定です。

 奥深いぞ!春日部の桐産業