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でばりぃ資料館へのお礼のお手紙をいただきました(豊春小のお手紙)

1月末から2月にかけて、絶賛展開中の「でばりぃ資料館」(出張授業)。 #かすかべプラスワン

学校では体験・経験できない授業だった、授業後も子どもたちは目を輝かせていたと、先生方からも大変ご好評いただいています。うかがった小学校の皆さんからお礼のお手紙をいただくこともしばしばあります。お礼のお手紙を書くことが学習の振り返りになるのでしょうか。学習の一環とはいえ、率直な意見・感想、何が印象に残ったコト・モノだったのかがわかり、大変興味深く拝読させていただいています。今回は、1月23日のでばりぃ資料館で訪れた豊春小学校のみなさんからいただいたお礼のお手紙を紹介します。

皆さん、イラストをまじえながら、お礼を書いていただいています。

画像:手紙1

60年前の豊春小学校には、豊春中学校が併設されていたこと、きちんと覚えていてくれたようです。また、昔の農業の道具「千歯こき」の画期的な脱穀を目の当たりにし、衝撃を受けた模様です。

当日、でばりぃ資料館の準備のさなか、豊春小学校の校章に「稲穂」があしらわれていることに、私たち担当者どもは気づきました。千歯こきの体験をしたり、昔の豊春小の周りは田んぼばかりだったことを説明しながら、「豊春小のマークにも「稲穂」があるよね!」「みんなの名札や通学帽をみてね」なんてお話ししました。

その話題が心に刺さったのか、豊春小の校章を描いてくれた子もいました。

画像:豊春小の校章

お手紙の裏面まで、かわいらしいイラストとメッセージを描いてくれた子もいました。

「でばりぃ資料館」という言葉が先行しがちなので、郷土資料館から来たということがわからない子もいるようです。郷土資料館の人たちとわかってくれたようで、よかったです。今度、遊びに来てくださいね。

画像:お礼のお手紙裏面

次のイラストは、 皆さんのお手紙を綴った表紙です。でばりぃ資料館の全体を俯瞰する見事なイラストで、すべての道具や体験したことを網羅したイラストになっています。全部覚えていてくれてありがとう!

画像:手紙の表紙

 

今回、もっとも感銘を受けたお手紙を紹介します。

画像:手紙

1月23日は、おせわになりました。そして今と昔がよくわかりました。

でばりぃしりょうかんのみなさんが、いっぱいいてほしいです。体に気をつけて行動してください。

ぼくも大人になったらでばりぃしりょうかんになりたいです。昔と今をみせてくれてありがとうございます。

でばりぃ資料館が「いっぱいいてほしい」とは、もっと充実してほしいという要望でしょうか。けれども、物足りなかったというわけではなさそうで、満足してくれたようです。

それは「大人になったらでばりぃ資料館になりたい」という一文からもうかがえます。まさか「でばりぃ資料館になりたい」という感想をいただけるとは!

でばりぃ資料館は、出張授業なので、人ではないのですが、想像を膨らませれば、学芸員になりたいということでしょうか。

昔と今、今と昔。昔が今につながっていて、今も昔につながっているという、えらい大人の人でもわからないことに興味をもち、そうなりたいと感じてくれたならば、でばりぃ資料館の私たちはうれしいです。

でばりぃ資料館になりたい君へ。まずは、郷土資料館に遊びに来てください。

【民俗芸能】公開事業を開催しました

2月4日(日)、庄和地区公民館(正風館)大ホールにて、第10回春日部市民俗芸能公開事業を開催しました。

「不動院野の神楽(市指定無形民俗文化財)」「西金野井の獅子舞(県指定無形民俗文化財)」を披露していただきました。

 

当日は、午前中に雪がちらつくなど終日寒い日となりましたが、140名の方に来場いただきました。ありがとうございました。

 

コロナ禍を開けて、4年ぶりの開催となります。今回のテーマは『舞って、笑って、悪霊退散』と、世界的なパンデミックにも関わるテーマとしました。折しも立春を迎える時期で、保存会からも厄を払う舞を演目に入れていただき、民俗芸能が古来から親しまれ、地域のみなさんの心の”よりどころ”にもなる本質を体現していただきました。

 

第1部は、東不動院野神楽保存会による「不動院野の神楽」です。

 

はじめは夏のかすかべ夏祭りでも演奏される「囃子」です。

太鼓と笛の音色で、軽やかな曲目を演奏していただきました。

 

次に、「大江山」では、酒呑童子の鬼退治にちなんだ神楽で、旦那や巫女のほか、通行人が現れて鬼と問答をはじめます。最後は渡辺綱が鬼と立ち回りを披露して、会場からは大きな拍手が沸き上がりました。お囃子の太鼓や鉦(かね)には中学生と高校生と、民俗芸能を担う、頼もしい後継者も参加してくれました。

 

 

続く2部は西金野井獅子舞保存会による「西金野井の獅子舞」を披露していただきました。

「出端」では、会場後方から観客席通路を通って、舞台に上がる演出で、観客席のすぐ近くを通る迫力ある獅子たちを見ることができます。

 

つづく「花見」では、女獅子を二頭の獅子が取り合う舞です。3頭の動きにどんな意味があるのかを保存会の方が解説をしてくださいました。

最後に辻斬りは、天狗を先頭に3頭の獅子が悪霊を払う舞です。本来は村の境界地で行う舞を、今回のテーマに沿って披露していただきました。

 

普段は限られた日時にしか見ることができない民俗芸能を、この機会に広く公開することができました。市内各所では、春・夏・秋に各種の民俗芸能が公開されますので、是非、現地にも訪れてみてください。

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「不動院野の神楽」(東不動院野神楽保存会)

公開日: ①4月15日に近い日曜日  ②7月の春日部夏まつり

場所:①大杉神社 ②内出町の山車

 

「西金野井の獅子舞」(西金野井獅子舞保存会)

公開日:7月の海の日に近い日曜日

場所:西金野井香取神社

 

【出張授業】でばりぃ資料館in上沖小学校

令和6年2月8日(木)に上沖小学校に出向き、第3学年の児童に向けて「でばりぃ資料館」を開催しました。

全体挨拶風景

この日は体育館で「昔の学校の道具・60年前の春日部」「昔の家の道具」のお勉強です!

 

「昔の学校の道具・60年前の春日部」コーナー風景

後ろから前から資料に集まる子どもたち

「昔の学校の道具・60年前の春日部」のコーナーでは、昔の学校で使われていた道具を触ってみたり、約60年前の春日部の空中写真を見ながら、上沖小周辺の様子を確認しました。

当時はまだ、上沖小学校は存在せず、周辺は田んぼだらけ。地域の子どもたちは粕壁小まで通っていました。

子どもたちからは「なんで上沖小ができたの?」という、いい質問が!

持参していった春日部の人口増加のグラフを見せながら、人が増えるにつれて子どもの数が増え、学校を増やす必要があったことなどを知ってもらいました。

 

「昔の家の道具」コーナー風景

「昔の家の道具」のコーナーでは、炭火アイロンや黒電話など、道具の使い方や、その動力となるものを解説しました。

道具の説明を一つずつ聞きながら、探検シートを記入したり、しっかりとメモを取る姿が印象的で、最後まで集中を切らさない子が多いように感じました!

道具を実際に触って体験した後には「楽しかった~」と飛び跳ねる子が現れるほど充実した時間を過ごしてくれたようです(笑)

 

今回は各コーナーの解説時間も十分にあり、しっかりと「なぜ」「どうして」の疑問を解決しながら進められ、学びを深められたかと思います!

なかなか郷土資料館の存在を知らないようで、来たことがない子も多い様子でしたが、でばりぃ資料館終了後には「今度行ってみよう♪」と言ってくれる子が何人もいました!

郷土資料館にはまだまだ見たことのない資料がいっぱいありますよ♪ぜひ来てみてくださいね!

【出張授業】でばりぃ資料館in幸松小学校

令和6年2月7日(水)に幸松小学校に出向き、第3学年の児童に向けて「でばりぃ資料館」を開催しました。

 

3クラスが「昔の家の道具」「昔の農業」「昔の学校の道具・60年前の春日部」の各テーマに分かれた教室に代わる代わる訪れ、見学や体験を行いました。

今回は図書室・理科室・郷土資料室を使用しましたが、図書室・理科室はいつもと違う風景に、また郷土資料室はめったに入ることのない教室なので、子どもたちは新鮮な気持ちだったのではないでしょうか!

 

図書室での解説風景

カタカナから始まる教科書を見学

「昔の学校の道具・60年前の春日部」の解説をする図書室では、昔の学校の教科書やランドセル、給食の道具などを観察し、直接手で触れてみることで現在との違いを感じてもらいました。

 教科書の大きさが違うことや、昔はひらがなより先にカタカナを学んでいたことなど、知らないことがいっぱいです!

 

郷土資料室での解説風景

人気の手回し洗濯機

「昔の家の道具」を紹介する郷土資料室では、見たこともない道具がズラリ!

手回し洗濯機や羽釜、電気釜など持参していったものを中心に解説をしましたが、郷土資料室にはでばりぃ資料館で使用する車には乗りきらないような大きな民具や資料もあり、部屋全体が展示室の状態です♪

本来なら昨年12月の“幸松っ子くらぶ”で郷土資料室を利用し、「郷土カルタすごろく」をする予定でしたが、残念ながら中止となってしまいました。

やってみると意外と盛り上がる「郷土カルタすごろく」!令和6年度の幸松っ子くらぶで遊べるかもしれないので、そのときはぜひ参加してみてくださいね♪

 

理科室での解説風景

簡易版籾摺り体験

「昔の農業」を紹介する理科室では、主に昔の米作りと体験を。

昔はどのようにして稲の状態からみんなが食べる白米にしていたのか、その過程を体験を通して学びました。

3年生ともなると体を動かすことが大好き!理科室に入るや否や「あれやりたい!」という元気な声が聞こえてきます♪

千歯扱き(せんばこき)を使った脱穀体験や、自由時間には簡易的な籾摺り(もみすり)・米つきなども行い、様々な体験ができたことで満足してくれた様子です。

 

幸松小学校からは毎年のようにでばりぃ資料館のご依頼をいただきます。次年度の3年生の先生に引き継いでもらえている様子。ありがたい限りです!

3年生だけでなく、他の学年でもご相談いただければ随時出張いたしますので是非ご連絡

ください!

展示資料がお馴染みのテレビ番組に登場します

郷土資料館の展示資料が、NHKのEテレ「みいつけた!」に登場します。

サボえもんのクイズコーナーに登場するとか。どんな資料かはクイズの問題にかかわりますので秘密ですが、テレビ局へ旅立つ民具については以前「ほごログ」で触れましたので、お察しが早い方ならわかるかも。

放送は、2月7日(水)、21日(水)の7:30~。午後6:25~。NHKプラス(見逃し1週間)、NHKワールドプレミアム(海外)でも放送予定です。

写真:民具

 

【出張授業】でばりぃ資料館in桜川小学校

令和6年1月31日(水)に桜川小学校に出向き、第3学年の児童に向けて「でばりぃ資料館」を開催しました。

今日は生活科室に「昔の学校の道具」「昔の家庭の道具」「約60年前の春日部の様子」「昔の農業」を紹介するブースをすべて詰め込んだ、密度の高い展示になりました。

生活科室での開催

子どもたちの四方を資料が囲む

写真からも分かる通り、子どもたちが教室に入ると、展示物や体験用の道具に囲まれている状態です!

 

時代のイメージをつかむ子どもたち

昔の道具を紹介

桜川小が開校したのは1975年(昭和50年)、今から49年ほど前になります。

今日持って行った道具たちは、約60年前から物によっては約100年前に実際に使われていたものです。年代を比較しながら紹介したことで、どれだけ古い道具なのかイメージが沸いたでしょうか。

 

千歯扱き体験

千歯扱き(せんばこき)での脱穀体験では「すげー!気持ちいい!」「ほんとによく取れるんだ!」といった意見が聞かれ、とても楽しんでくれたようです♪

 

自由時間風景①

自由時間風景②

自由時間には実際に昔の道具を触ったり、簡易的な精米の体験などを行いました。もっと色々見ていたそうな子もたくさんいました。ぜひ、今度は資料館に来てみてください!今日とは比べ物にならない資料の数々が待っていますよ♪

 

最後に感想を発表してくれたこの中には、「電気を使わない機械(道具)にびっくりした」「昔の人は頑張っていた」「今は便利になったんだなと思った」などなど、しっかりと自分の感想を伝えてくれました!

 

今日のでばりぃ資料館は、1クラスごとに1時間を計3クラス分行ったのですが、それぞれのクラスでカラーが違い、こちらとしても新鮮な気持ちで講義ができました!

豊かな個性を持った桜川小3年生!ララガーデンまで来たら、郷土資料館にも寄ってみてくださいね♪(笑)

考古学講座第5回を開催しました

1月28日に考古学講座第5回を開催しました。

 考古学講座の様子

今回は、前回残してしまった1.春日部市の古墳時代の遺跡についてと2.春日部市の奈良・平安時代についてお話しました。やはり、時間が足りなくなってしまいましたので、次回からは時間を延ばすか回数を増やすかで対応したいと思います。

春日部の古墳時代と奈良・平安時代について、簡単にまとめますと以下の通りです。

 

・古墳時代前期は、著名な遺跡として東中野の権現山遺跡があり、方形周溝墓が発見されている。

・古墳は古墳時代後期になって、内牧に塚内古墳群、東中野に向之内塚山古墳が作られる。

・集落は、古墳時代前期、後期のものが多く、低地でも発見されている。

・奈良・平安時代の遺跡は、市内北東部の宝珠花台地や、小渕、浜川戸で発見されている。

・奈良・平安時代、律令国家の制度下では、古利根川~古隅田川の流れが、武蔵国埼玉郡と下総国葛飾郡を分けていた。

・奈良・平安時代も多くの人は竪穴住居に居住していたが、調理場としてのカマドが一般化する。鉄製品も多用されている。

・奈良・平安時代の火葬墓が浜川戸遺跡で発見されている。

 

今年度の考古学講座は今回で最後でした。5か月にわたる受講、大変お疲れさまでした。来年度も連続講座を2024年9月ごろから開始したいと思います。時間が足りないので、何らかの形で時間を増やしたいと考えています。いずれにしても、広報やほごログで9月ごろご案内いたします。

 

さて、考古学講座では、毎回、発掘調査の現地説明会や博物館や資料館の考古学に関する特別展や企画展、講座などを紹介しています。詳細は各所のサイトをご確認いただくか、資料館でポスター掲示やチラシ配架なども行っていますのでご利用ください。考古学講座が無い期間も、毎月28日ごろを目安に、発掘調査現地説明会や考古学関連の展示会情報をお知らせしたいと思います。

(現地説明会)

・2月10日(土)行田市愛宕山古墳(埼玉古墳群)発掘調査現地説明会

(講演会)

・2月15日(木)~22日(木) オンラインセミナー「大木戸遺跡の低湿地調査」ー縄文時代の宝箱

(展示会_閉会日順)

・川口市郷土資料館 11月3日(金)~2月25日(日)「縄文のナニコレコレミテ」

・本庄早稲田の杜ミュージアム 1月10日(水)~3月24日(日)「弥生時代の児玉・深谷地域」

令和5年度の文化財防火デー防災訓練を開催しました

1月27日(土)に小渕地区の浄春院にて令和5年度の文化財防火デー防災訓練を開催しました。 当日は快晴となりましたが、北風が強く吹き、まさに火災の発生しやすい条件下での訓練となりました。

 

 この文化財防火デーは、昭和24年1月26日に奈良の法隆寺金堂が火災に遭い、当時世界最古の木造建造物と共に貴重な壁画が損傷したという痛ましい事故を契機に定められました。毎年1月26日前後に、全国各地で歴史的建造物や文化財を保存管理する社寺などで防災訓練が行われています。

 

本年は訓練会場である浄春院に伝わる、市指定文化財の「円空仏」(不動明王坐像)を対象に訓練を実施しました。本堂より火災が発生したという想定のもと、関係者の皆様を中心に通報訓練、文化財搬出、水消火器による初期消火訓練を行い、消防団による放水訓練で無事、鎮火というシナリオでした。

 初期消火訓練文化財の搬出訓練

 

 

 

 

 

 

 

 

放水訓練の様子

スモークハウス体験

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練の第二部では、模擬電話による通報訓練、水消火器による消火訓練、スモークハウス体験を行い、実際の火災の際に備えた訓練を実施しました。参加者の皆様からも「貴重な体験ができた」、「火災や震災の際に役立てたい」などの感想が聞かれ、有意義な訓練となりました。

 

 浄春院のご住職、関係者の皆様、消防団の皆様、消防本部の皆様、寒い中、参加いただきありがとうございました。これからも所有者と地域の皆様との連携・協働をとおして貴重な文化遺産を未来に確実に残し伝えられるよう、ご協力をお願いいたします。

【出張授業】でばりぃ資料館in備後小学校

令和6年1月25日(木)に備後小学校に出向き、第3学年の児童に向けて「でばりぃ資料館」を開催しました。

今日は多目的室を2つに仕切り、2クラスが入れ替わる形式で開催しました!

昔の学校の道具・60年前の春日部ブース

昔の家の道具・千歯扱き体験ブース

 

1つは昔の学校の道具と、60年前の春日部の様子を紹介するブースです。

備後小が何年前に開校したか、計算してみよう!

空中写真で学校の周辺の様子を探る子供たち 

備後小学校が開校したのは52年前の1972年(昭和47年)です。なので今回持って行った約60年前の空中写真には、備後小はまだ存在しません。

子どもたちは空中写真に身を乗り出しながら、かつては春日部には田んぼが多かったことなど、楽しく昔の備後小周辺の様子を学びました。

 

もう一方のコーナーでは、昔の家で使われていた道具と、千歯扱きを使った脱穀体験をしました。

昔の道具を触ってみよう!

千歯扱きで脱穀体験

初めて見る道具にワクワクしている様子♪

実際に道具を触って、重さや使い方などを確かめながら学びを深めました。

 

各コーナー20分ずつという短い時間でしたが、その分集中が途切れることなく学んでくれたようです!

職員の説明に対する反応が良く、静かにしっかり聞く姿勢も持ち合わせている備後小3年生!資料館に来た子がない子も多いようなので、ぜひ今度来てみてくださいね♪

 

子どもたちからも先生方からも好評をいただいている「でばりぃ資料館」!

来週は桜川小に伺います!お楽しみに♪

【出張授業】でばりぃ資料館in豊春小学校

令和6年1月23日(火)に豊春小学校に出向き、第3学年の児童に向けて「でばりぃ資料館」を開催しました。

1月18日に開催した牛島小学校と同じく体育館を使用し、3つのブースを1~3組の各クラスが順番に回っていく形式での開催です!

全体風景

 

まずは、昔の学校の道具・約60年前の春日部の様子を紹介するブースの様子から。

60年前の春日部ブース風景

実物を触って学びを深めます

昔の春日部駅周辺の風景や、学校の周りはどうなっていたのかなど、現在の様子と比較してみてもらいました。

また、昔の学校の道具コーナーに展示した石盤(せきばん)など、今は毎日当たり前のように使っているノートが、70~100年くらい前は全然形の違うものだったことに驚いたみたいです。

 

昔の農業ブースでは、昔ながらの方法で稲から白米にするための過程をまなびました。

昔の農業ブース風景

籾摺り体験!

千歯扱き(せんばこき)を使った脱穀の体験や、唐臼(からうす)を使用する籾摺り(もみすり)の工程を簡易バージョンで体験しました。

籾の殻は固いので、手で剥くのではなく、唐臼のように2つのもの(唐臼の場合は木)で籾を挟んでこすることでもみ殻を外します。今回はすり鉢とボールを使っての疑似体験です。“プチッ!カリッ!”と音を立て殻が外れていくのが楽しいみたいです♪

 

そして昔の家の道具ブースでは、現在郷土資料館で展示中の資料をいつくかチョイスして、出張展示をしました。

昔の家の道具ブース風景

昔のアイロン替わりの“火のし”

手回し洗濯機などは特に人気で、子どもたちも興味津々!その他にも、昔のアイロンなどを手にもって体感してもらいました。

お話しを聞きながら頑張ってメモを取る様子も印象的でした!どうやらこの後、新聞を作るのだとか。

今日学んだことを生かして素敵な新聞に仕上げてくださいね♪

 

職員の言ったことをしっかりと聞いて、ルールを守って行動できる豊春小3年生でした!

 

今週は明後日25日にも備後小に出張ってきます!

3年生に限らず、他の学年の授業でも随時出張いたしますので、お気軽にご相談ください!

郷土資料館【手作りおもちゃクラブ】を開催しました

令和6年1月21日(日) の午前と午後各1回ずつ、郷土資料館手作りおもちゃクラブ「からくり屏風を作ろう」を開催しました。

 

今回は今年度最後の手作りおもちゃクラブ!

しかし、外はあいにくの雨。寒さも相まって外出するのがおっくうになるようなお天気。

「みんな来てくれるかなぁ。。」などと心配していたのですが・・・

手作りおもちゃクラブ風景

この盛況ぶり!

いつも来てくれる子から初めましての子までたくさん参加してくれました♪

特に午前の部は参加者数が、過去6年間で最大の人数でした!

 

手作りおもちゃクラブでは、蓄音機の上演、紙芝居の読み聞かせ、おもちゃ作りの3つを行います。

蓄音機の上演風景

紙芝居の読み聞かせ風景

先日、牛島小の3年生を対象にでばりぃ資料館を開催した際に、おもちゃ作りの宣伝をしたことで興味を持ってくれた子も参加してくれました♪

 

今日のおもちゃは「からくり屏風」です。2枚の板から4枚の絵柄が現れる不思議なおもちゃ!

おもちゃ作り風景

自力でやり遂げるタイプのお嬢さん!真剣です!

来てくれた方に対して職員が少ない状態でしたが、保護者の方のご協力のおかげで、みんな上手に作り上げることができました!

 

缶バッジづくり風景

そしてお土産の缶バッジ作り!

ちゃんと並んで順番を守ってくれましたね♪えらい!

 

これをもって今年度の手作りおもちゃクラブは終了です。

来年度も開催を予定していますので、広報かすかべや郷土資料館ブログなど、今後も欠かさずチェックをお願いします!

今年度もたくさんの子どもたちと楽しく過ごすことができました♪またお会いできる日を楽しみにしています!ありがとうございました!

こんな資料の活用、いかがですか?

本サイト内の「学校の先生方へ」を更新しました。 #かすかべプラスワン #教材 #小学校の先生 #館蔵資料総活躍社会

学校の先生方向けに郷土資料館所蔵資料を活用して、学校の授業を充実させてみませんか?と提案する情報を追記したものです。

画像:提案リスト

資料館所蔵資料が最も利用される教科は、ほぼ8割が社会科の教材利用です。ただ、学校の教科書をめくってみると、ほかの教科でも資料が活躍する余地がありそう。執筆者は、わが子の音読を聞いたり、教科書をパラパラめくっていたりして気づいた次第。そんな小さな発見(思い付き)を具体化したのが、この「こんな資料の活用、いかがですか?」のリストです。

リストは、今年度の博物館実習生の協力のもと作成したもので、市内の小学校の教科書(全教科)をひたすらにめくって、授業の単元で資料館の所蔵資料が入り込む「余地がありそうなもの」をリストアップしました。

その後、リストを整理するなかで、郷土資料館所蔵資料は、大きくわけて3通りの活用法に大別できることがわかってきました。

第一に、体験して学びを発展させる。

教科・単元に関わる道具や資料を実際に使ってみたり、触ってみたり、実物を見たりして「体験」することで、学びを深めたり、より高度な学習に発展させたりする活用法です。例えば、小学校4年生の国語「世界にほこる和紙」では、古文書などの和紙の資料を実際に触ったり、古いものであるにも関わらず、状態がよいものが残っていることを見て知ることで、和紙の特徴を実感させることができるのではないでしょうか。また、理科などの教科で、古い図鑑と現在の図鑑を比較することで、今と昔の認識の違いを理解し、科学的な認識の進歩・展開が理解できるようになるのではないでしょうか。

第二に、作品の場面を想像する。

国語や道徳など物語などの作品に登場する道具を実際に使ってみたり、触ってみたりすることで、物語の臨場感や場面の再現性を高め、作品の理解を深める活用法です。実習生の言い方だと「音読空間を創る」とのこと。実際の活用例として代表的なものは、小学校1年生の国語「たぬきの糸車」です。または、戦時中の道具は、戦争の悲惨さを伝える国語の単元の理解を深めるものにもなるのではないでしょうか。

写真:戦時期資料の例

第三に、郷土の事例から学びを発展させる。

教科書に登場するモノ・コトを、郷土春日部のモノ・コトと比較・対照することで、学習を深め、発展させる活用法です。代表的な活用例では、縄文時代の学習単元で、市内出土の土器に触ってみたり、市内の遺跡について学んだりして、教科書的な出来事を身近に感じることができるでしょう。小学校4年の音楽では、地域に伝わる音楽を調べる単元があるようですが、市内の神楽・囃子・獅子舞などのお囃子の音源や映像を鑑賞してもよいのではないでしょうか。これらの方法は、春日部オリジナルの学びにもなると期待されます。

 

今回のリストは、あくまでも郷土資料館からの提案です。学校の授業現場・教科の指導法を理解していない博物館実習生(大学生)と学芸員が考えたものですので、実現性は低いものかもしれません。ただ、資料の活用法は無限にあるはずで、そうした試みを提示して、百あるうちの一つでも学校の先生に利用・活用していただけたらと願い、恥を顧みず提案するに至りました。

関係者の皆様からご意見をいただき、館蔵資料が活躍する場が増えることを願ってやみません。

【出張授業】でばりぃ資料館in牛島小学校

令和6年1月18日(木)に牛島小学校に出向き、第3学年の児童に向けて「でばりぃ資料館」を開催しました。

今回は体育館を使用し、1組、2組合同でのでばりぃ資料館です。

でばりぃ資料館全体写真

3つのブースに分かれ、①昔の家の道具 ②昔の農業・60年前の春日部の様子 ③昔の学校の道具・昔のおもちゃ の展示や紹介をしました。

 

昔の家の道具ブースでは、郷土資料館から「電気釜」「手回し洗濯機」を持参し、牛島小の郷土資料室から「ダイヤル式電話」「おひつ」「羽釜」「炭火アイロン」「火のし・こて」「七輪」を体育館に運んで展示をしました。運ぶお手伝いをしてくれた子たち、ありがとう♪

ちなみに牛島小の郷土資料室にある民具は牛島地区の方から提供されたもので、まさに郷土学習にはうってつけの資料たちです!

昔の道具ブースの様子

でばりぃ資料館は車で現地に向かう都合上、どうしても持っていく資料の数が限られてしまうため、こんなときは郷土資料室に活躍してもらいます!おかげで充実した展示ができました。

 

昔の農業・60年前の春日部ブースでは、稲から白米にするための昔ながらの精米方法を、体験を通して学び、また、約60年前の春日部を写した空中写真を床に広げ、当時の様子を観察してもらいました。

昔の農業・60年前の春日部ブースの様子

 

昔の学校の道具・昔のおもちゃブースでは、約90年前の教科書や、ノートの代わりに使用した石盤(せきばん)、給食で使用したアルマイト製の食器などを展示・解説しました。

昔の学校の道具・昔のおもちゃブースの様子

昔のおもちゃはでばりぃ資料館での出張の機会は少なめです。しかしながら、子どもと遊びは切っても切り離せない関係があり、実は時代の変化をもっとも身近に感じるこのとができる良い資料だと思います!

 

今回は授業時間も十分あり、各ブースで学びを深めてもらえたのではないでしょうか。今日見た資料以外にも、郷土資料館にはたくさんのものが展示してあるので、ぜひ遊びに来てくださいね!

 

おかげさまで、1月、2月はでばりぃ資料館のご依頼をたくさんいただいております!

でばりぃ資料館以外にも、郷土資料館の団体見学など随時受け付けておりますので、日程等ぜひご相談ください!お待ちしています!

企画展示「花の彩り*春日部」展のチラシができました

次期、企画展示「*花の彩り*春日部*」展のチラシができました。 #かすかべプラスワン

画像:チラシ

次の企画展示では、春日部ゆかりの「花」をテーマにしました。春には、牛島のフジをはじめ、市の花フジが町を彩ります。展示では、そうした牛島のフジに関わる歴史や、かつては桃の花、牡丹の花の名所でもあった春日部の歴史を紹介します。フジ・モモ・ボタンについては、数年にわたり春先の展示で紹介してきましたが、今回は「花」をもう少し広げてとらえてみたいと思っています。

市内には「花積」や「宝珠花」といった「花」のつく地名があります。「花」の地名は、直接フラワー(花)を意味するものではないようですが、なぜ「花」が地名に付されたのか、両地区にゆかりのある資料を展示し、迫ってみたいと思います。

チラシも、スマートなデザインで上手く仕上がりました。こうご期待。

展示名:春日部「春の花」企画展「*花の彩り*春日部*」展

会 期:令和6年3月16日(土)~5月2日(木)(月曜・祝日休館)

会 場:春日部市郷土資料館 企画展示室

市民の皆さんと古文書を読みました

1月14日、毎月定期的に市民の皆さんと館蔵の古文書を読む「古文書勉強会」を開催しました。 #かすかべプラスワン

写真:勉強会の様子

引き続き、粕壁の旧家に伝わる「宝暦度より酒造用留」を講読しています。史料も終盤に入ってきて、皆さん、だいぶ読み慣れてきました。また、事前に有志の方々で読み合わせをする機会も設けているそうで、文字の分量が多くても、円滑に読み進めることができました。

今回は、慶応3年(1867)3月に粕壁宿寄場組合から関東取締出役内山左一郎に提出された酒火入れの願書、内山から寄場組合あての御用状などを読みました。取締出役が願書を受理するまでの組合と出役とのやり取りがわかる史料で、貴重な記録だと思いました。

次回以降の予定は、2月25日(日)、3月17日(日)。いずれも14時から、教育センターの視聴覚研修室で開催します。気になる方は、見学だけでも構いませんのでお越しください。

新春の舞「銚子口の獅子舞」の公開

1月14日(日)春日部市無形民俗文化財に指定されております「銚子口の獅子舞」が披露されました。

前日は雪が降り、天気が心配されていましたが、当日は見事に快晴になりました。
冷たい風が吹く中で、多くの皆さんが新春の獅子舞を見るために集まっていただきました。
「宮参り」「天狗の舞」「小獅子の舞」「幣掛り」の4演目が行われました。


宮参りでは、天狗の先導により境内の外から参道を歩いて入場します。境内を清める意味合いをもち、
箱獅子を被る子どもたちも寒い中でも立派に努めていました。

続く「小獅子の舞」を舞うのは14歳の中学生女子で、今回が初舞台となります。今年21歳を迎えたお姉さんに続いて姉妹での小獅子役です。
皆さんが注目する中でも、練習とおり、元気いっぱい跳ね回る小獅子の舞を披露してくれました。


最後の「幣掛り」は三頭獅子の舞で、親子の情愛を表したものです。
三頭の獅子が頭を揺らしながら、踊るのはとても迫力を感じます。


舞いの後には、太夫獅子が観客を頭の上で御幣を振り清めて一年の健康と家内安全などを祈願、さらに神饌が撒かれました。
新春から獅子に福を授けてもらい、地域の皆さんも笑顔が溢れていました。

今年も各所で民俗芸能が公開されます。当日の情報をブログでお知らせしますので、ご期待ください!

#かすかべ地名のはなし (0)

#かすかべプラスワン #地名の由来

春日部市には、市全体の地名「春日部」、「庄和」「豊春」「南桜井」のような地区名の地名、「粕壁」「藤塚」「西宝珠花」などの住居表示として使われる地名、「三枚橋」「馬草場」「花輪下」などの小名(こな)・小字(こあざ)と呼ばれる土地区画、あるいは自治会・町内会ごとの地名があります。

「なんで「大沼」というの?」とか「春日部と粕壁の二つの表記があるのはなぜ?」など、地名は生活に密着した事柄であることから、市民の方にしばしば尋ねられます。先日も、地名の由来について知りたいという方が来館されました。

今後、「ほごログ」では、地名の成り立ち、由来、歴史について、シリーズ「かすかべ地名のはなし」として、なるべく定期的に(限りなく不定期で)発信していこうと思います。

知っているようで意外と知らない地名の由来。今回はその予告編。第一回目はやはり「春日部」「粕壁」でしょうか・・・こうご期待。

 

【ロビーに展示中】手押し消防ポンプについて調べてみた

郷土資料館の展示室は狭いので、大型資料は展示できないので、教育センターのロビー展示しています。今回は、ロビー展示の、手押し消防ポンプ(腕用ポンプ・腕用喞筒)にスポットを当ててみましょう。 #かすかべプラスワン

写真:腕用ポンプ

この手押し消防ポンプは、粕壁地区の内出町内会から平成3年(1991)6月に寄託されたものです。

手押しの消防ポンプは、ガソリンなどを動力とする内燃機関が普及する以前のもので、明治時代後半から大正時代にかけて、各地方で主流となった消防ポンプでした。当時の言葉では「腕用喞筒」(わんようそくとう)と呼ばれていました。「腕用」は手動、「喞筒」はポンプの意味です。少しシャレた言い方では「腕用ポンプ」とか「ハンドポンプ」とも。以下、当日の言い方にならって「腕用ポンプ」と呼びたいと思います。

「腕用ポンプ」が台頭する以前、日本ではの放水器具は「龍吐水」(りゅうどすい)とよばれた複数人で動かす手押し式のポンプや、一人で使う水鉄砲型のポンプでした。「龍吐水」については、辰年ゆかりの資料として前に紹介しています。いずれも木製で、給水を水桶で行い、水圧が低かったため、放水量が少なかったとされています。当時の消火方法は、建物を破壊して延焼を防ぐ破壊消防が主流でした。江戸の火消たちが纏や梯子をつかったのも破壊消防のため。火消たちは鳶口や水桶などをもって火災現場に駆け付け、「龍吐水」は火事装束を湿らす程度だったといわれています。郷土資料館には、粕壁地区の内出町で使われた「龍吐水」や「纏」を常設展で展示しています。粕壁宿(町)でも、江戸時代から明治時代半ばにかけて、破壊消防による消火活動が行われていたことがうかがえます。

明治時代の初め、西洋式の腕用ポンプが本格的に輸入されると、国内でも金属製の腕用ポンプの製造がはじまりました。これまでの木製の龍吐水(在来の腕用ポンプ)は、水を桶で汲み、本体に入れなければなりませんでしたが、西洋式の腕用ポンプは、給水用のホースが備えられ、空気の圧力で、放水と給水を同時に行え、また、空気圧により安定した放水を可能としました。

市内に遺される腕用ポンプは、明治時代後半から大正時代にかけて製造されたもので、その時代に、春日部で腕用ポンプが普及していったようです。腕用ポンプの普及により、破壊消防による自然消火から放水による積極的な消火へと、消防のあり方が変わっていきました。

ロビーの腕用ポンプには、次のような銘板が付されています。

写真:銘板

「製作所 東京神田通新石町 清水弥七」と刻まれています。清水弥七は、内出町で使用されていた明治17年の龍吐水の焼印にもあった名です。龍吐水に続き、腕用ポンプも内出町に販売していたようです。市内に遺される腕用ポンプは、いずれも「清水弥七」の製造のようですが、清水については今のところ詳しくは不明です(宿題とさせてください)。

台車にのるものがポンプです。

写真:側面

ポンプの側面には「内出町自警団」と記されています。

ポンプの四角い風呂桶のようなものは「水槽」(すいそう)というそうです。水槽のなかの複雑な機械がポンプの主要部分にあたります。真ん中にみえるのが、「空気室」(圧力タンク)です。その両側には「円筒」(シリンダー)があり、上の「搖桿」(ようかん・レバー)を上下することで、圧力がかかり、水を吸い上げるとともに、放水します。

水槽の側面の「警」の字の下には吸口(きゅうこう・吸水口)があり、これに「吸管」(きゅうかん)と呼ばれる給水ホースを取り付け、水源から給水します。

写真:放水口

水槽の反対面にも「内出町自警団」とありますが、「警」の字の下のノズルが「放口」(ほうこう・放水口)になります。これに「水管」と呼ばれたホースをつけて、消火対象に放水するのです。

通常、腕用ポンプは、通常3名の消防員と、6~8名の「搖桿手」(ようかんしゅ、レバーを操作する人)が一組になり運用されました。使用にあたっては、台車からポンプ本体をおろし、給水ホース・放水ホースをつけ、「搖桿」(ようかん・レバー)の両先端に「木挺」(もくてい・レバーの持ち手)を1本ずつつけて、3~4名ずつ「木挺」を握り上下することで、圧力がかかり、ポンプが稼働します。

さて、「水槽」の後方には次のような文字がみえます。

写真:水槽の後方

「昭和十一年十一月塗替」昭和11年(1936)11月に、塗装をし直し、現在の外装になったようです。残念ながら、もともとの外装や、おそらく書かれていたであろう製造年月日は塗替えのため不明です。

ただ、なぜ昭和11年に塗り替えがされたのでしょうか。調べてみると、内出町のあった粕壁地区(粕壁町)の消防の歴史が、その背景にあるようです。

『消防発達史 第1編 埼玉県』によれば、粕壁町では、かつて町内を10部に分け、腕用ポンプを10台配備していましたが、大正13年(1924)10月24日、町営の消防組を設け、町内を4部編制としました。編制替えがされた背景は、おそらく、直前の関東大震災で県下三大被災地とされた粕壁町の事情があるかもしれません。4部編成の内訳は次の通りです。第一部は、上町、仲町、春日町、旭町、陣屋、内出、金山。第二部は、仲町の一部、富士見町、元町、新宿組、三枚橋、新々田、松の木、大砂、大下。第三部は川久保、元新宿、大池、内谷、太田。第四部は内出の一部、八幡前、八木崎、幸町、浜川戸。

すなわち、内出町は、第一部(もしくは第四部)に編成されました。4部編成を前後して、大正12年(1923)3月30日、第一部となる町内会では、ガソリンポンプを購入し、同14年(1925)4月2日には第二部でもガソリンポンプが購入されました。

ガソリンポンプは、その名の通り、ガソリンエンジンを搭載した消防ポンプで、当時の消火用具としては最新鋭のものでした。関東大震災が発生した大正12年9月1日にも、粕壁町では新町橋でガソリンポンプの運転が行われ、粕壁小の子どもたちをはじめ、多くの野次馬が見物をしています。ガソリンポンプの導入によって、手動で動かす腕用ポンプは、追いやられていったようです。また、かつて10部編制の消防組が4部編制となり、腕用ポンプがおのずと余分になっていったようです。そこで、町内会では、町内9か所に自警団を組織し、腕用ポンプを備え、自衛消防に備えるようになりました。

このように、大正時代には、粕壁町では、町営の消防組の組織や、町費で鉄塔の火の見櫓の建設など、町の消防設備・組織が整えられていく時代だったようです。町営の消防組で、消防用具の主力から追いやられた腕用ポンプは、町内会で組織した自警団により、再活用され、継承されていったものと考えられます。

ロビーにある「内出町自警団」の腕用ポンプは、このとき追いやられたものなのかもしれませんが、塗装されているため詳しくは不明です。しかし、いずれにしても、この腕用ポンプの存在は、内出町の自衛消防組織が、昭和時代になっても機能していたことを示すものといえましょう。

これまで、気の利いた説明キャプションもなく、ロビーにたたずんでいた腕用ポンプ。重量物で見栄えもしないので、文字通り「お荷物」だと思っていました。ところが、今回調べてみると、消防の歴史や、地域を自らの手で守り、継承していく町や町内会の歴史を物語る、大変重要な資料であることが(いまさら、恥ずかしながら)わかりました。

詳しいキャプションを付け、生き返らせたいと思いますので、ぜひ実物の腕用ポンプをみてやってください。

主な参考文献 横浜開港資料館編『横浜の大火と消防の近代史』(2019年)/消防発達史刊行協会編『消防発達史 第1編 埼玉県』(1933~1935年)/静岡県警察部保安課編『消防全書』(1926年)/嶋村宗正ほか「手押し式消防ポンプの構造と放水性能」『千葉科学大学紀要』6、2013年

2月25日に凧作り教室を開催します

昨年度開催し好評だった「凧作り教室」を2月25日(日)に開催します。

今回も、講師に春日部市「庄和大凧保存会」の方をお招きし、本格的な和凧を作ります。

  凧作り教室ー骨をつける
凧作り教室(紙に骨をつける)

 

日程:令和6年2月25日(日曜日)午前10時~正午
講師:春日部市「庄和大凧文化保存会」の講師
募集人数:小学生 30人(申し込み順、保護者同伴、参加可)
材料費:一人500円
申し込み
郷土資料館に直接、電話(電話:763-2455)、春日部市電子申請で申し込み

凧作り教室電子申請入口(別ウインドウで開く)

 

申し込み後、下記の期間内に郷土資料館にご来館いただき、材料費(500円)をお支払いの上、凧紙をお受け取りください。

凧紙配付期間:令和6年1月10日(水曜日)~2月24日(土曜日)

(月曜日・祝日を除く午前8時30分から午後5時15分)

講座当日までに好きな絵や文字を書いてきてください。講座会場では、骨組みと糸付けを行います。 

完成した凧

完成した凧(郷土資料館に展示しています)

【手作りおもちゃクラブ】からくり屏風を作ろう!

1月21日(日)に“手作りおもちゃクラブ”を開催します。

今年度最後の手作りおもちゃクラブです!お見逃しなく!

 

今回作るおもちゃは「からくり屏風」です。

“なにそれ?”と思う方も多いはず。

からくり屏風は2枚の板と紙を組み合わせて作る不思議なおもちゃなんです。

 

からくり屏風

こちらはパンダの絵柄。

この面をたたんで、開くと・・・

からくり屏風 回転①

からくり屏風 回転②

からくり屏風 回転③

からくり屏風 回転⑤

からくり屏風 ネコ

ネコの絵柄になりました!

さらに、たたんで開くと・・・

からくり屏風 ペンギン

からくり屏風 羊

さらにペンギン、ヒツジと2枚の板から合計4枚の絵柄が出現します!

そんな不思議なからくりおもちゃ、みんなで一緒に作ってみましょう♪

 

本講座はお申し込み不要、おもちゃの材料は資料館で用意しています。

当日の午前10時30分と午後2時からの計2回開催しますので、お時間までに郷土資料館にお越しください!

 

【手作りおもちゃクラブ】

日時:令和6年1月21日(日)午前10時30分~・午後2時~

場所:春日部市郷土資料館(春日部市粕壁東3-2-15)

内容:蓄音機と紙芝居の上演

   おもちゃづくり(からくり屏風)

費用:無料

申込:不要(開催時間までに郷土資料館にお越しください)

 

謹賀新年 #辰年 ゆかりの資料

本年も春日部市郷土資料館、そして「ほごログ」をよろしくお願いいたします。 #かすかべプラスワン #辰年

新年一発目は、一昨年の寅昨年の卯に引き続き、今年の干支にちなんで、展示室から #龍 に関するおめでたい資料を紹介します。

辰(龍、竜、ドラゴン)に関する資料あるかなぁと悩んでいたところ、灯台下暗し。常設展示にありました。「竜吐水」(りゅうどすい)です。

 写真:竜吐水

「竜吐水」とは、手押しの消防用ポンプ。放水する様子が竜が水を吐き出しているようなので、そのように呼ばれたとか。水鉄砲から発展した小型の手押しポンプを竜吐水と称する場合もあるようですが、小型のポンプよりも、水の勢いがよく、15mほど放水が可能だそうです。木製の手押しポンプは、明和元年(1764)、幕府より江戸の町火消組に下げ渡されて以後、江戸で普及していったといわれます。

常設展示の「竜吐水」には、いくつか銘があり、様々な情報が読み取れます。

まず、本体の水をためる部分には、「打出」「う組」と文字があしらわれています。

写真:本体正面

この資料は、粕壁地区の内出町会から寄託されているものですので、内出(町)の消防自衛組織を「う組」と呼んでいたものとみられます。

本体の側面には、次のようにあります。

写真:本体側面

「明治十七年七月」と大きく刻まれています。また写真右手には「テレキスイ」、写真では切れていますが左手には「請合」「本家 東京神田筋違通新石町 細工人清水弥七」の焼印がみえます。

この竜吐水は「テレキスイ」と呼ばれ、明治17年(1884)7月に、東京神田新石町の清水弥七の手によって製造されたことがわかります。「テレキスイ」は「手力水(てりきすい)」から転じて名付けられたといわれます。清水弥七は、神田新石町20番地で消防ポンプの製造・販売する職人だったようで、明治時代後半に普及していく、鉄製の腕用ポンプ(手押しの消防ポンプ車)の製造・販売にも携わっています。教育センターのロビーに展示している腕用喞筒(わんようそくとう)にも「清水弥七」製造の銘盤が付されています。喞筒(そくとう)とは、ポンプのことです。

市内に残されている消防用具をみると、おおよそ明治時代後半から大正時代初めを境に、鉄製の腕用喞筒に替わっていったことがわかります。このころ、各町村では消防組織を再編し、町村の予算で腕用ポンプ購入しているようで、粕壁町では、町内を十部に分けて自衛の消防組を組織していましたが、大正13年10月24日に町営消防の四部編制になり、各部でガソリンで駆動する消防喞筒を備えます。内出町が属した第一部(上町、仲町、春日町、旭町、陣屋、内出、金山)では、大正12年(1923)3月30日に「ガソリン喞筒(森田式)一台」を3200円で購入しています(『消防発達史 第1編 埼玉県』、昭和8年~10年刊)。

上に紹介した内出町の龍吐水(テレキスイ)が、どれだけ活躍したのかは詳しく知ることができませんが、ガソリンポンプが購入される大正12年(1923)までのわずか40年ほどの間しか、消防道具の主役として活躍されなかったのかもしれません。

この龍吐水の背景をみると、粕壁町=行政主体で消防を行う以前、つまり、地域主体で自分たちの地域を守るため、備えられた道具といえそうです。今日も、防災は自助、共助、公助の3つが連携しあうことで、災害を予防・軽減できるといわれています。龍吐水は、内出町の共助の歴史の証(あかし)ともなる資料といえましょう。

皆さまにとりましても、龍が勢いよく水を吐くように、繁栄の一年になりますようご祈念申し上げます。そして、本年も郷土資料館と「ほごログ」をよろしくお願いいたします。令和6年卯年 元旦

年末年始のお休み・年明けの開館日

郷土資料館は、12月29日~1月3日まで年末年始の休館日となります。

Kasukabe History Museum will be closed from December 29th to January 3rd.

新年は、1月4日から開館いたします。

Open from January 4th.

本年も「ほごログ」をご覧いただき、ありがとうございました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

 画像:うめわかくんとだるま

考古学講座第4回を開催しました

12月24日に考古学講座第4回を開催しました。

考古学講座

今回は、1.年代の決定、2.春日部市の古墳時代の遺跡についてがテーマでしたが、古墳時代のお話はさわり程度で、前回途中になってしまっていた弥生時代についてのお話をしました。古墳時代については、また次回にお話ししたいと思います。

考古学が扱う年代には、大きな概念として「相対年代」と「絶対年代」があります。地層塁重の法則や型式学から導かれる遺構、遺物の新旧のことを相対年代といいます。これに対して、今から○○年前や西暦など、数字で表現される年代を絶対年代といいます。考古学で遺物などから絶対年代を求める場合、多くは科学的な方法が使われます。

 

現在、数多くの年代測定法が開発されていますが、今回は一番よく知られる放射性炭素年代測定法、年輪年代測定法をご紹介しました。

放射性炭素年代測定法は、アメリカのウィラード・フランク・リビーによって開発された方法で、ベータ線を放出しながら壊れていく炭素14を調べることによって年代を測定します。かつては放出されるベータ線から測定するベータ線計測法が用いられていましたが、近年は、少量の資料でも計測できる加速器質量分析法(AMS法)が主流となっています。AMS法は、炭素12、炭素13、炭素14が加速器により加速され、分析電磁石の中で曲がる際に、重量の違いから生じる遠心力によって曲がる方向が分かれ、3つの炭素がふり分けられます。

また放射性炭素年代測定法で導き出された年代は、炭素14年代の変動を示した暦年較正グラフによって誤差を修正する作業が行われます。グラフの傾きが鋭い部分は年代が絞り込みやすいですが、平らな部分は広い年代となってしまう特性があります。

年輪年代法は、伐採年がわかる複数の木材から作られた年輪の変動パターンを利用して、対象となる木材の年輪が合致する部分を特定し、年代を求める方法です。年輪年代法で年代がわかるのは、木材の伐採年であり、伐採年と資料が使用された年代に開きがある場合や、材木として加工されてしまい、樹皮に近い年輪が残っていない場合などは、年代測定の精度が下がります。

アンケートでは、放射性炭素年代測定の方法は難しくよくわからなかったというお声がありました。私自身もよく理解できていないところがあり、かえって難しく説明してしまったかもしれません。インターネット上でもたくさんの先生が、仕組みなどについての資料を公開していますので、検索してみてください。

  

さて、考古学講座では、毎回、博物館や資料館の考古学に関する特別展や企画展を紹介しています。詳細は各所のサイトをご確認いただくか、資料館でポスター掲示やチラシ配架なども行っていますのでご利用ください。

 (展示会_閉会日順)

 ・ 埼玉県立歴史と民俗の博物館 11月14日(火)~1月14日(日)「縄文コードをひもとくー埼玉の縄文土器とその世界 」(新年は1/2から開館)

岩槻郷土資料館 11月21日(火)~1月21日(日)「縄文時代のさいたま」 

川口市郷土資料館 11月3日(金)~2月25日(日)「縄文のナニコレコレミテ」 

#春日部市役所 よ、さようなら(写真でみる現庁舎)

先日、春日部市役所の新庁舎が完成し、式典が行われました。いよいよ、新たな庁舎への移転が迫ってきましたが、同時に、現在の市庁舎とのお別れもカウントダウンです。

現在の庁舎での業務は、今年12月28日までです。新しい庁舎での業務開始は、来年1月4日からになります。ですから、現在の庁舎に入れるのは、残り1週間をきりました。

現在の市庁舎の建設の建設が決定したのは、昭和44年(1969)6月。当時の市役所は、大正13年(1924)に粕壁町役場として建築された建物で、庁舎が狭く、老朽化が激しかったと報告されています。今後の市の発展を見込み、春日部駅の西側に建設することになりました。建設予定地の写真(昭和44年当時)がこちら。

写真:昭和44年春日部市役所建設予定地

かつては、馬草場(ばくさば)と呼ばれていた農地に市役所が建設されることになったのです。

工事が始まったのは、昭和45年(1970)1月19日のこと(起工式)。

当時の春日部市の人口は、およそ8万人。高度経済成長の時代に人口がうなぎ登りに増加する一方、10万都市を目前にひかえ、都市のインフラ整備が市政の大きな課題となっていました。田中俊治市長(当時)は、「躍進する春日部市の象徴として、市民のアイドルとなるような市庁舎建設に努力」「近代的な市役所として窓口の一本化とともに一段と市民のサービスができるものと確信」と、年頭のあいさつで述べているように、「近代的な市役所として窓口の一本化とともに一段と市民サービスができる」庁舎として期待されました。

次の写真は、昭和45年10月、建設中の市役所です。周辺には建物がほとんどありません。

 写真:昭和45年10月建設中の市役所

写真:昭和45年建設中の市役所

写真:昭和45年建設中の市役所

庁舎が完成したのは、昭和45年(1970)12月21日のこと。

翌46年1月8日には、関係者を招き、落成式が開催されました。

写真:市役所完成

写真:市役所完成

写真:市役所落成記念式典

落成式では、記念の手ぬぐいが関係者に配布されたようです。その手ぬぐいがこちら。

 画像:記念の手ぬぐい

建物の曲線美を見事に描いたイラストがあしらわれています。記念品が手ぬぐいというのが、当時の牧歌的な春日部市を象徴しているようです。ちなみに、この手ぬぐいのイラストを転用した郷土資料館の記念スタンプもあります。

当時の市の広報には、市庁舎の特徴は次のようにまとめられています(広報かすかべ168号)

建物の外部は、長く美しさが保てる暗褐色のタイルと白で統一し、室内は外部のおちついた色とは対象に、明るい色で装ったデラックス庁舎で、県下でもめずらしい優美な曲面の偉容を誇っています。

庁舎の特徴は、一階の部分に、広々とした市民ホールを設けたのをはじめ、窓口事務を必要とする各課が配置され、窓口にきた市民のみなさんが用件をスムーズに得られるようになっています。

広々とし、近代的な建築であることを誇り、「デラックス庁舎」(豪華な庁舎)と称しています。「デラックス」でありながらも、窓口が一本化され、スムーズな手続きができることも売りだったのです。当時、注目された建造物であったことは、以前の記事で紹介したことがあります。

1月9日、10日には、「お気軽においでください」と銘打って、市民公開がされました。そして、市役所の業務が始まるのは、翌46年(1971)1月18日から。出来立てほやほやの庁舎内の写真がいくつか残っています。

 写真:市民ホール

こちらは、市民ホール。

写真:三階

 こちらは三階の事務室。現在は、総務部の事務室として使われていますが、当時は教育委員会が入っていたようです。こちらも、まだ雑然としていません。

とある元市職員の方は、近代的な春日部市の庁舎をみて「都会に来たな」と実感したとか。ここで働いてきた市の職員たちの思い出は尽きないでしょう。

庁舎に対する思い出は、職員だけではないでしょう。市民の皆さんも、出生届や婚姻届、転出・転入など一人ひとりの人生の岐路のなかでの諸手続きのため、市役所に訪れているはずです。

春日部市の人口は昭和47年(1972)9月1日に10万人を突破します。10万人の市民となった赤ちゃんは、市内の備後地区で生まれた女の子でした。庁舎の脇には、これを記念し植樹が行われました。下の写真がその時の模様。庁舎にもその周りにも市民・職員の思い、思い出がある、といえるでしょう。

写真:10万人記念植樹

春日部市役所は、市民や職員の思いとともに、春日部市政の歴史を刻み、今日にまで歩んできました。現代の春日部市の礎となった市役所に入れるのも、12月28日までです。それぞれが抱く思いを振り返りながら、市役所を訪ねてみてはいかがでしょうか。

現市庁舎の歴史を振り返ると、奇しくも現在の市庁舎移転と重なる部分もみえたような気がします。そして、歴史的にみると、市庁舎の建設は市政のエポックともいえそうです。市役所が歴史に幕を閉じ、新たな庁舎での業務が始まり、再び市政の転換期を迎えているといえるのかもしれません。

さようなら。そして、お疲れさま。春日部市役所。

郷土資料館体験講座「しめ縄を作って新年を迎えよう」を開催しました

令和5年12月17日(日)の午前・午後に体験講座「しめ縄を作って新年を迎えよう」を開催しました。

今年は会場の都合上、1日で2回開催という職員的には過密スケジュールです(笑)

 

講座の中でもお伝えしましたが、しめ縄の藁(わら)には事前の下拵えが必要です。

そんな準備風景を少し、、

稲わらの調達

農家さんにお願いして、9月末頃に稲わらの調達をするところから準備は始まります。

そして教育センターでは、物干しざおに結んだ藁(わら)をひっかけ1~2週間ほど干します。

そこから“藁すぐり”という藁のハカマをとる作業です。

未処理状態の稲藁

処理後の稲藁

講座で使える量はもらってきた藁(わら)の半分程度の量になります。

講座当日には藁を水につけてやわらかくする藁打ちをして準備完了です!

 

講座では、当館の館長より挨拶をさせていただいた後、春日部に伝わる伝説の紙芝居を1つ読ませていただきました。

紙芝居の読み聞かせ

アンケートをみると紙芝居に興味を持ってくれた方もいたようで、うれしい限り♪紙芝居は郷土資料館で貸し出しも行っているのでお気軽にお問い合わせください。

 

そしていよいよしめ縄作りに入ります。

まずは“紙垂(しで)”の作成から。しめ縄から垂れ下がっている稲妻のような形をしたアレです。半紙を切ったり折ったりしながら、割とスムーズに皆さん作れていました!

 紙垂作り風景

そして次が最大の難関“縄ない”です。

藁(わら)を撚(よ)って縄を編んでいくのですが、毎年この作業で皆さん悪戦苦闘します!しかしながら今年は、初めのほうこそ難しそうでしたが、コツをつかむのが早い方が多く、上手になえていました!

 講座風景

しめ縄の本体を作る作業では、ねじった束を組み合わせるときに、ねじりが緩まないようにするのが綺麗なしめ縄を作る秘訣です!

完成した品がこちら!

しめ縄完成!

こちらもしめ縄完成!

立派なしめ縄ができました!

 

講座後のアンケートでは毎年「大変だった」「難しかった」でも「楽しかった!」というご意見を多くいただきます!やりがいのある講座の証でしょうか♪

また来年も開催を予定していますが、しめ縄作りの講座は人気のがあり、募集早々に埋まってしまうこともあるため、募集開始日になりましたらお早めにご連絡ください!

皆さまご参加ありがとうございました♪

#民具 出張しました。

郷土資料館所蔵の民具。先人たちが、生活を営むために造った「身辺卑近」(身近でありふれているの意)の道具です。

本日、そうした民具のなかから、とある一つの民具にスポットがあたり、テレビ出演のために東京へ旅立っていきました。

画像:手回し洗濯機

手回し洗濯機です。今から60年ほど前に発売されました。

手回し洗濯機は、電気で動く洗濯機が販売される以前の洗濯機で、なかにお湯や水と洗剤(洗濯石鹸)を入れて、ふたをしてぐるぐる回すと、密閉して圧力がかかるので、洗濯物がきれいになるそう。

でも、洗濯をする人はちょっと大変です。なぜなら、ずーっと回さなければならないから。

そういうわけで、目新しく、それなりに効果もあったようですが、あまり普及しなかった(または利用されずに箱にしまい、とっておかれた)そうです。 詳しい解説は以前の記事を参照のこと。

 当館所蔵の手回し洗濯機は、使用された形跡もあり、ふたが少し錆びています。現在は地域学習展に展示中。小学校の出張授業「でばりぃ資料館」にも出張する人気の道具です。

 

さて、当館の手回し洗濯機が、どういうわけか、東京のテレビ制作会社の方の目に留まり、本日、東京のテレビ局へと運ばれて行きました。学校の先生向けの資料活用ページがお目に留まったのでしょうか。地道に情報発信をしていてよかったと思える瞬間です。

手回し洗濯機は工業製品で、どこにでもある道具です。ですから、当館だけではなく、他の資料館・博物館でも所蔵されていることも少なくありません。しかし、本日お越しになった制作会社の方は、手回し洗濯機を見るなり、「やっと出会えた!」と感激されていました。貸出を許す博物館がなく困っていたそうなのです。

館蔵の民具の数は、リスト上だと3400件ありますが、実はまだ未整理のものも多くあり、その正確な数はわかりません。古いものでは江戸時代の道具、新しいものは最近のものまで、大きさ、形、重さ、素材、材質もさまざまで、一見、見栄えしませんが、文字・記録ではわからない郷土の人々の生活とその変遷を伝え、考える資料として、現代に生きる私たちにとって、大変重要なものです。

手回し洗濯機は、工業製品なので、厳密にいえば「民具」の定義から外れるかもしれませんが、テレビ出演によって、有名になって地元に帰ってきて、なかなか日の目をみることがない、民具への関心が高まることになれば、うれしいなぁと思っています。

テレビの番組名や放送予定日などは、告知が可能になり次第お知らせしたいと思います。

武里西小学校のみなさんから見学の感想をいただきました

10月31日に、郷土資料館を見学した武里西小学校の3年生のみなさんから、来館の感想を掲示できる形でいただきました。見学の様子はこちら

郷土資料館出口の外に掲示していますので、ごらんください。

武里西小学校のみなさん、ありがとうございました。

武里西小学校感想

みなさんからは次のような感想をお寄せいただきました。

・お手玉がおもしろかった。

・縄文時代のくらしに興味を持った。

・むかしも家がちゃんとあった。

・縄文時代の本物のがいこつがあった。

・江戸時代は自転車や自動車がなかった。

・電気のない生活をイメージできた。

・ダイヤル式電話が気になった。

 

このほかに、「また行きたい」と書いてくれた人もいました。

ぜひ、ご家族とやお友達とまたいらしてください。

郷土資料館【手作りおもちゃクラブ】を開催しました

令和5年12月10日(日) の午前と午後各1回ずつ、郷土資料館手作りおもちゃクラブ「パタパタ(板返し)作ろう」を開催しました。

手作りおもちゃクラブでは、蓄音機で音楽の上演、春日部に伝わる伝説の紙芝居の読み聞かせ、昔ながらのおもちゃ作りの3つを行います!

蓄音機、紙芝居、おもちゃ作りのどれもが電気を使っていないというちょっとエコなイベントだったりします。

 

蓄音機でレコード鑑賞

まずは蓄音機でレコードの鑑賞から。

郷土資料館で使用しているレコードは1枚で約5分程度の音楽です。CDのアルバムなどはだいたい10曲以上、時間にして70~80分の音楽が収録されているため、一度音楽を流し始めたらしばらくディスク交換せずに音楽を楽しめますが、レコードはほんの1曲分です。短い時間だからこそ、その分音楽を味わうように楽しんだかもしれません。

 

紙芝居の読み聞かせ

紙芝居は「蛇女房」という粕壁地区に伝わるお話。

鶴の恩返しにも似たお話で、聞きやすかったのではないでしょうか。

このお話を聞くと、世の中知らないほうがいいこともあるような、、ないような、、そんな気持ちにさせられます。。

 

おもちゃ作り風景①

おもちゃは「パタパタ(板返し)」を作りました。

郷土資料館のイベントで作っているおもちゃの中では、おそらく一番難しいのが今回のパタパタです。

小さい子も真剣に作ります!

おもちゃ作り風景②

一番上の板をひっくり返すだけで、連なっている板も次々にひっくり返るからくりおもちゃ。

からくりの部分は少し複雑な造りになっていますが、みんなお話をよく聞いて最後まで作れていました!

 

缶バッジづくり風景

最後はお土産の缶バッジ作り!絵柄は当館オリジナルです♪

 

今回はリピーターの方も、はじめましての方もたくさん集まってくれました♪

次回は来年1月21日(日)に開催予定です!おもちゃは「からくり屏風」を作ります。

詳しくは広報紙等をご覧ください。お待ちしています!

武里団地着工60周年記念事業と武里団地の石碑

11月19日(日)、武里南公民館において、武里団地着工60周年記念講演会が開催されました。武里団地記念講演会

武里団地着工60周年記念事業(第1弾)開催!(武里南公民館のブログ)

この催しは、昭和38年(1963年)に武里団地が着工してから60周年を記念し、武里南公民館主催で行われました。郷土資料館からは、鬼塚が招かれ「1960年代の武里団地」と題した講演を行いました。

また子どものころ9街区にお住まいで、元群馬大学非常勤講師の巻島隆氏より「武里団地と私 昭和の思い出」と題してご講演をいただきました。

9街区は残念ながら、現在、取り壊し中です。巻島さんは、9街区や武里団地の幼少期の思い出について、こと細かに「ここは武里団地9街区」というブログにまとめられています。先日のご講演についても、複数の記事をあげられていますので、ぜひごらんください。

ここは武里団地9街区

 

ところで、武里団地が昭和38年(1963年)に着工したということの根拠は、どこにあるのでしょうか?

武里団地石碑

団地内、カスミ春日部武里店と武里図書館の間の道沿いにある石碑にそれは記されています。

石碑には次のように刻まれています。(別分は分譲のことを表しています。)

着工 昭和38年11月

竣工 昭和43年1月

戸数 6,119戸

賃貸 5,559戸

別分 560戸

面積 約582,000平方メートル

 

団地の完成については、入居開始の年代が話題になることが多く、着工の年が資料としてなかなか出てこないことがあります。

武里団地についても、春日部市広報で撮影した写真は、昭和39年(1964年)の造成工事や昭和40年(1965年)の起工式、同じ年の建物建設風景などです。残念ながら昭和38年にどのような工事が行われたかは不明ですが、確かに昭和38年中に工事が開始されたと石碑に刻まれています。

S39武里団地準備工事(広報)

昭和39年武里団地準備工事(広報写真より)

S40武里団地起工式(広報)

昭和40年武里団地起工式(広報写真より)

ちなみ武里団地の入居開始は、昭和41年(1966年)4月で、こちらは「入居案内」などの資料から知ることができます。そして、石碑にある通り、竣工は昭和43年(1968年)1月となっており、入居が開始されてもなお、建設工事が進められていたことがわかります。

普段は通り過ぎてしまうかもしれない武里団地の石碑ですが、団地の完成時のデータをいまに伝える重要な記録です。

【手作りおもちゃクラブ】パタパタ(板返し)を作ろう!

12月10日(日)に“手作りおもちゃクラブ”を開催します。

つい先月までは“体験ワークショップ”というイベントでしたが、ちょっと名称を変更してみました。

理由としては、タイトルをみて何をするイベントなのかをイメージしてもらいやすくするためです。なので、実際の内容は特に変化はありません(笑) これまで通り、蓄音機の上演、紙芝居、おもちゃ作りとなっているので安心してご参加ください!

 

ということで、12月10日(日)に作るおもちゃの紹介です。

12月のおもちゃ(パタパタ)

こちらのおもちゃは「パタパタ(板返し)」といいます。

郷土資料館のおもちゃコーナーの中でも人気の高いカラクリおもちゃです!

一番上の板をひっくり返すと、下の板も連動するようにひっくり返っていきます。

パタパタ遊び方

一番上の板をひっくり返すと・・・

下の板もパタパタと・・・

全ての板がひっくり返ります!

江戸時代から遊ばれているおもちゃですが、今の大人が見てもなかなか不思議な動きをしています。

うまく作れるか不安な方も、職員がお手伝いしますのでお気軽にご参加ください!

 

本講座はお申し込み不要、おもちゃの材料は資料館で用意しています。

当日の午前10時30分と午後2時からの計2回開催しますので、お時間までに郷土資料館にお越しください!

 

【手作りおもちゃクラブ】

日時:令和5年12月10日(日)午前10時30分~・午後2時~

場所:春日部市郷土資料館(春日部市粕壁東3-2-15)

内容:蓄音機と紙芝居の上演

   おもちゃづくり(パタパタ)

費用:無料

申込:不要(開催時間までに郷土資料館にお越しください)

【臨時休館のお知らせ】

令和5年12月9日(土)は教育センターの施設点検のため、郷土資料館は休館となります。

ご迷惑をおかけしますが、ご注意ください。

12月10日(日)は通常通り開館します。

埼玉縄文カードをお配りしています

埼玉縄文カード春日部

 

埼玉県出土の縄文土器をカードにした「埼玉縄文カード」!

春日部市では、「No.12 神明貝塚出土の堀之内式組合せ土器」のカードをお配りしています。配布期間は、令和6年(2024)1月14日(日)までです。

埼玉縄文カードは全部で14種類あり、県内の各館でそれぞれの地域の縄文土器のカードを配布しています。そして、埼玉県立歴史と民俗の博物館で配布しているNo.1~No.6までのどれか1枚と、他の館で配布しているNo.7~No.13か蓮田市文化財展示館の蓮田市歴史カードのうち2枚の合計3枚を、配布館で提示するとNo.14の特典カードがもらえます。配布館は下記のチラシや埼玉県立歴史と民俗の博物館のサイトをご覧ください。

カードの配布は在庫がなくなり次第、期間中でも終了です。お早めにお集めください。

 

春日部市指定文化財「神明貝塚の堀之内式組合せ土器」については、下記の記事をご参照ください。

新指定文化財「神明貝塚出土の堀之内式組合せ土器」の紹介

 

埼玉縄文カードチラシ

「埼玉縄文カード」チラシ.pdf(約5MB)

埼玉県立歴史と民俗の博物館埼玉縄文カード特設ページ

 

埼玉県立歴史と民俗の博物館、白岡市生涯学習センター歴史資料室では、カード配布期間中、下記の展示を開催しています。あわせてご覧ください。

・ 埼玉県立歴史と民俗の博物館 11月14日(火)~令和6年1月14日(日)「縄文コードをひもとくー埼玉の縄文土器とその世界 」

・白岡市生涯学習センター歴史資料室 11月14日(火)~令和6年1月14日(日) 季節展示「白岡の縄文土器とその世界〜タタラ山遺跡の〔縄文コード〕〜」

 

考古学講座第3回を開催しました。

考古学講座第3回を開催しました。

考古学講座

本日は、1.分類と型式学、2.春日部市の弥生時代の遺跡についてがテーマでしたが、弥生時代のお話が途中になってしまっていますので、また次回に補足したいと思います。

考古学における分類について、特に遺跡で発見された遺物は、人工遺物か自然遺物か、人工遺物の素材は何か、機能は何か、デザインや製作技法に違いはあるか、といった複数の基準で分類され、整理されます。そしてデザインや製作技法をもとに分類した指標として「型式」が設定されます。型式は装飾的要素と機能的要素が設定の基準となっており、機能的要素には技術革新により変化するものと、機能の実用性が喪失しているにもかかわらず、装飾などとして残る場合があります。

土器の中でも縄文土器は、遺跡名を付した型式が細かく設定されていますが、これは型式として初めて設定できた土器群の出土した遺跡名をつける場合が多いです。

春日部の弥生時代については、倉常の須釜遺跡で発見されている再葬墓について、再葬とは何か、再葬の根拠などについて、お話ししました。

春日部市も含まれる埼玉県東部地域は、弥生時代の遺跡が非常に少ない地域です。そのような状況の中で、平成13年(2001)に低地に立地する須釜遺跡から、弥生時代の本格的な遺跡が発見されました。また春日部市内では、谷原新田でも、水路の工事中に弥生土器が1点発見されています。

埼玉県東部地域は、現在のところ弥生時代の遺跡数は少ないですが、調査が及んでいない低地の部分に未知の弥生時代の遺跡が存在している可能性があります。

  

考古学講座では、毎回、博物館や資料館の考古学に関する特別展や企画展を紹介しています。詳細は各所のサイトをご確認いただくか、資料館でポスター掲示やチラシ配架なども行っていますのでご利用ください。

(現地説明会)

真福寺貝塚発掘調査現地見学会

12月9日(日)午前10時~11時30分、午後1時30分~3時 

史跡真福寺貝塚発掘調査現場(さいたま市岩槻区城南3丁目949番地付近)

 

(研究会)

・12月2日(土)研究会「埼玉の縄文時代後晩期研究の現状」  埼玉県立歴史と民俗の博物館(申し込み不要)

・1月28日(日)公開セミナー「旧石器から縄文へ」 荏原文化センター大ホール(往復はがきで申し込み要)

 

(展示会_閉会日順)

東京都北区飛鳥山博物館 10月24日(火)~12月10日(日)「北区貝塚物語」

宮代町郷土資料館 10月28日(土)~12月24日(日)「古代のみやしろ-古墳時代の宮代町-」

久喜市郷土資料館 10月14日(土)~12月27日(水)「大集合!久喜市の遺跡」

埼玉県立歴史と民俗の博物館 11月14日(火)~1月14日(日)「縄文コードをひもとくー埼玉の縄文土器とその世界 」

岩槻郷土資料館 11月21日(火)~1月21日(日)「縄文時代のさいたま」 

川口市郷土資料館 11月3日(金)~2月25日(日)「縄文のナニコレコレミテ」 

 

【 #11月25日 】 #今日は何の日? in春日部

今から92年前、大正4年(1915)11月25日は #内牧村 から 皇室に #梅田ごぼう が献上された日です。 #かすかべプラスワン

梅田ごぼうは、知る人ぞ知る、春日部固有の在来野菜。栽培が盛んだった市内の梅田地区の地名を冠したゴボウです。市内の梅田女體神社に御買上の記念碑があり、それもあってか地元では、大正天皇が即位されたときに皇室に献上されたことで知られています。梅田ごぼうについては、以前も少し紹介したことがあります(以前の記事のリンク)

梅田ごぼうが皇室に献上されたのは、大正4年11月に行われた大正天皇の即位礼(大正大礼)に際してのことでした。地方から皇室への献上は、「伝献」(でんけん)と呼ばれる間接的な献上の方法で行われることになっており、実際の献上にあたっては、村役場から、郡庁、県庁を介して、宮内省と調整して進められました。その過程を、埼玉県や宮内省の行政文書から追ってみましょう。

大正4年8月27日、内牧村では臨時村会が行われ、大正大礼の奉祝のため、村の特産物である梅田牛蒡1箱(15本入)宮内省に献上することが決議されました。これを受けて、9月27日、内牧村の村長高橋喜右衛門は、南埼玉郡役所、埼玉県を介して、宮内大臣に献上願を発出します。10月9日、埼玉県は伝献願として、南埼玉郡の糯白米、内牧村の梅田牛蒡、北足立郡七里村の長芋を、大正大礼の奉祝ために伝献したいと出願をします。これを受け、宮内省では、10月21日に伝献の採納通知を埼玉県に発出しました。この文書では、当時の内牧村村長の高橋喜右衛門は赤坂離宮に持参し、現地にいる埼玉県職員に献上品を引き渡すようにと指示されています。

 埼玉県から同時に伝献願が出された南埼玉郡の糯白米、内牧村の梅田牛蒡、北足立郡七里村の長芋は、11月4日に赤坂離宮で引き渡しされることになりましたが、梅田牛蒡は収穫時期が尚早であったため、梅田牛蒡に限り、伝献期日が変更されることになります(11月2日)。残された文書によれば、南埼玉郡長が電話で、牛蒡の株取りは11月20日ごろが最も好時期であると申し伝えたようで、直前に延期とされたようです。

おそらく11月20日前後に収穫されたことでしょう。

そして、11月25日、梅田牛蒡は埼玉県内の他の特産物とともに献上(伝献)されました。

梅田牛蒡の皇室への献上は、上にみたように、行政のなかで事務的に進められ、実現することになりました。きわめて淡々と進められていく過程のなかで、収穫はまだ早いと判断され、期日が延期されることになったことは注目されます。詳しいことはわかりませんが、92年前の生産者や地元のこだわりが感じられます。

大正大礼の伝献について、少し詳しく述べましたが、実は、梅田牛蒡、この前後にも皇室に御買上げされていたようです。下の書簡は、大正4年2月9日、南埼玉郡長の鎌倉恒松から、梅田牛蒡の生産者にあてられた宮内省の御買上げの礼状です。

画像:梅田ごぼう御買上の礼状

書面からみると、すでに2月の時点で内牧村産の梅田牛蒡が御買上となっており、大正大礼以前に梅田牛蒡が宮内省に買い上げられていたことになります。宮内省の御買上は、産業の奨励のために実施されたもので、厳密にいえば献上・伝献ではありませんが、梅田女體神社の石碑に「大嘗祭御用梅田牛蒡御買上記念」と刻まれるように、地元にとっては、皇室に献上したように認識されたことでしょう。それだけ、梅田牛蒡は、地元の誇るべき特産品であったといえるのです。

しかし、梅田牛蒡は残念ながら、種が途絶えてしまいました。現在は同じ太牛蒡の一種の大浦ごぼうの種が市内で作付けされ、いままさに収穫、店頭に並んでいるところです。当方も先日道の駅で購入し、食べましたが、普通のゴボウよりも香りが強く、柔らかくて美味しかったです。11月末から正月にかけて、太牛蒡は旬です。皆さんも、ぜひご賞味ください。

 

過去の今日は何の日?in春日部シリーズ→1月1日版3月14日版3月27日版4月28日版6月2日版6月3日版6月10日版7月31日版9月1日版9月16日版

過去の今日は何の日?in春日部シリーズは、のリンクからお読みいただけます。

郷土資料館体験ワークショップを開催しました

令和5年11月14日(火)県民の日・19日(日)の午前と午後各1回ずつ、郷土資料館体験ワークショップを開催しました。

体験ワークショップでは蓄音機の上演、紙芝居の読み聞かせの他、14日(火)は「吹き上げパイプとぶんぶんゴマ」、19日(日)は「発泡スチロール飛行機」を作って遊びました。

 

蓄音機の上演①

蓄音機の上演②

蓄音機の上演では、電気を使わずに音の出る箱を見て「おぉっ!すごーい!」「わぁ~♪」と嬉しそうな声が♪

 

紙芝居の読み聞かせ風景

紙芝居では、14日は西金野井に伝わる伝説「飛んできた仏さま」、19日は粕壁に伝わる「火事よけ天狗」の伝説を読み聞かせしました。春日部にはたくさんの伝説が残っています。皆さんもお住いの地区にはどんな伝説が残っているでしょうか。郷土資料館では春日部に伝わる伝説の紙芝居の貸し出しも行っているので是非ご利用ください。

 

おもちゃ作成風景(14日)おもちゃ作成風景(14日)②

そして、おもちゃ作りです。

「吹き上げパイプ」は、体験ワークショップでは初お披露目のおもちゃです!ストローに息を吹いて、球を浮かせて遊びます。

息を吐き出す加減が難しいのですが、宙に浮かすことができると思ったより達成感を感じる、地味にハマってしまうおもちゃです(笑)

子どもたちも集中して遊んでくれました!

 

おもちゃ作成風景(19日)

「発泡スチロール飛行機」は今回でまだ2回目となる、準新作おもちゃです。胴体や羽の部分は展示などで使った材料の廃材を利用しています。

前回は約2年前に作ったのですが、出来上がった飛行機の飛び方に若干のばらつきがみられました。今回は改良を加えて安定感が増しました!

発泡スチロール飛行機飛ばし

飛行機を拾いに走る子どもたち

飛ばした飛行機を嬉しそうに拾いにいく姿がカワイイ♪

 

缶バッジ作り風景

最後におみやげの缶バッジ作りで終了です!

今月もご参加ありがとうございました!

 

そしてそして、

来月からちょっと講座のタイトルが変わります。

“体験ワークショップ”から“手作りおもちゃクラブ”に変更になります!

よりキャッチーなタイトルにしてみました♪

内容に変更はありませんので、安心してご参加ください!

 

次回は12月10日(日)の10:30と14:00からになります。おもちゃは人気の「パタパタ(いた返し)」です!

ご参加お待ちしております♪

ビオスゼリーとは何か?(くらしのうつりかわり展)

2月25日(日)まで第40回小学校地域学習展「くらしのうつりかわり~なつかしのくらしの道具展~」を開催しています。

くらしのうつりかわり展では昭和30年ごろの、市内の内牧小学校の給食献立を展示しています。

 

献立をご覧いただいた方から「ビオスゼリー」って何ですか?との質問をいただきました。 展示している献立では、1か月の給食19回のうち、9回もビオスゼリーが登場します。

昭和30年ごろの内牧小学校の給食献立

昭和30年ごろの内牧小学校の給食献立

(画像クリックでjpgファイルがダウンロードされます。1252KB)

 

インターネットで調べた限りですが、ビオスゼリーとは、製薬会社の社長であった竹内寿恵(たけうち すえ)氏が戦前に開発した栄養食品です。

竹内氏のご著書によると、ゼリーと肝油(かんゆ)を混ぜて固めて、糖衣(とうい・糖分をふくむ膜でおおうこと)したものです。肝油とは、サメやエイからとった脂分で、ビタミンを多くふくんでおり、古くから栄養食品として使われていました。

昭和30年ごろの小学校でも、栄養補給のために頻繁に給食のメ二ューとして用いられました。

写真などがなく、実物がどのようなものか残念ながらわからないのですが、もしご存知の方がいらしたら、あるいは食べたことがある方は情報をお寄せください。

 

(参考文献)竹内寿恵 著『階段を上る女社長』P.67,学風書院,1960. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2976969/1/36 (参照 2023-11-17)*閲覧の際はログインする必要があります。

豊野小学校第3学年が郷土資料館を見学しました

令和5年11月17日(金)に豊野小学校第3学年が郷土資料館を見学しました。

 

豊野小は毎年郷土資料館に見学に来てくれるお得意さん♪

あいにくのお天気でしたが、今年も社会科校外学習の一環として訪れてくれました!

 

企画展示室での解説

企画展示室では、昔の家庭で使っていた道具や、学校で使っていた勉強道具などについて職員から解説を受け、見学をしました。

現代では学校でノートを使うのが当たり前ですが、昔は石盤(せきばん)というものが使われていました。まるで一人用の黒板のようなもので、書いては消して使用していたため、記録を残すようなことは出来ません。紙が今よりも貴重だった時代を感じ取ってもらえたでしょうか。

千歯扱き体験

千歯扱きを使って、脱穀の体験もしました!

 

常設展示室での解説

常設展示室では、竪穴式住居などの説明を受けました。

竪穴式住居の中の炉(ろ)は、どんな役割があったのかなど、クイズのように児童に考えてもらいました。炉は火を燃やすところなので、調理、暖房、明かりなどの役割があり、たくさんの子が手をあげて答えようとしてくれましたね!

 

よくメモを取る姿も印象的でした!

メモメモ

メモメモメモメモ

『ぼくら、遊びじゃなくて“学び”に来てるんで』とでも言わんばかりの熱心さ!

 

自由見学①

自由見学②

郷土資料館のおもちゃに興味を持ってくれた子は、ぜひ郷土資料館のワークショップに来てください!

11月19日(日)は発泡スチロール飛行機、12月10日(日)はパタパタ(いた返し)を作るよ!(宣伝)

 

郷土資料館の中では、“走らない・大声をださない”など、最初にした約束をちゃんと守ってくれた、しっかり者の豊野小3年生でした!

また来てくださいね♪

歴史文化講演会 「奥の細道」~旅立ちの風景~ を開催しました!

11月11日(土)、郷土資料館歴史文化講演会を開催しました。

元禄2年(1689)の3月27日(旧暦)に、「奥の細道」の旅程で日光道中粕壁宿に松尾芭蕉が宿泊しました。

本市は芭蕉ゆかりの地であることから、「『奥の細道』~旅立ちの風景~」と題し、國學院大學栃木短期大学教授の塚越義幸(つかごし よしゆき)先生にお話しいただきました。

塚越先生は、俳文学・漢文学がご専門で、芭蕉の人となり、『奥の細道』にちりばめられた古典文学・漢文学の素養、しゃれについて、著名な冒頭と旅立ちの文章を読み進めながら、わかりやすくお話しいただきました。

松尾芭蕉と奥の細道の旅については、不詳な点も多く残っており様々な想像がかきたれてられますが、講演では、紀行文学としての「奥の細道」と松尾芭蕉の作風を中心に解説いただき、文学作品としての「奥の細道」の奥深さ、楽しさを実感することができました。

講演会には50名近い方々に受講いただき、「奥の細道」を読み進めていきたいとの声も多くいただきました。

講演後は、先生に持参いただいた参考資料や郷土資料館所蔵の芭蕉肖像画などについても、解説していただきました。

熱心に質問される方もいらっしゃて、大変盛況でした。

今後も、本市の歴史文化の魅力を多くの皆様に伝えていけるよう、努めてまいります。

 

 

市指定無形民俗文化財“東中野の獅子舞”が公開されました

 気候が急転し、終日気温がひと桁まで下がった11月12日(日)、東中野香取神社では”東中野の獅子舞”が公開されました。昨年は3年ぶりの公開で神社拝殿の中での奉納舞でしたが、今年は四方に笹竹が囲われた拝殿前で伝統の勇壮な舞が披露されました。

庭入り

 

 

 

 

 

 

 

 天狗を先頭に拝殿へ向かう「庭入りの舞」を皮切りに、中獅子、小獅子、太夫獅子の順の「奉納舞」、いたずらキツネが獅子を惑わす「花掛けの舞」の3演目を若い舞い手とベテランの融合で激しく勇壮に三匹獅子が舞われました。

奉納舞-太夫獅子の舞-

花掛りの舞

 

また、地域の方々もこの獅子舞が披露される、通常の例大祭を待ちわびており、奉納後の獅子には「厄払い」「家内安全」「健康長寿」など、獅子のコカゲを被せてもらおうと、列を作って祈願されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 来年は地区内を巡回し祈願する「辻切り」の復活を望む声も聞かれ、コロナ前の生活と風習が回復してきたことが実感できました。地区、そして保存会の皆さん、大変ありがとうございました!!

「こどもライブフェスタ」~天然記念物がチェックポイントで活用されました~

今年で3回目を迎える「こどもライブフェスタ」が冬の気温に一変しました11月12日に開催、~忍者修行~「かすかべ忍者の冒険」として、ふれあいキューブ4階ぽぽらを出発して、地下道を経由、東口各所のチェックポイントで様々な体験という名の“修行”にトライしていただきました。

map

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古利根川からのぞむ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古利根川公園橋からほどなく川沿いを散策すると、県指定天然記念物「碇(いかり)神社のイヌグス」に到着。かすかべ郷土かるたにも登場する「イヌグス」は子どもたちにとっては聞きなれた文化財。でも実際にみるのは初めてという。「大きい」「長生きしている」「江戸時代の人たちも見たんだね」様々な感想が聞けました。

こびと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個人の屋敷稲荷の境内をお借りした修行の場では、樹木の枝分かれに5人の小人を探し出す修行のほか、観光ボランティアさんの説明で市内を代表する巨木である天然記念物の樹齢や特徴、そして現在、

樹木のお医者(樹木医)さんから治療を受けていることなど、親子一緒に学習していただきました!

ボランティアさんからの説明

 

 

 

 

 

 

 

 

当日は、所有者さんからの立入の許可をいただき、また、寒い中、多くのボランティアさんの協力により活気の満ちた市民活動と文化財の活用がみられました。ありがとうございました^^

 

桐の貯金箱をつくりました!

11月12日(日)、春日部の特産品「 #桐箱 」を製造されている #春日部桐箱工業協同組合 の皆さまを講師にお迎えして、郷土資料館の体験講座「桐のオリジナル貯金箱づくり」を開催しました。

写真:講座のようす

この講座は、桐産業を紹介した企画展示「桐のまち春日部」展(令和3年開催)の関連企画以来の人気講座の一つです。毎年開催し、今回は3回目となります。作ってもらうのは、春日部の伝統的な手工芸品「桐箱」の技術を踏まえた桐の貯金箱です。見本はこんな感じです。

写真:貯金箱の見本

一見、簡素なつくりですが、材料には桐箱にも使われる細かい細工がされており、箱に入れたお金を取り出せるよう、可動式のフタがついていたりもします。

参加者の皆さんは、桐板に丁寧にボンドをつけながら、箱を組み立てていきました。

写真:のりづけ

ボンドを乾かしている間は、輪ゴムで箱を固定して、圧着します。この方法は、実際の桐箱づくりでも採られている方法です。

くみ上げた箱の背板には好きな図柄を書いて、それを組合の職人さんに切り抜いてもらいます。

写真:電のこ

電のこの作業。切り抜いてもらう子どもたちは、じーっと職人さんの手元を見ていました。まさに羨望の眼差し。

思い描いた形どおりに切り抜いてもらえて大満足!

写真:やすりがけ

最後に仕上げ。やすり掛けです。やすりを丁寧にかければかけるほど、職人さんたちがつくった桐箱のようにすべすべでいい仕上がりになります。上の子も一生懸命にやすり掛けをしていました。

写真:完成

そして、完成!(やったー!!!)

今年も人気だったイラストは、ポケモンでした。

みなさん、満足に帰っていかれました。

大人の参加者の方は、自分で作るのもいいけど、出来上がりがいい見本品を売ってほしい、ともおっしゃっていました。

貯金箱を作ったり、見本や製品に接して、春日部の伝統産業に触れる機会になったのではないかと思います。

参加者の皆さま、春日部桐箱工業協同組合の皆さま、どうもありがとうございました。

市民の方たちと読む古文書

11月4日、市民の方たちと郷土資料館所蔵の古文書を読む、古文書勉強会を開催しました。ほごログでの紹介はご無沙汰していますが、古文書勉強会は、月に一度の頻度で、市民の皆さんが主体になって決まったテキストを講読するものです。引き続き「宝暦度より酒造用留」を読み進めています。

写真:講読の様子

上は講読の様子。史料の読み合わせをしているところです。皆さん、机にしがみつくように、テキスト(古文書)を見ています。お互いの顔を見るよりも、古文書を見ているのが、至福の時間な、皆さんです。

だんだんと読むスピードがあがってきており、かなり進捗しましたが、史料の後半は癖のある筆で書かれており、いくつか疑問や疑義の残るものが出てきました。いくつか紹介しまししょう。

写真1:儀

「藤次右衛門儀」と書かれていますが、この「儀」という字が読みづらいと意見がありました。

この筆の人物は、「儀」をこんな風にも書くようです。

写真2:儀

「御非文之儀」。いずれも人偏の「儀」ですが、皆さんに配布している紙焼きのテキストでは不鮮明でもあり、なかなか読むのが厳しいところもあるようですが、くずし字の字典などでみれば筆順なども間違いないかと思います。

「儀」ではないか、との意見もあった字がこちらです。

写真3:趣

「いたし候趣」と読みますが、最後の文字の「趣」が「儀」に似ているとの指摘でした。

しかし、よく見ると、篇にあたる部分に横の筆があり、「土」のようなくずしになっていること、旁の部分が「義」だとすると、画数が少ないことから、「儀」ではなく「趣」という結論に至りました。

このように、話し合いながら、読み進めているのですが、どうにも読めなかった箇所が次の部分です。

 写真:古文書

「一、借家物置家 壱ケ所

   但★から★壱組

    右ニ付候道具一式相添

    代金         」

と書かれていますが、但し書きの部分は何が一組なのか。

皆さんと一緒に悩み、★の部分が結局埋められませんでした。

今、再考してみて「此から臼」ではどうかなとの結論に至りましたが、いかがでしょうか。

次回、改めて皆さんで検討したいと思います。

シンポジウムー神明貝塚ーを開催しました!

11月5日(土)に教育センターで「地域と共に歩む史跡神明貝塚」をテーマに

シンポジウムを開催、市内、そして県内から約50名の方にご来場いただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文化財課職員による基調報告のほか、そして神明貝塚の保存活用計画でもご指導いただいた

日本大学理工学部の押田佳子准教授、日本工業大学建築学部の佐々木誠先生にご講演をいただき、

最後に討論も行いました。

 

はじめに文化財課の森山から、

「史跡神明貝塚の現況と古環境」と題し、整備の方向性として縄文時代の環境を来訪者に伝えるために植生や環境を復元し、地域と共に歩む史跡整備を検討していくことが示されました。

 

 

 

 

 

 

発掘調査から得られた縄文人から、神明貝塚に住む縄文人が陸上の動植物を食べていたこと、花粉分析からクリなどを多く用いていたことがわかりましたが、現在の景観からそのような事実を想像するのは難しく、今後、史跡を公園として整備するなかで課題となる部分として挙げられました。

 

続いて、押田先生から、

「みどりと共生する史跡と観光まちづくり」と題して発表いただきました。

 

 

 

 

 

 

 文化財と自治体の事例や課題を紹介しつつ、史跡を魅力ある観光資源とするために、ストーリーを設定すること、さらには来訪者にも自発的な関心を生み出すためのローカルガイドの存在が重要であるなど、多面的なご指摘をいただきました。 

佐々木先生からは、「神明貝塚と「共に」~地域と未来への戦略~」と題してご講演いただきました。

 

 

 

 

 

 

「老い」に直面した世の中に必要なものは、取捨選択とリノベーションであり、そのなかで神明貝塚は地域資源として強い武器になること、公民が連携することで、神明貝塚にワクワクした未来をつくっていこうという内容でした。

 

最後は発表者の3名で「地域と共に歩む史跡の未来」について、討論とシンポジュウムのまとめを行いました。会場からも質問用紙を多数頂戴し、今後の公開に期待する声をいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神明貝塚は史跡指定され、2年経過しましたが、整備・公開への道のりはスタートしたばかりです。 

市民のみなさまと一緒に、神明貝塚の未来に伝え、集い、にぎわい、活動する場の実現に向けて、引き続きの応援をよろしくお願いいたします!

※シンポジウムの様子は、後日YouTube上に動画をアップする予定です。ぜひお楽しみに

郷土資料館体験講座「かわいいミニぞうりを作ってみませんか」を開催しました

令和5年11月5日(日)に体験講座「かわいいミニぞうりを作ってみませんか」を開催しました。

 

江戸打ちひもを使用した約10cmほどの小さなぞうりを作る本講座。編み方を覚えれば、藁や布でも作れるようになりますよ♪

 講座風景

講座ではミニぞうり作成前に、郷土春日部により親しんでいただくため、春日部の伝説に纏わる紙芝居を1つ読みました。

そして、いざミニぞうり作り!

 作業は真剣そのもの

編みはじめと、最後の編み終わりをしまい込む部分が大変で、みなさん悪戦苦闘!

しかしながら、編み上げていくうちにいい形に♪2つ目ともなると、さらにクオリティアップしていきました!

 完成!

こちらは小学生の児童が作り上げたものです!可愛くできてます♪

編むのが難しい部分もありますが、その分出来上がったものには愛着がわくのではないでしょうか!

 

今日は個人でご参加の方から、ご家族、小学生のお友達同士での参加の方まで、幅広い方が来てくださいました。

郷土資料館では他にも各種イベント、講座を開催しておりますので、ぜひまたご参加ください!

考古学講座第2回を開催しました

 10月29日(日)に考古学講座第2回を開催しました。

 考古学講座2

本日は、1.発掘調査の方法、2.層位学、3.春日部市の縄文時代の遺跡についてお話をしました。前回の反省を生かし、あせらず、できるかぎりゆっくりと進めたつもりでしたが、まだ早かったでしょうか?

発掘調査の方法については、現在日本で行われている発掘調査の多くが、工事などに先立つ調査であることや発掘調査で表土はぎを行うと関東ローム層に遺構の形が現れることを説明しました。

発掘調査の基礎となっている層位学では、地層は積み重なっていき、下のものより上のものが新しいという大原則があることを説明しました。

春日部の縄文時代では、春日部市域にも縄文海進の影響があること、春日部市内では台地上に縄文時代の遺跡が多く発見されていることを説明しました。

縄文時代の醍醐味である貝塚や縄文土器の話は、次回に少し時間を作りお話します。

 

さて、考古学講座では、毎回、博物館や資料館の考古学に関する特別展や企画展を紹介しています。現在、近隣の宮代町と久喜市の資料館で、特別展として考古学関連の展示を行っているのでご紹介します。また12月9日(日)には、さいたま市岩槻区の真福寺貝塚で、発掘調査現地見学会が開催されます。ぜひお出かけください。

宮代町郷土資料館 令和5年度特別展「古代のみやしろ-古墳時代の宮代町-」

 会期:令和5年10月28日(土曜日)~12月24日(日曜日)

久喜市郷土資料館 第13回特別展「大集合!久喜市の遺跡」

 会期:令和5年10月14日(土曜日)~12月27日(水曜日)

真福寺貝塚発掘調査現地見学会

12月9日(日)午前10時~11時30分、午後1時30分~3時

会場 史跡真福寺貝塚発掘調査現場(さいたま市岩槻区城南3丁目949番地付近)

武里西小学校第3学年が郷土資料館を見学しました

令和5年10月31日(火)に武里西小学校第3学年が郷土資料館を見学しました。

 

今日は楽しい社会科見学のようです♪

最初に羽子板屋さんを見学してから、徒歩で資料館に来てくれました。

 

企画展示室での学習風景

企画展示室では、まだ電気が普及しきっていなかった時代の家庭の道具や、農具、勉強道具について職員から解説を受けました。

また、千歯扱き(せんばこき)を使った、脱穀体験もしてもらいました。

千歯扱き体験

脱穀の時、手にプツプツとした感触が伝わり、「楽しかった」「気持ちよかった」という感想が聞かれました。

 

常設展示室での学習風景

常設展示室では竪穴式住居の中をのぞき、職員の質問に答えながら、縄文時代の生活を学びました。

 

自由見学①

自由見学②

自由見学の時間にはおもちゃコーナーがやはり人気です!

また、今年資料館で寄贈を受けた3人用そろばんなども、その珍しさから人だかりができていました!

自由見学③

そんな中、昔の学校給食で使われていた資料や、、、

自由見学④

桐たんすに興味を持つこだわり派も!

 

入館前からワクワクが隠し切れない様子だった武里西小の児童たち♪もっと時間がほしそうだった子もチラホラ。

郷土資料館は土日も開館しているので、ぜひまた遊びに来てください!

 

「くらしのうつりかわり-なつかしのくらしの道具展-」は、令和6年2月25日(日)まで開催しています。

お子様からご年配の方まで楽しんでいただける展示になっていますので、皆さまぜひご来館ください!

郷土資料館体験ワークショップを開催しました

令和5年10月22日(日)、郷土資料館体験ワークショップ「紙でっぽうと糸でんわを作ろう」を開催しました。

体験ワークショップは予約不要、飛び込み参加歓迎のイベントです!お気軽にどうぞ♪

 

まずは蓄音機の上演からです。

蓄音機上演風景

ークショップで使用している蓄音機はゼンマイ式のもので、電気を使用しません。

子どもからも「電気いらないの?」という声も聞こえ、不思議な箱に思えたようです。

 

紙芝居は「飯沼の椀貸し伝説」です。

紙芝居読み聞かせ風景

お願いをすると、沼から食器が浮き上がってきて、借りることができるという不思議な伝説。しかしあるとき、悪意のある人が、借りた食器を返さなかったことから、二度と食器は借りられなくなってしまったそう。

借りたものはしっかり返しましょう!

 

そしておもちゃ作りです。

この日は紙でっぽうと糸でんわを作りました♪

おもちゃ作成風景

紙でっぽうはしっかりと折り目をつけながら作成し、きれいに仕上がっていました!いい音を響かせていましたね♪

糸でんわは、約5メートルほどある糸を使って作りました。普段、会話をするにはかなり遠い距離ですが、糸を通してしっかり話ができます。

糸でんわ遊び1

糸でんわ遊び2

耳に振動が伝わるので、くすぐったいみたいです(笑)

 

缶バッジ作り

最後に恒例の缶バッジづくりをして終了です!

本日もご参加ありがとうございました!

 

そして来月の体験ワークショップですが、

なんと2日間開催です!

11月14日(火)県民の日、11月19日(日)のそれぞれ10:30と14:00からになります!

新作おもちゃも登場予定!詳しくは広報誌等をご覧ください。

ご参加お待ちしております♪

幸松小出張授業のお手紙届きました!

10月6日、昨年度に引き続き、幸松小学校で出前授業を行いました。4年生の皆さんは総合的な学習で、地域の地形や災害について学習されているそうで、出張授業(でばりぃ資料館)では、幸松地区の水害の歴史について、お話しさせていただきました。  #かすかべプラスワン

 

後日、幸松小4年生の皆さんからお礼のお手紙(感想文)をいただきました。総勢80数名もの 感想文をいただいてとてもうれしいです。全部は紹介できませんが、そのなかでも、とても素敵な感想がありましたので、これも昨年度に引き続き、紹介させていただきます。

お礼の手紙表紙

 

まずはじめの方は、次のように書いてくれました。

画像:感想1

授業では、幸松地区の水害のなかのうち、昭和22年のキャサリン(カスリン)台風の水害について、少し詳しくお話ししました。幸松地区(当時は幸松村)には、水があふれた、濁流が押し寄せた地図(記録)が残されており、身近な地域が水災に遭ったことが克明にわかります。利根川から決壊した濁流が押し寄せたのは、およそ一日後のことで、それ以前に幸松のさまざまな水路で水があふれたことや、死者や避難者の数も伝えました。身近な地域が水害にあっていたこと、「びっくり」して、少し怖かったかもしれませんが、そうした話をいろいろな学校で話してほしいと、感想をくれました。その土地その土地には、固有の歴史があることを何となくわかってくれたのかもしれません。そうした機会ができること、個人的にも望んでいますので、他の学校さんからのオファーもお待ちしています。

 

次の方は、このように書いてくれました。

画像:感想2

昨今、首都圏外郭放水路は防災施設として再注目されています。外郭放水路ができたことで、市内の湛水の機会は大幅に減ったようです。しかし、この子のいうように、災害はいつ起きるのかわかりません。「油だん」は禁物ですね。出張授業が、防災意識を高める機会にもなったのならば、とてもうれしいです。

 

最後に紹介するのはこちら。

画像:感想3

授業では、めがね橋がただの橋ではなく、古利根川からの逆流を防ぐ、レンガ樋門であることを紹介しました。授業の前に校外学習でめがね橋を見学していたので、印象に残る人が多かったようです。全国津々浦々の小学校4年生で「樋門」の意味を理解しているのは、幸松小学校の皆さんだけかもしれませんね。

重要なのは、後半の文章。「親にもあまり教えてもらえなくて、だから私が親たちに教えたいと思います」

地域で語り継がれ、受け継がれてきた歴史・伝統を、子どもたちが学び、そして伝えていくこと。郷土資料館として、こんなに嬉しいことはありません。ぜひ、親御さんにめがね橋のスゴさを話してください。

幸松小4年生の皆さんは、これから地域の地形を学んだり、災害のときにどのように行動すればよいのかを考えたりする学習をするそうです。私が授業で伝えた、水害の怖ろしさ、そして地域の先人がそれを克服してきたことも、改めて考えていただき、ぜひ、地域の防災について学びを深めてください。

実は、幸松小4年生の皆さんには昨年度のでばりぃ資料館でも会っていましたが、憶えている子は少なかったようです。今回の出張授業では、話を聞いてくれたお礼に名刺を渡しました。郷土資料館のこと、もう忘れないでね。それよりも、名刺をたよりに、郷土資料館に遊びに来てくれるとうれしいです。待ってます。

《受講者求ム》世界で一つだけの桐の貯金箱をつくりませんか?

春日部市郷土資料館では、体験講座「桐のオリジナル貯金箱をつくろう」を11月12日(日)に開催します。講座では、まちの伝統産業の #桐箱 づくりのスペシャリストたちに指導していただきます。 #かすかべプラスワン

桐といったら春日部。春日部といったら桐。古くから春日部は桐細工産業のまちとして栄え、今日にいたっています。郷土資料館の体験講座「桐のオリジナル貯金箱をつくろう」では、伝統的な技術を伝える桐箱製造の業者さん、職人さんたちの指導のもと、桐の貯金箱づくりを体験してもらいます。

「伝統的ってなんだか作るのがむずかしそう」と思った方へ。

職人さんたちがやさしく丁寧に指導していただけます。幼稚園のお子さんでも、おつくりいただけますのでご安心を。

「オリジナルってどんなの?」と思った方へ。

貯金箱の背板を当日、職人さんたちが切りぬいてくださいますので、背板は好きな絵や図柄になります。ここがオリジナル。後日色付けをしていただければ、世界で一つだけの桐の貯金箱になるのです。

 郷土資料館の「桐の貯金箱づくり」は、もう恒例の講座で今年で3回目になります。昨年の様子はここからご覧いただけます。皆さん、自分の貯金箱ができてうれしそう。

ただいま、受講者絶賛募集中!お子さんだけでなく、大人の方でも歓迎です。電子申請でもお申込みいただけますので、ぜひ。

日時:令和5年11月12日(日)午後2時~4時

場所:春日部市教育センター2階 視聴覚ホール

費用:一人900円(当日徴収)

定員:20名

申込:郷土資料館まで電話(048-763-2455)、もしくは直接、または電子申請

 

民俗芸能ー神楽・獅子舞ーが市内各所の秋季例祭で公開されました

 早歩きで急な季節の移り変わりが感じられた10月15日(日曜日)には、秋の収穫に感謝をささげる例祭が市内各所で催され、市で指定している無形民俗文化財が公開されました。

 富多神社では江戸川小中学校の4年生が、総合的な学習の時間で通年、榎囃子神楽連のみなさんから指導を受けている神楽が公開されました。地域を知る学習の機会として毎年恒例となっています。この日は、祭り囃子の太鼓の演奏と、「オカメヒョットコ」「大黒天」の2曲の神楽を演じました。約半年間の練習成果を地域のみなさん、そして保護者の前で堂々と披露してくれました。大変寒く、激しい降雨の中、応援いただきありがとうございました。

江戸川小中学校

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後には、銚子口香取神社では銚子口の獅子舞が公開されました。三匹獅子の威風堂々とした迫力満点の舞が神社拝殿で披露されました。この日は出端の舞と幣かがりの2曲でしたが、1月新春にはより多くの演目の披露に向けて準備されています。

銚子口獅子舞

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、赤沼神社で奉納される赤沼の獅子舞は雨天のため、集会所での公開となりました。小学生低学年の子供獅子に加え、秋の収穫の感謝を機に公開される稲刈りなどの神楽の余興、そしてリズミカルで勇壮な三匹獅子が披露されました。今季は中獅子に女性の舞手が加わり、大柄で堅牢な太夫獅子、勇壮な小獅子に混じり、軽やかで柔和な舞には会場から拍手喝采でした。

赤沼獅子舞

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年明け2月4日(日曜日)には4年ぶりとなる「春日部市民俗芸能公開事業」の開催に向けて準備を進めておりますので、郷土春日部の伝統の舞を間近でご堪能してみてはいかがでしょうか。