芭蕉の館管理「作新館・黒羽小学校」関連文化財

(芭蕉の館学芸員新井敦史氏記) 

 

 護法秘策
【護法秘策】

▶ 護法秘策

 

 蘭学を修めた幕末尾張の浄土真宗大谷派福恩寺住職佐竹得照(臥龍仙人、1816頃~66)の安政2年(1855)12月19日から同月27日にかけての全17回にわたる講義録(天文論)で、彼の門人と思われる蓮生の筆記になる。慶応元年(1865)夏序。

 黒羽藩15代藩主大関増裕ますひろの蔵書の一つであり、彼の直筆になる表紙の墨書によれば、本書は「海内唯一本」という。開成所の教授であった柳川春三の序文からは、春三が名古屋から江戸へ出て10年にして偶然入手した旧友得照の『護法秘策』を、得照の「奇僧」ぶりなど語りながら、増裕に譲ったことが推測される。

 なお、表紙の増裕直筆になる「二世乗化亭」という署名からは、乗化亭と号した4代前の藩主大関増業ますなりの遺志を継いで藩政改革を推進しようとしていた増裕の強い決意を窺うことができる。

 

吾妻鏡
【吾妻鏡】

▶ 吾妻鏡

 鎌倉時代後期成立の史書(52巻)で、鎌倉幕府の公的な編纂になると言われ、幕府の事跡を変体漢文で日記体に編述している。源頼政の挙兵(1180年)から前将軍宗尊むねたか親王の帰京に至る87年間のわが国最初の武家記録。寛文元年(1661)刊。
 建久4年(1193)3月9日条からは、将軍源頼朝主催の那須野の巻狩りを現地で「経営」することを目的として、那須光助に下野国那須北条郡の内の一村が給付されていることが知られる。
 なお、各冊の第1丁表には「黒羽藩作新館」という印文の蔵書印(朱印)が捺されているので、黒羽藩校作新館の蔵書であったことがわかる。

日本外史摘解
【日本外史摘解】

▶ 日本外史摘解

 『日本外史』の重要語句について解説が施されている。三田称平(地山)編集、地山堂蔵版、明治14年(1881)刊。
 『日本外史』は、頼山陽が文政10年(1827)に著し、同12年に刊行された史書(22巻)で、源平二氏から徳川氏に至る武家の興亡が各家別に漢文体で記述されている。
 三田称平(1812~93)は、幕末期から明治時代にかけての政治家・教育者・学者(漢学・国学)。政治家(黒羽藩士)としては、安政2年(1855)下之庄郡奉行として益子に着任し、善政を敷いて、益子焼隆盛の基礎を築いたことが知られており、明治維新後は集議院議員として新政に参画した。教育者としては、黒羽藩校作新館の学頭となったほか、私塾地山堂を開き、多数の門下生を有した。
 この『日本外史摘解』は、第1丁表に「作新館文庫記」という印文の蔵書印(朱印)が捺されているので、黒羽藩校作新館の蔵書であったことが知られる。 

英吉利文典
英吉利イギリス文典】

英吉利イギリス文典

 『英吉利文典(ENGLISH GRAMMAR)』は、西洋活字により幕府の開成所から出版されたもので、Q&A形式で英文法の基本が説明されている。慶応2年(1866)刊。
 作新館文庫(大関文庫)には同じものが3冊あり、黒羽藩15代藩主大関増裕の蔵書であった。その内の1冊には、表紙に「朱冊」という増裕の直筆(朱字)が認められ、本書ともう1冊の本文には、増裕が書いたと思われる朱字により、単語の発音や日本語訳が書き込まれている。3冊全てに「作新館文庫記」という印文の蔵書印(朱印)が捺されているので、後に黒羽藩校作新館の蔵書となったことが知られる。

 六書通

六書通りくしょつう

六書通りくしょつう

 書体の一つである篆書の字書(4巻)で、内題は「集古印篆」となっている。明和9年(1772)5月刊。
 もともと黒羽藩12代藩主大関増儀ますのり1811~65)の蔵書であり、全冊の第1丁表には「玄翼館印章」「玄翼館主人」という印文の蔵書印(朱印)が捺されている。「玄翼」は黒羽の意で、増儀は玄翼や玄翼館主人と名乗っていた。また、「黒羽藩作新館」の蔵書印(朱印)も捺されているので、ある時期から藩校作新館の蔵書となっていたことが知られる。

 神皇正統記

神皇正統記じんのうしょうとうき

神皇正統記じんのうしょうとうき

 『神皇正統記』は北畠親房が著した歴史書で、延元4年(1339)常陸国小田城で執筆し、興国4年(1343)関城で修訂した。東国武士を結集するために著されたとする説が有力である。神代から後村上までの天皇の事績、歴史の推移を述べ、南朝の正統性を強調しており、後世の史観・国体観に大きな影響を与えた。
 本資料(2冊、刊本)の末尾には、大永8年(1528)6月23日、恵潤(23歳)が常陸国六段田村六地蔵寺本をもって書写校合した旨が記されている。本資料は黒羽藩16代藩主大関増勤ますとし1852~1905)の蔵書であったが、明治4年(1871)8月14日、作新館に納められたものであり、2冊とも第1丁表には「黒羽藩作新館」という印文の蔵書印(朱印)が捺されている。