校長室のひとりごと
校長室のひとりごと「宇宙木材プロジェクト」
先日何の気なしにラジオをつけ車を走らせていると、「エッ?」と耳を疑うような話が飛び込んできました。「宇宙木材プロジェクト」という話です。更に聞いてみれば、国際宇宙ステーション(ISS)の接合部に木材部品を使用し、10か月間の実証実験を終えた木材の部品が無事に地球に帰還したというのです。私のような素人考えでは宇宙に関連する部品は、特別な頑丈な金属が当たり前という先入観を持っていましたが、この実験は、宇宙という酸素や水分がない空間だからこそ木材は劣化が少なく、今後の宇宙開発に有効ではないか、という京都大学の学生の発想だそうです。
先日、月探査「アルテミス計画」の話題に触れたばかりですが、ここでも日本の技術力の高さが浮き彫りになった形です。実験は京都大学と住友林業が進めてきたもので、実際に地球に帰還した木材部品を検証したところ、木材に割れやひび、反りなどの劣化は認められず、温度差や放射線など地球とはけた違いに過酷な宇宙空間での影響もほとんど受けていなかったそうです。
京都大学では、この実証実験をもとに開発した「木製の人工衛星」の打ち上げを計画しているそうです。役目を終えた人工衛星は宇宙ゴミとなりますが、木材であれば大気圏突入時に燃え尽きるなど環境にやさしいことや、電波を通す木材は、従来の金属性のように外部アンテナをつける必要がないこと、そして何より宇宙への移住を想定した場合の、コスト低減や活用が未知数で宇宙開発の可能性を広がると期待しているということです。
これからの時代、このように既存の知識や学力だけではなく、新たな発想で新たなものを作り出す力が一層必要になってくるのだと実感しました。 人類が月や火星で木造建築の家に住む日はそんなに遠いことではなさそうですね。
校長室のひとりごと「五月病」
最大10連休のゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか。私は自宅の庭の手入れや掃除、洗車したりとのんびりと過ごしました。本校はもちろん、多くの中学生はこの時期に行われる運動部の大会などに参加していたようです。
「五月病」という言葉をご存じでしょうか。よく使われる言葉ですが、病名ではなく俗称です。一般的に入学や就職など年度の切り替えに伴い生活環境が変化し、緊張やストレスを抱えながら頑張ってきた1カ月、そしてGWで一気にその緊張やストレスから解放されたことから起こる、倦怠感や疲労感、睡眠障害、食欲不振、無気力などの精神的・身体的なSOSが現れることがあり、これを一般的に「五月病」と呼んでいます。
今年はコロナ禍後初めてのGWで、どこへ行っても人、人、人。天気にも恵まれ真夏のような気温と日差しで暑い日が続きましたが、連休が明けると一転、雨模様が続いています。何となく気が滅入ってしまいそうです。例年以上に「五月病」が心配です。
何やら「退職代行業者」はこの連休明けは例年の2倍近い依頼があり大忙しだと報道されていたことも気になります。学生も「五月病」をきっかけに学校を休みがちになり、欠席が続いてしまい… という生徒もいるものです。昔は「気合が足りないんだよ!」なんて軽視されがちでしたが、長く続くようなら医師の診断を受けることも必要です。また、そこまででなくても、この時期は意識的に「しっかり睡眠をとる」「適度に運動する」「食事(特に朝食)をとる」など、いつも以上に規則正しい生活習慣を意識することで改善されるそうです。
新緑豊かで清々しい五月、健康に気を付け生活したいものですね。
校長室のひとりごと「当たり前のありがたさ」
新型コロナウイルス感染症の扱いが2類から5類に引き下げられ、ちょうど一年になります。
足掛け4年にわたるコロナ禍明けのこの一年間で「当たり前のことが、実は当たり前ではなかった」ことに気づかされました。それまで当たり前だった様々な活動が学校ではできなくなりました。「給食の団欒やおかわり」「体育祭などの行事」「合唱や合奏」「部活動や各種大会」「グループでの話し合い活動」、更には常に学校中に溢れる「子供たちの笑顔や笑い声」… 中学校では、このどれもが当たり前で、お盆や正月などの年中行事のように、時期になれば準備をはじめ行事を行う、といった具合でした。三十年以上もこうしたサイクルで生活してきた私は、こんな日が来るとは思いもせず、戸惑いは大きく衝撃的でした。
病気になって初めて「健康のありがたさ」がわかるように、当たり前にあったものは、失われるまで「あること」「ありがたさ」に気づかないものです。
コロナの影響で全国一斉休校の時期には、「学習の保障」という観点でリモートで授業を行っていました。しかし、学校で学ぶことは学習以外にもたくさんあります。コロナ禍で失った当たり前を取り戻しつつありますが、一年たった今でも完全な「当たり前」には戻れず、どこか違和感が残っているような気がします。
校舎に響く「おはようございます」や学級の歌声、給食や休み時間の笑い声など、今は「当たり前のありがたさ」を噛み締めている毎日です。
あれから一年という節目に、改めて子供たちにとって「当たり前」にしたいこと、させたいことを精査していこうと思います。
校長室のひとりごと「アルテミス計画」
大幅なコスト低減を目指す新世代型のH3ロケット2号機の打ち上げ成功など我が国でも宇宙開発、宇宙ビジネスが急激に進んでいます。
TVから流れるアポロ11号が月面に着陸し、アームストロング船長らが宇宙服で月面を跳ぶように歩く姿は、子どもながらに衝撃的でした。船長らが月面に星条旗を掲げる様子を何回も何回も絵に描き、宇宙への憧れを深めていたものです。
アポロ計画から約半世紀、現在「アルテミス計画」が進行しています。この「アルテミス計画」は、米国を中心に欧州や日本も参加する月探査の国際プロジェクトで、JAXAのほか多数の日本企業も参画しています。月面基地の建設には清水建設や鹿島建設が、月上空の周回有人基地は三菱重工業が担当するなど、私も日本人というだけで誇らしく思います。またJAXA、トヨタ、ブリジストンが共同開発中の月面探査車は、宇宙服なしで生活しながら月面の広範囲を移動できるキャンピングカーのような探査車の開発を進めているそうです。そんな高い日本の技術力が認められ、2名の日本人宇宙飛行士が月面に立つ計画だとも先月発表されました。
アポロの月面着陸をTVで見ていた幼少の頃に思い描いていた、漠然とした宇宙への興味や憧れ、勝手に想像していた月で人類が生活する、そんな未来は、すぐそこまで来ていると改めて驚かさられます。
アルテミス計画には将来的な火星への有人探査のベース基地づくりという側面もあるようです…
とてつもなく広大で、簡単に行くことができないからこそ神秘的で想像を膨らませてきた「宇宙」、近い将来その想像が現実の映像として地球に届く日も遠くなさそうですね。
校長室のひとりごと「OECD(経済開発協力機構)」
明日からGW後半に入りますが、この期間に岸田総理はフランスなど3か国へ訪問するようです。今回のフランス訪問ではOECD(経済開発協力機構)会議での「生成AIの国際的ルールづくりの必要性」について基調講演するそうです。特に政治に興味があるわけではありませんが、このニュースはストレートに耳に入ってきました。というのも「OECD(経済開発協力機構)」という単語が理由です。実は日本の学校教育とOECDは深い関係にあります。OECDが概ね3年ごとに進めている国際的な学習到達度に関する調査(PISA調査)には日本を含む81の国と地域が参加しています。この調査は、義務教育修了段階の15歳が対象で「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」「読解リテラシー」の3分野について調査します。前回は2022年に実施され、全3分野において低迷していた2018年調査を上回り、2022年調査で日本は各分野トップレベルの結果でした。
文部科学省も調査結果には注目しており、順位はもとより日本の義務教育の成果や課題を分析し、10年に一度改定される「学習指導要領」や「教育施策」などにこれまでも反映されています。例えば「GIGAスクール構想」です。2015年実施のPISA調査では、日本の学生はスマホやPCなどの使用頻度は世界的にトップレベルだが、内容は動画やメール、SNSが中心で、他国の若者の主な使用内容である「学習への活用」はほとんどない、という結果でした。このような背景から「GIGAスクール構想」義務教育児童生徒への一人一台端末が急速に配備され現在に至っています。
OECDのPISA調査、次回は2025年、現中学3年生世代が対象です。調査結果に注目していきたいと思います。
その前に、今日の「生成AIの国際的なルールづくり」に関する岸田総理の基調講演にも注目ですね。
校長室のひとりごと「便利になった反面…」
セルフレジやタブレット、スマホで注文など便利になった反面、会話が減ってしまったという話の続編(?)です。今日は「便利になった反面失ったこと」について私の感覚で書いてみようと思います。
最近の車には、当たり前に「カーナビ」が装備されています。初めての場所でもカーナビをセットすれば、地図画面はもとより、音声でも「〇〇メートル先右方向です」なんて案内してくれます。とても便利です。しかし一方で道路地図を全く見なくなりました。昔は何冊も道路地図を車に常備し、地図を前後左右くるくる回しながら運転していたことを思い出します。時にはしばらくして通り過ぎたことに気づきUターンしたりして…カーナビのおかげでとても便利になりました。しかし、方向感覚が鈍くなったように感じます。何より道を覚えなくなりました。
ここ数年、めっきり手で字を書く機会が減りました。文章を書くには、キーボードを叩き、画面上で見直し、訂正しそれをプリントアウトします。スマホでも予測変換機能があるため、最初の一文字入力すれば、単語の候補が表示されます。また「コピー&ペースト」など時間的にも随分短縮され、とても便利です。しかし、いざ手で書こうとしても漢字の雰囲気は頭に浮かびますが、思い出せないことが多々あります。「年齢」のせいでしょうか…
やはりスマホは便利です。電話帳機能で相手を探しタップすれば電話をかけられます。ただし、自分のスマホであればの話です。しかし、一方で電話番号を覚えなくなりました。家族のスマホの番号すらわかりません。災害時など、自分のスマホ以外から家族に連絡しようにも困ってしまいます。
技術革新が進めば進むほど人間の苦労は減り、至れり尽くせり便利な世の中になっていきます。一方で身体や脳を使わず「退化」しているように感じるのは私だけでしょうか。
校長室のひとりごと「怒りを捨てる?」
毎朝出勤し、新聞に目を通すことから私の一日はスタートします。先日いつものように新聞に目を通していると興味深い記事を見つけました。それは「怒り」を軽減させる方法について、日本の大学の実験チームがイギリスの科学誌に発表したという内容です。チームは「怒りを感じた際、その状況や感情を紙に書いて、その紙を捨てると怒りが抑制される」としています。さらに記事を読み進めると、チームの実験では50人の学生たちにテーマを与え作文を書いてもらい、その作文に「大学生が作成した文章とは思えません」と、わざと低い評価を与えて怒りを抱かせたそうです。次に学生に、今の感情を紙に書かせ、丸めてゴミ箱に捨てさせると学生たちの怒りが軽減されたというのです。また実験では、感情を書いた紙を捨てずに裏返すだけでは効果は認められず、シュレッダーで切り刻んだ場合は同様の効果が得られたそうです。
今の世の中、大人だろうと子供だろうと少なからずストレスを感じながら生活しています。本校に限らず全国的に子どもたちのSNS等によるトラブルは増加傾向です。そんなSNSや友人関係のトラブルを自分たちで解決できず、その怒りを家族や教員、周囲の仲間にぶつけ、更に大きなトラブルに発展するというケースが増えたように感じます。
今後、この実験チームは、メールやSNSなどデジタル画面による怒りの原因を、画面上から「消去」することで紙と同様の効果が得られるのか検証したい、としています。検証結果が楽しみです。
校長室のひとりごと「読書」
皆さんは読書していますか?
全国学校図書館協議会が2022年に実施した調査データによると、1か月に1冊も本を読まない「不読者」は、小学生6.4%、中学生18.6%、高校生51.1%、と若者の読書離れが進んでいます。
読書は多くの知識を獲得したり、文字から得る情報だけで情景や主人公などを思い描くイマジネーションを働かせることで、読解力、想像力、思考力、表現力を高めてくれます。人生を豊かにし、より深く生きるための力を身につけるうえで読書は有効な手段の一つです。
かつて中学校では「朝自習」という時間がありましたが、徐々に「朝読書」と言われる読書をする時間に代わり、この「朝読書」は全国的に広まりました。読書そのもはもちろんですが、朝の部活動を終えた子供たちの冷却タイム、呼吸も心も落ち着かせ授業に移行する手段という側面もありました。一日10分程度の「朝読書」でも読書の習慣が身につき、給食の配膳中など少しの隙間時間に読書をする子供たちが見られたものでした。
しかし昨今、この「朝読書」に取り組んでいる学校は減ってきています。増え続ける学校課題、一方でスリム化・効率化の風潮などが影響しているのでしょう。また、調べ学習など図書室へ行って本から情報を得るのが常でしたが、今は「GIGAスクール構想」で配備された一人一台PCを使えば、教室にいながらネットで様々な情報を手に入れられることも図書室に行く機会が減り、結果として読書離れに拍車をかけているように感じます。
ゲームや動画サイトなどでは直接的に映像として視覚に飛び込んできて、それはそれでリアルで必要だと思いますが、白い紙に黒インキで刷られた文字から想像することができる読書も大切です。読書の魅力を子ども達に伝えていきたいと思います。(GW初日の明日は雨予報、本でも読もうと思います)
校長室のひとりごと「セルフ」
最近、変化についていけないことがあります。お店に行けばセルフレジで「え~っと…」って使い方に戸惑ってしまいます。回転寿司に行っても、まずは発券して座席を待ち、注文はタブレット画面から選びます。ファミレスでは、注文した料理をロボットが座席まで運び、ロボットのけなげさに、つい「ありがとう」とお礼を言ってしまいます。最近は居酒屋でも会話が弾みません。注文は自分のスマホでQRコードを読み取り、表示されるメニュー画面を操作し自分で注文するというお店が増えてきました。若い先生方と行けば「じゃあ校長先生は何飲みますか?」「はい注文しました」などと手際よくシステムを使いこなしますが、おじさん同士ではそうもいきません。みんな目を細めスマホ画面と向き合い「あれ、飲み物画面が無いぞ?」などブツブツ言いながら飲み物を注文します。数分後飲み物が届き、やっとのことで「カンパ~イ!」と喉を潤すことに成功。盛り上がったのは一瞬です。すぐにまたスマホと「にらめっこ」が再開。「あれ焼き鳥はどこだ?」とか「お勧めって何?」などと独り言ばかりで会話という会話が成立しません。店を出た時には皆「なんか疲れたな~」ってため息をついてしまいました。
店員さんと一言も交わさなくても用が足りてしまうお店が増えてきました。私は店員さんに「今日のお勧めって何?」とか「焼き鳥って一皿何本?」なんて聞いたり、「今日のお勧めは活きの良いカンパチです」「じゃあそれもらおうか」なんて会話を楽しみたいのですが、メニューの画面には、お皿に5本盛り付けられた焼き鳥の写真が出てたりして…
少子化に伴った労働力不足が進む世の中では、こういった「セルフ」が一層増えていくんでしょうか。おじさん代表としては、どこか淋しい気持ちになってしまいます。
校長室のひとりごと「生成AI」
まずは次の文をお読みください。
「この受賞は私だけではなく、数多くのスタッフ、そして家族など関わってくれた全ての皆様のおかげです。そのサポートと協力なしでは、受賞することはできませんでした。心から感謝しています。この受賞を励みとして、皆様に一層喜んでいただけるようこれからも精進してまいります。ありがとうございました。」
これは「生成AI(人工知能)」による作文です。「生成AI」に「受賞・お礼・スピーチ」と三つのキーワードを入力し、作成された文章の中の一文です。もちろんこの文をそのまま使う機会もありませんが、凄くないですか? 仕事上人前で話す機会の多い校長職ですが、近い将来AIに校長の座を奪われる日が来てしまうのでは、と心配になります。
「生成AI」とは、ネット上にある膨大な情報を学習し、無限の引き出しに保管し、使用する人のニーズに合わせて、その引き出しから取り出し、並べながら自然な形で返してくれるものとされています。最近では、文章だけではなく絵画やイラスト、イメージ画像なども思いのままに作成できるようです。
この生成AIは教育現場での利用についてよく話題になります。夏休みの課題、読書感想文、卒業論文やレポートなどに使われたり、実際に著作権等の問題も発生しているようです。生成AIは大変便利なものですが、使用する側のマナーやモラル、スキルをしっかりと身に着けた上で上手に「AI・人工知能」と付き合っていきたいですね。