卒業式 ✖ 3.11を忘れない
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ああ あの街で生まれて君と出会い たくさんの想い抱いて 一緒に時を過ごしたね 今旅立つ日 見える景色は違っても 遠い場所で 君も同じ空 きっと見上げてるはず 「またね」と手を振るけど 明日も会えるのかな 遠ざかる 君の笑顔今でも忘れない 合唱曲「群青」より |
これは、14年前の東日本大震災を経験した、中学生と音楽の先生が、震災での悲しみや、離ればなれになった仲間を思いやって作った曲です。
この歌を、明後日の卒業式で合唱する3年生。
今日は、卒業式の予行練習。
そして、14年前に東日本大震災が起こった日。
津波で大きな被害を受けた気仙沼市立階上中学校を含む地域は、「階上中学校といえば、『防災教育』といわれ、内外から高く評価され、十分な訓練もしていた……。」のように、毎年津波に備えた訓練を行っていました。
なぜか?
1960年5月23日。チリ南部でマグニチュード9.5という観測史上最大の巨大地震が発生しました。これによって生じた大きな津波は、約23時間後に東北地方に到達しました。残念ながら、当時、多くの方が犠牲になりました。
このことから、南三陸町や気仙沼市では、毎年語り部によって、地震の、津波の恐ろしさを伝えること。町全体で訓練をすること。これを続けてきました。
しかし、東日本大震災の津波は、すべてを飲み込みました。
チリ地震で到達した津波に耐えていた建物の上を、東日本大震災で起こった津波は覆いかぶさりました。
先ほどの、階上中学校は2011年3月12日に卒業式の予定でしたが、前日に被災。
学校の体育館は貴重な避難場所となりました。
もちろん、卒業式どころではありませんでした。
しかし、10日後に避難所として使われている体育館で卒業式ができたのです。
一緒に参加することができなかった3名の仲間と共に。
答辞を読んだ梶原さんは、震災後の10日間で読もうとしていた原稿の全てを考えなおし、書き直したといいます。
1学年で行ってきた震災学習の最後の授業として、HRに梶原さんの様子を映像で観ました。
おおぐろの森中学校でも14時46分に、黙祷を捧げました。
人の気持ちを全て理解することはできないけれど、寄り添ったり想像したりはできます。
知っていくこと、忘れないこと、思い出すこと、前に進むこと。
それが、大切なのだと毎年思います。
文部科学省 東日本大震災への対応より抜粋(以下URL)