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☆ 8月10日(日)臼井さん、関東大会7位入賞!!
8月7日(木)から9日(土)までの3日間、新習志野の千葉県国際総合水泳場にて「第49回関東中学校水泳競技大会」が開催されました。
本校からは臼井さん、嶋さん、國本さんの3名が予選を勝ち抜き出場。100m平泳ぎに出場した臼井さんは7位入賞を果たすなど、大活躍!! また、嶋さんと國本さんも、入賞こそ叶わなかったものの、全力を出し切り見事な泳ぎを披露してくれました。これからの3人の活躍にもますます期待がかかります!!
なお、結果は次の通り。
◆臼井 秀さん(3年)・・・50m自由形14位/100m平泳ぎ7位 ◆嶋 羽海さん(3年)・・・400m自由形28位/100m自由形43位 ◆國本杏珠さん(2年)・・・200m個人メドレー50位/400m個人メドレー26位
▼臼井さん
▼嶋さん
▼國本さん
▼本当によく頑張った特設水泳部の3名
☆ 8月 9日(土)長崎を最後の被爆地に
第二次世界大戦(太平洋戦争)末期、今から80年前、1945年(昭和20年)の今日、8月9日午前11時02分、長崎市に原爆が投下されました。
当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち、1945年12月末までに73,884人の尊い命が失われ、74,909人が負傷。また、原爆の熱線・爆風・放射線による病気(原爆症)がその後も人々から平穏な生活を奪います。生き残った方々の中には、今なお苦しんでいる方々がいらっしゃいます。
本日、午前10時40分から行われた「被爆80周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」。
永遠に「長崎を最後の被爆地に」。平和宣言の中でもそう謳われています。そのために我々はどんな行動をしていくのか。
原爆投下当時、南流中生と同じ中学生だった被爆者代表、西岡洋さんの「平和への誓い」をかみしめたいと思います。
平和への誓い(全文)
1945年8月9日、私は爆心地から3.3kmの県立長崎中学校の校舎内で被爆しました。13歳の時でした。
「敵大型2機、島原半島を西進中」という西部軍管区の放送を生徒が大声で職員室に向かって報告しているのを聞いてから、何分も経たないうちに敵機の爆音が聞こえてきたかと思うと、その音が急に大きくなりました。次の瞬間、身体がすごい光に包まれ、私は「学校のテニスコートに爆弾が落とされた」と思い、小学生の時から訓練されていたとおり、目と耳を塞いだ姿勢を取り、床に伏せました。
爆発の瞬間は、オレンジ色と黄色が混じったような光の海の中に一瞬全身が埋もれたような感覚でした。続いて、すさまじい爆風で窓ガラスが破壊され、私は部屋の隅に頭を抱えて転がり込みました。その上に級友が折り重なってきたため、その体重で息もできない有様でした。しかし私は級友たちの下敷きになったおかげで、無傷で済んだのです。級友たちはナイフのように尖った割れた窓ガラスが体に刺さり、血だらけになっていました。
さらに外を見渡すと、家々は壊れているのに火災は全く起きておらず、煙すら上がっていないのに、浦上地区には大きな火柱が上がっている。一発の爆弾だったはずなのに広範囲に被害が及んでいるのはどうしてかと、不思議に思いました。
その後、学校の防空壕に二時間ほど避難していたでしょうか。もう大丈夫だろうと、帰宅の途についた道は避難してくる人たちであふれかえっていました。
火傷か切り傷なのかわからない血まみれの男性。顔から血を流している赤ちゃんを抱いて歩く母親。腕が切れて垂れ下がっているのではないかと思われる人。こういう人々が中川町から蛍茶屋の方向に群れをなして歩いてくるのです。薄暗い雲が長崎の空一面を覆い、辺りは夏の真昼だというのに、あたかも日食のようでした。
こうして8月9日が過ぎ、戦争が終わりました。この爆弾が原子爆弾というものだと知らされたのは戦争終結後のことでしたが、原爆の恐怖はさらに続きました。それは原爆による後遺症です。爆心地付近にいたけれども、頑丈な塀で守られ、軽傷で済んだ人や、地下工場で仕事をしていて無傷で帰宅した人たちもいました。ところが、それらの幸運な人たちも、次第に歯茎から出血し、髪の毛が抜け落ちて次々に亡くなっていったのです。薬もなく、治療方法も分からず、戦争が終わったというのに原爆は目に見えない恐怖をもたらしたのです。
昨年、私が所属する「日本被団協」がノーベル平和賞を受賞しました。これは私たちの活動が世界平和の確立に寄与していることが評価されたということに他なりません。そして、この受賞を契機として、世界中の人々が私たちを見てくれていることに大きな意義を感じました。
平和に繋がるこの動きを絶対に止めてはいけない、さらに前進させよう、そして、仲間を増やしていくことが、私たちが目標とするところです。
絶対に核兵器を使ってはならない、使ったらすべてがおしまいです。
皆さん、この美しい地球を守りましょう。
令和7年8月9日 被爆者代表 西岡 洋
▲南流中生の活躍を、その成長を目の当たりにできるのも、「平和な世の中」があってこそ。全ての大前提となる「平和な世の中」を次の世代、その次の世代へと、未来永劫受け渡していくことは、今を生きる我々の義務ではないでしょうか。
☆ 8月 8日(金)4×100mリレー、4位!!~関東中学校陸上競技大会
2日間にわたって行われた「関東中学校陸上競技大会」の最後を締めくくる男子4✕100mリレー。本校陸上部の小平さん、飯田さん、樋渡さん、高松さんが出場しました。
昨日の予選を見事突破してきたこの4人組。それでも樋渡さん、高松さんにとっては、昨日から数えてこれで通算4レース目。疲れがないと言えば、嘘になる状況の中、見事なレースを見せてくれました。最終順位は4位。タイムは43秒18で流山市内中学校での過去最高記録となるものでした。
また、このレースでは1着の久喜栗橋東中が42秒09の大会新記録と共に、単独チームとしての日本中学新記録を樹立。2着の伊勢崎第三中も42秒49で大会新となるなど、高レベルの戦いの中での4着は、本当に見事!!
全員で心一つに「南流中プライド」を持って、素晴らしい走りを見せてくれた4人。大きな拍手を送りたい気持ちで一杯になりました!!
▼千葉県選手団が大声援を送ってくれました。
▼会場に設置されている大型ビジョンに、1チームずつ紹介されました。
▼2階から別カメラで撮影したもの
▼表彰式の様子
☆ 8月 8日(金)樋渡さん、1年男子100m入賞!!~関東中学校陸上競技大会
陸上の関東大会1年男子100m。先日の県総体の同種目で優勝した樋渡央丞さんが、千葉県を代表して出場。午前10時25分から始まった予選3組に出場した樋渡さんは、4位でしたが11秒83の自己新記録をマーク。各組2位までと全体のタイム上位者2名という条件で、見事に決勝進出を果たしました。
午後12時40分からの決勝では、樋渡さんにとっては昨日のリレーから数えて3レース目で疲れも残る中、苦しいレースとなりましたが、最後まで全力の走りを見せてくれました。上位には入り込めませんでしたが、見事な入賞です!!
▼予選の様子
▼3位以下の選手のうち、全体のプラス2名枠で出場が決定。決勝では1レーンでの出場が決まりました。
▼決勝の様子
▼決勝進出者は一人ずつ紹介され、会場にある大型ビジョンに映し出されます。雰囲気が盛り上がります。
▼表彰式の様子
☆ 8月 8日(金)高松さん、200m堂々の入賞!!~関東中学校陸上競技大会
昨日に続き、栃木県宇都宮市のカンセキスタジアム栃木にて行われている「関東中学校陸上競技大会」。
▼昨日、共通男子200m予選を勝ち抜いた高松悠斗さん(3年)が本日、同種目決勝に出場。昨日から数えて3レース目と疲れも残る中、上位に食い込むことはできませんでしたが、最後まで粘り強い走りを見せてくれました。立派な入賞です!! おめでとうございます!!
▼表彰式の様子