ほごログ
武里村の矯正会規約『新編図録春日部の歴史』ーその80
戊申詔書(ぼしんしょうしょ)は明治41年(1908)、明治天皇の名で、第2次桂太郎内閣により発布されました。国民に勤勉と節約を説き、国家主義的な道徳の標準を国民に示しました。これとともに、町村の財政基盤の強化や風俗改良などを目標とした地方改良運動が、当時の内務省で進められました。
これらの一環で、武里村大字大枝では、大正4年(1915)9月、農村自治の発達、土地風習の矯正などを掲げて矯正会(きょうせいかい)を結成し、37名が加盟しました。具体的な会員の仕事には、出兵、帰郷の送迎、道路、用排水路の改修などがありました。
大正8年(1919)には、粕壁町でも矯正会が結成されました。
春日部市教育委員会1991『春日部市史 第4巻 近現代資料編I』280ページ
春日部市教育委員会1995『春日部市史 第6巻 通史II』
「第一次世界大戦前後の社会」『新編図録 春日部の歴史』173ページ
郷土資料館体験ワークショップを開催しました
平成31年3月23日(土)、郷土資料館で「体験ワークショップ」が開催されました。
春日部の伝説をもとにした紙芝居や、蓄音機によるレコード鑑賞を楽しんだあと、昔のおもちゃ「紙てっぽう」を作りました。

初めて見る蓄音機にはワークショップに参加した子供たちは興味津々でしたよ。

最後は、自分で作った紙てっぽうを振り下ろし、”ぱんっ!!”とういう音を響かせ遊びました。
新聞紙でも作ることができるので、家でも作ってみてくださいね。
春日部の伝説をもとにした紙芝居や、蓄音機によるレコード鑑賞を楽しんだあと、昔のおもちゃ「紙てっぽう」を作りました。
初めて見る蓄音機にはワークショップに参加した子供たちは興味津々でしたよ。
最後は、自分で作った紙てっぽうを振り下ろし、”ぱんっ!!”とういう音を響かせ遊びました。
新聞紙でも作ることができるので、家でも作ってみてくださいね。
関宿道の追分と道しるべ『新編図録春日部の歴史』ーその79
江戸時代には日光道中などの五街道とともに、「脇往還(わきおうかん)」と呼ばれる主要な道がありました。粕壁宿周辺では、岩槻城と粕壁宿を結ぶ「岩槻道」、関宿城と粕壁宿を結ぶ「関宿道」が重要な脇往還でした。
関宿道は、粕壁宿から新町橋を渡り日光道中を進んだ小渕村の追分(おいわけ)から北東へ分岐します。
追分には現在も写真の道しるべが残ります。右は宝永6年(1709)に建てられた道標で、「左 あふしう(奥州)道、右せきやと(関宿)道」と記されます。左は宝暦4年(1754)に建てられた庚申塔(こうしんとう)ですが、「左 日光道」と側面に記されます。
関宿道は、その距離が約16㎞であることから、「四里八丁(よりはっちょう)」という通称もありました。
埼葛地区文化財担当者会 1996 『埼葛の道しるべ』
「城と宿とを結ぶ」『新編図録 春日部の歴史』96ページ
関宿道は、粕壁宿から新町橋を渡り日光道中を進んだ小渕村の追分(おいわけ)から北東へ分岐します。
追分には現在も写真の道しるべが残ります。右は宝永6年(1709)に建てられた道標で、「左 あふしう(奥州)道、右せきやと(関宿)道」と記されます。左は宝暦4年(1754)に建てられた庚申塔(こうしんとう)ですが、「左 日光道」と側面に記されます。
関宿道は、その距離が約16㎞であることから、「四里八丁(よりはっちょう)」という通称もありました。
埼葛地区文化財担当者会 1996 『埼葛の道しるべ』
「城と宿とを結ぶ」『新編図録 春日部の歴史』96ページ
古墳時代前期の集落「尾ヶ崎遺跡」『新編図録春日部の歴史』ーその78
尾ヶ崎遺跡は、西金野井地区に所在する遺跡です。
昭和52年(1977)に調査され、縄文時代前期(約6,000年前)の住居跡7軒、古墳時代前期(約1,600年前)の住居跡15軒、古墳時代後期(約1,400年前)の住居跡3軒(うち1軒は滑石製模造品(かっせきせいもぞうひん)の工房跡)が発見されています。
古墳時代前期の住居跡は15軒のうち、10軒に火災を受けた痕跡があります。火災を受けた住居跡に残された炭化した建築材を分析したところ、コナラやクヌギなどが使われていたことがわかりました。
「古墳時代の生活と文化」『新編図録 春日部の歴史』30ページ
昼間孝次ほか1984『尾ヶ崎遺跡』埼玉県庄和町・尾ヶ崎遺跡調査会

尾ヶ崎遺跡空撮写真

尾ヶ崎遺跡の古墳時代前期の住居跡
昭和52年(1977)に調査され、縄文時代前期(約6,000年前)の住居跡7軒、古墳時代前期(約1,600年前)の住居跡15軒、古墳時代後期(約1,400年前)の住居跡3軒(うち1軒は滑石製模造品(かっせきせいもぞうひん)の工房跡)が発見されています。
古墳時代前期の住居跡は15軒のうち、10軒に火災を受けた痕跡があります。火災を受けた住居跡に残された炭化した建築材を分析したところ、コナラやクヌギなどが使われていたことがわかりました。
「古墳時代の生活と文化」『新編図録 春日部の歴史』30ページ
昼間孝次ほか1984『尾ヶ崎遺跡』埼玉県庄和町・尾ヶ崎遺跡調査会
尾ヶ崎遺跡空撮写真
尾ヶ崎遺跡の古墳時代前期の住居跡
幕末維新期のミニ企画展開催します
春日部市郷土資料館の企画展示室で、平成31年3月30日(土)から、ミニ企画展示「幕末・明治維新と春日部」を開催します。ポスターが完成しましたので、ご披露します。

展示会では、嘉永6年(1853)のペリー来航から、明治10年(1877)の西南戦争直前まで、資料館収蔵の幕末維新期の古文書・歴史資料を展示します。
主な展示資料としては、元治元年(1864)の水戸天狗党浪士の借金証文や関宿県や葛飾県など新政府の直轄県時代の古文書などのほか、新規収蔵品も展示します。
収蔵資料を改めて読み直すと、これまで知られていなかった記事が見いだされます。下のものは、八丁目村の御廻米(年貢米)を東京に回送する際に、菊の御紋の御用の建幟をたてるよう命じられたものです。

展示会では、古文書や歴史資料にみられる時代・世相を象徴するキーワードに着目して、幕末・明治維新の市域の歴史を紹介します。目下、準備中です。お楽しみに。
展示名:ミニ企画展示「幕末・明治維新と春日部」
会期:平成31年3月30日(土)~4月28日(日)
会場:春日部市郷土資料館企画展示室
展示会では、嘉永6年(1853)のペリー来航から、明治10年(1877)の西南戦争直前まで、資料館収蔵の幕末維新期の古文書・歴史資料を展示します。
主な展示資料としては、元治元年(1864)の水戸天狗党浪士の借金証文や関宿県や葛飾県など新政府の直轄県時代の古文書などのほか、新規収蔵品も展示します。
収蔵資料を改めて読み直すと、これまで知られていなかった記事が見いだされます。下のものは、八丁目村の御廻米(年貢米)を東京に回送する際に、菊の御紋の御用の建幟をたてるよう命じられたものです。
展示会では、古文書や歴史資料にみられる時代・世相を象徴するキーワードに着目して、幕末・明治維新の市域の歴史を紹介します。目下、準備中です。お楽しみに。
展示名:ミニ企画展示「幕末・明治維新と春日部」
会期:平成31年3月30日(土)~4月28日(日)
会場:春日部市郷土資料館企画展示室
粕壁小学校第3学年が、郷土資料館を見学しました
平成31年3月5日に粕壁小学校第3学年が、郷土資料館を見学しました。

昭和期に実際に粕壁小学校で使われていた机や椅子をさわったり、木造校舎の粕壁小の写真を見たりしました。

見学していて疑問に思ったことは、すぐに質問!!したり

昔の道具を手に取り実際に使ってみたりもしました。
”そろばん”を初めて見た児童もいて、人生初の”そろばん”体験をしていました。

郷土資料館では、3月24日(日)まで「くらしのうつりかわり―懐かしの暮らしと道具展」を開催しており、昔の懐かしい道具や写真を展示しています。小さなお子様からご年配の方まで、一緒に楽しめる展示となっております。ぜひ遊びにいらしてください。
昭和期に実際に粕壁小学校で使われていた机や椅子をさわったり、木造校舎の粕壁小の写真を見たりしました。
見学していて疑問に思ったことは、すぐに質問!!したり
昔の道具を手に取り実際に使ってみたりもしました。
”そろばん”を初めて見た児童もいて、人生初の”そろばん”体験をしていました。
郷土資料館では、3月24日(日)まで「くらしのうつりかわり―懐かしの暮らしと道具展」を開催しており、昔の懐かしい道具や写真を展示しています。小さなお子様からご年配の方まで、一緒に楽しめる展示となっております。ぜひ遊びにいらしてください。
昭和47年(1972)3月 公害パトロールカー導入ー広報かすかべ182号
昭和46年(1971)、春日部市では公害パトロールカーを導入しました。排気ガスや騒音の測定器を常備した公害対策の専用車です。
この当時、公害は社会問題になっており、昭和42年(1967)に国は公害対策基本法を制定、春日部市でも昭和46年度より「安全対策課」という課を新設し、市内の公害の対応にあたりました。
広報紙では、昭和46年8月号から昭和47年1月号で「生活と公害」というシリーズが連載され、社会の関心の高さがうかがえます。
広報かすかべ182号(昭和47年3月号)
広報かすかべ176号(昭和46年9月号)
公害パトロールカー
「生活と公害」(広報かすかべ176号(昭和46年9月号))
豊春小学校第3学年が、郷土資料館を見学しました
平成31年2月26日(火)に豊春小学校第3学年が、郷土資料館を見学しました。

昭和期に実際に市内小学校で使われていた机や椅子をさわったり、お手玉・ゲームボーイ・リカちゃん人形などを見ながら、自分が日常遊んでいる物とは違う”おもちゃ”に興味津々でした。

方言のような、かすかべの郷土の言葉では、質問が提示してあり児童たちは一生懸命考えていました。
例えば「げいろ」は今の言葉で言うと何? 皆さん、わかりますか?

答えは「かえる(蛙)」です!! 難しいですね~
郷土資料館では、3月24日(日)まで「くらしのうつりかわり―懐かしの暮らしと道具展」を開催しており、昔の懐かしい道具や写真を展示しています。小さなお子様からご年配の方まで、一緒に楽しめる展示となっております。ぜひ遊びにいらしてください。
昭和期に実際に市内小学校で使われていた机や椅子をさわったり、お手玉・ゲームボーイ・リカちゃん人形などを見ながら、自分が日常遊んでいる物とは違う”おもちゃ”に興味津々でした。
方言のような、かすかべの郷土の言葉では、質問が提示してあり児童たちは一生懸命考えていました。
例えば「げいろ」は今の言葉で言うと何? 皆さん、わかりますか?
答えは「かえる(蛙)」です!! 難しいですね~
郷土資料館では、3月24日(日)まで「くらしのうつりかわり―懐かしの暮らしと道具展」を開催しており、昔の懐かしい道具や写真を展示しています。小さなお子様からご年配の方まで、一緒に楽しめる展示となっております。ぜひ遊びにいらしてください。
武里団地入居者のしおり『新編図録春日部の歴史』ーその77
武里団地は、昭和41年(1966)より入居が開始されました。
総工費100億円、60ヘクタールに7街区からなる180棟以上の日本最大の団地には、学校や保育所、診療所、ショッピングセンター、市役所の出張所も併設されました。
ご紹介するのは、「公団住宅の住いのしおり」です。入居説明会で配布され、入居までの手続きや入居後の約束事、団地生活の手引きが掲載されています。浴室の説明のページには、清掃方法をはじめ、点火方法、換気の際の注意などがイラストでわかりやすく説明されています。
「武里団地の誕生と住宅団地の開発」『新編図録 春日部の歴史』92ページ

「公団住宅の住いのしおり」表紙

「公団住宅の住いのしおり」ガス風呂の上手な使い方
総工費100億円、60ヘクタールに7街区からなる180棟以上の日本最大の団地には、学校や保育所、診療所、ショッピングセンター、市役所の出張所も併設されました。
ご紹介するのは、「公団住宅の住いのしおり」です。入居説明会で配布され、入居までの手続きや入居後の約束事、団地生活の手引きが掲載されています。浴室の説明のページには、清掃方法をはじめ、点火方法、換気の際の注意などがイラストでわかりやすく説明されています。
「武里団地の誕生と住宅団地の開発」『新編図録 春日部の歴史』92ページ
「公団住宅の住いのしおり」表紙
「公団住宅の住いのしおり」ガス風呂の上手な使い方
庄和総合支所ロビーに「みに展示」
庄和総合支所の1階ロビーに、江戸川と庄和地域の歴史についてのパネル展示をしました。江戸川の古写真や舟運に関するパネルなどを掲示しています。

総合支所においでいただいた折に、ぜひご覧ください。
総合支所においでいただいた折に、ぜひご覧ください。