50周年記念事業

50周年記念事業

創立50周年記念誌 ~藤の花咲く~ 完成です!!

◆「創立50周年記念記念誌」が完成しました。

 これまでに牛島小に関わってきた方々、現在関わってくださっている方々にご報告いたします。

では、ご覧ください。

 

◆表紙より

 本校のシンボルである藤の花が輝いています。

スクールカラーである「牛島パープル」を前面に出した素敵な表紙です。

 

◆「創立50周年記念式典」ページより

 11月16日(土)、岩谷市長をはじめとする多くのご来賓の方々がお越しくださりました。

50周年式典に参加することができた在校生たちは、これまでの卒業生、本校を支えてきた方々に感謝しています。

 午後は、「うしじま秋まつり2024」を開催し、牛島小に関わりのある多くの方々が来校され、とても盛り上がった一日になりました。

 

◆「牛島小学校の特色ある教育活動」ページより

 目指す児童像「自らを磨く児童」になれるよう、毎日が「未来への挑戦!!」です。

入学してから、卒業するまでの本校の教育活動を、子供たちの姿で表しています。 

 

春日部に卒業生ザキヤマさんが!

◆令和7年1月18日(土) 会場:春日部コンベンションホール(ふれあいキューブ)

 「山崎弘也 with 青木さやか トークショー」

 

 牛島小50周年記念式典に、ビデオメッセージを贈ってくださったアンタッチャブルのザキヤマ(山崎弘也)さん。

    今日、春日部にお越しになるということで、ふれあいキューブ内のコンベンションホールに来ています。

    コンベンションホール内には、指定席750席が用意されていますが、早くも満員です。

 春日部市内の方々ばかりかと思ったら、3分の2以上は市外からだそうです。

    埼玉県内各地からや、都内など埼玉県外からの方々がとても多く、ザキヤマさんのトークを聴こうと集まってきたことが分かります。 

 青木さやかさんが、その土地出身の有名人と、その土地でトークショーを行うイベント。

    ザキヤマさんは、春日部市内にてお客さんの前でイベントをするのは初めてだということです。 

 14:25に到着すると、エントランスが笑顔のお客さんで溢れかえり、なかなかホール内には入れません。 

 トークショーの壇上には、きれいなお花が置かれていて、牛島小でもお花をご用意すればよかったかなあと、少し後悔してます。 

 チケット購入が、売り出し初日からかなり遅れたため、前から13列目のこの席です。

    トークショー中は、撮影は一切お断りのため、ザキヤマさんのお顔は撮影できません。 

 いよいよ、14:45を回り、進行役の青木さやかさんが登壇です。

    続いて、ザキヤマさんが登壇!!

◆トークショーが進んでいきます。

◯青木さん「山崎さんは、春日部市の出身ですよね。有名なものはなんですか。」

◯山崎さん「春だと藤の花ですね。私の自宅は藤の牛島駅の近くにあって、駅名にも藤が付くくらい有名です。」

◯山崎さん「藤の牛島駅の近くにスーパーおっかさんがあって・・・」

◯山崎さん「藤の牛島駅にある地下道を通っていくと、向こうの出口にヤンキーがいて、怖くて引き返し・・・」

 ※この後も、藤の牛島駅を連呼して、藤の牛島駅あるあるを連発(笑)

◯青木さん「ちなみに、藤の牛島駅からお越しの方は、会場にいらっしゃるのでしょうか。」

◯お客さん「はあい。」 (※約30人くらいが挙手)

◯山崎さん「ええっ、こんなにいらっしゃるのですかあ。」

◯青木さん「山崎さんは、藤の牛島駅ということで、牛島小学校の卒業生なんですよね。」

◯山崎さん「はい、牛島小学校の卒業生です。」

◯青木さん「小学生の頃から、面白かったんですか。」

◯山崎さん「(牛島小)2年生の頃、友達から面白いことをやってって言われ、色んなことをしてました。それで、友達が笑っているのを見ると、俺って面白いのかなって楽しくなってきました。」

◯青木さん「この会場には、山崎さんと同じ牛島小学校の卒業生の方はいるのですかね。」

◯お客さん「はあい。」 (※約20人くらいが挙手。自分も勘違いして挙手。)

◯山崎さん「あっらあ、嬉しいですね。」

◆後半は、お客さんからの質問コーナーです。

◯青木さん「どうしたら、山崎さんのように楽しい人になれますか。」(小3男子)

◯山崎さん「私は、いつも楽しいことを考えています。嫌なことがあっても、テンションを上げてると、何もかも忘れちゃうんですよね。」

◯青木さん「自分の子が売れないお笑い芸人をしています。どう声をかけたらよいですか。」(50代男性)

◯山崎さん「成功しないから辞めなとは言わない方がいいです。それより、それ面白いねって『本気』にさせてあげてください。」

◯青木さん「春日部に来ることはあるんですか。何をしに来るのですか。」(40代女性)

◯山崎さん「春日部市内に実家があるので、子供を連れてよく来ていますよ。両親と子供で食事に行きます。」

◯山崎さん「お昼ご飯だと、子供のころから『お腹の友達 ばんらい』へ。夜ごはんだと、はま寿司です。」

◯青木さん「小学生のころからお笑いになろうって思っていたんですか。」

◯山崎さん「東中学校と春日部工業高校で野球部でした。高3で部活を引退して家でテレビを観ることが増え、当時のお笑い芸人さんたちが面白くて、元々人を笑わせるのが好きだったんだよなと思ったのがきっかけです。」

 この後も、時間を忘れるくらい楽しい時間が流れます。

    ザキヤマさんのトークを聴いていて、とても頭の回転が速くて、素晴らしいと感じています。

  トークショーが終わり、岩谷市長が登壇してのあいさつです。

    「山崎さんは、テレビでのご活躍に加えて、春日部市の親善大使としても、卒業された牛島小学校の50周年記念式典にお祝いのビデオメッセージを贈ってくださりました・・・」

    会場にいる牛島小の卒業生の方々から、「うわあ、そうなんだあ」と驚きと嬉しさが感じられる声が上がっています。

 本校の卒業生であるザキヤマ(山崎弘也)さんのトークショーは最高でした。

    卒業生の活躍する姿を、とても身近に感じることができ、誇りと嬉しさを感じました。

    在校生一人一人が、自分の夢を追いかけて、叶えていってほしいと強く思っています。

卒業生の皆さんからのメッセージ

<卒業生の皆さんからのメッセージ>

 50周年目を迎えた牛島小学校へ、これまでに本校を卒業された先輩たちから、温かい メッセージをいただいています。

 同じ校舎、同じ校庭で、小学生時代を過ごした先輩たち。

 本校と在校生へのそれぞれの思いが伝わってきます。

 卒業生の皆様、温かいメッセージをくださり、ありがとうございます。

 

 

(令和6年度春日部市大凧上げ祭り 小凧文字は、本校児童の考えた「復興・未来」です)

 

<第1期生> 昭和51年3月卒

◆小 川 与志栄 様 より

 お祝いのことばをお送りします。 

 校長先生をはじめ、牛島小学校の先生方や関係者の方々、そして在校生及び卒業生のみなさま、牛島小学校創立50周年おめでとうございます。

 本当は、ここで当時の思い出を語りたいのですが、在校期間が1年間だったことと50年前のことのため、記憶が薄れてしまっています。

 真新しい校舎でワクワクしながら勉強をした事は思い出として残っています。

 在校生のみなさん、これからも勉強にスポーツに励み、夢に向かって大きく羽ばたいてください。

 そして、関係者の皆さま、今後も、地域に愛される学校として発展されることを願っております。

 


 ◆小 林 利 夫 様 より

 創立50周年、おめでとうございます。

 今、あの頃を思い出すと、まったく何もないところに牛島小が建てられ、私は、幸松小から6年生の1年間だけ、牛島小に通いました。

 50年も前のことですが、色々な思い出があります。

 牛島小の校庭の土は、埼玉県の秩父市から運ばれてきた土でした。

    そのため、校庭に土を敷き詰めたところ、マムシが3・4匹ニョロニョロとしていて、校庭を工事する方々が、マムシを干してお酒にしていました。

 学校の教室に宿泊した「スクールキャンプ」では、校庭に穴を掘り、みんなで飯ごうすいさんをしたり、キャンプファイヤーをしたりしました。

 私は、バファローズという野球チームに入っていて、校庭で、小林先生が一緒に野球の練習に参加してくださっていました。

 放送室へ向かう右手に狭い物置部屋があって、友達とそこに秘密基地を作り、昼休みに、いつも秘密基地で遊んでいました。

 まだ体育館がなかったため、卒業式は図書室で行いました。

 3つのクラスの子供たちと、保護者、先生たちが図書室に入り、肩と肩がぶつかるような寿司詰め状態だったことを憶えています。

 


 <第4期生> 昭和54年3月卒

◆小 野 正 利 様 より

 春日部市立牛島小学校創立50周年、誠におめでとうございます。

 昭和54年3月卒業の小野正利です。

 牛島小の一番の思い出は、6年生夏休み中のキャンプ。

 食材を持ち寄り校庭で調理。

 お米は、飯盒で炊きました。

 宿泊は、体育館。

 布団を敷き、消灯時間まで友達といろいろ話をしたことを覚えています。(騒いでいただけだったかも・・・)

 とにかく楽しかった。

 小学校時代の思い出は、色褪せないものです。

 牛島小の在校生の皆さん、勉強と学校行事、友達づくりや社会奉仕など、たくさんのことに一生懸命取り組んでください。 

 

 ※小野正利様は、東京都足立区出身、埼玉県春日部市育ちのハイトーンボイスの歌手で、作詞家、ボイストレーナーとしてご活躍中です。

  2011年のテレビアニメ「HUNTER✕HUNTER(ハンターハンター)」のオープニング曲「departure!」を歌っている方です。

    「大地を踏みしめて、君は目覚めていく、天使の微笑みで、連れ出して〜♫」

  本校を卒業された後、中学時代に高い声域に注目され、バンド活動を開始。

  歌手デビュー当時から、4オクターブの音域をもつと言われ、ハイトーンボイスで話題となります。

  大学時代は、社会科教師を目指していたそうです。

  歌手デビュー30周年の集大成として、2023年5月23日、東京キネマ倶楽部にて、「小野正利 30th Anniversary TOUR live "Re:Rebirth"」を開催されました。

  ミリオンヒットを記録された「You're the Only...」を、1992年(平成4年)のNHK紅白歌合戦に出場し、披露されています。

 


<第5期生> 昭和55年3月卒

◆大 里 美 雪(旧姓:長谷川 美 雪)様 より

 牛島小学校のみなさん、創立50周年おめでとうございます。

 牛島小学校には、良い思い出がいっぱいで懐かしく思います。

 私が一年生の時は、幸松小学校まで通っていて遠くて歩くのが大変だったのですが、牛島小学校に通うことが決まり、とても嬉しかったです。

 牛島は、藤の花が有名です。

 写生大会で藤の花をスケッチに行ったことがあり、子供心にもきれいだなあと感動したのを覚えています。

 校庭にもいろいろな思い出があります。

 冬は今より寒く雪が積もったので、友達と雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりしてみんなで楽しみました。

 夏休みには盆踊りがあり、振り付けを覚えてみんなで輪になって踊ったのも楽しかったです。

 小学校6年生の時に、市内陸上競技大会が牛島小学校で開かれました。

 私は、1000メートル走の選手で出場させていただきました。

 結果は5位でしたが、走っている時にみんなから応援してもらったことがとても嬉しかったです。

 牛島小学校では、のびのびと楽しく卒業まで過ごすことができて、牛島小学校に通えてよかったと思います。

 卒業してからは訪れる機会がなくなっていましたが、50周年と聞いて大変嬉しく感じます。

 これからも牛島小学校が発展していくことを願っています。

 


◆澤 藤 雅 彦 様 より

 牛島小学校関係者の皆様、創立50周年心よりお祝い申し上げます。

 私は、昭和50年に幸松小学校から分離し、牛島小学校2年生から卒業まで在籍していました。

 当時のことで思い出されることは、開校初日だと思いますが、新しい机や椅子に付いていたビニールを剥がしたこと。

 児童数が増えて校舎を増築したこと。

 その間、図書室で学習していた学級がありました。

 そして、ベランダから富士山が見えたこと。

 広い校庭で毎日元気に遊んだことなどです。

 在校生のみなさん、「みなぎる元気、はじける笑顔、あふれる夢 牛島っ子 未來への挑戦!!」をキャッチフレーズに、学校生活を送っていることと思います。

 これからも、牛島小学校在校生として自分を高め続け、「輝く牛島っ子!」であり続けてください。

 岩手から応援しています!!

 


◆匿名 様より

 牛島小学校創立50周年、誠におめでとうございます。

 50年も昔のことで記憶があいまいですが、確か1年生の間だけ幸松小学校に通っていました。

 そして、2年生から、新設された牛島小学校に通いはじめたような気がします。

 今、思い出せるのは校舎が新しくてなんだかうれしかったこと、自校で調理される給食がおいしかったことです。

 今、小学生の皆さんは何に興味を持ち、どんな希望を抱いているのでしょうか。

 今年、パリで開催されたオリンピックのスポーツクライミングで銀メダルを獲得した安楽 宙斗(あんらく そらと)選手は、インタビューでこう語りました。

 「努力は、必ずしも目指しているものにはつながらないかもしれないけど、絶対に自分を成長させてくれるものだと思います。」

 どんな分野でも、どんなレベルでも、好きになれることに出会えたら、その好奇心を大切に育ててください。

 それは、きっとあなたの道を開いてくれることでしょう。

 


 <第8期生> 昭和58年3月卒

◆林     聰 様 より

 母校の創立50周年、誠におめでとうございます。

 卒業生として、今も地元に根ざした学校の存在は誇らしく、在校生の皆さんがこの学び舎で成長していることを大変嬉しく思います。

 私が在籍していた頃、友達とともに過ごした日々や、先生方から学んだことは今でも私の糧となっています。

 遠足、林間学校、修学旅行などの楽しかったイベントはもちろん、運動会や合唱祭など、仲間と力を合わせて取り組んだ経験は、協力の大切さや困難を乗り越える力を学んだ大切な思い出です。

 これからも、地域に愛され、子どもたちの未来を育む場であり続けてほしいと願いつつ、在校生の皆さんには、友達と支え合いながら、自分の可能性を信じ、夢に向かって歩み続けてほしいと思います。

 これからも母校のさらなる発展を心から期待しています。

 


<第13期生> 昭和63年3月卒

◆山 崎 弘 也 様 より

メッセージ動画が届いております。以下のリンクをクリックして、ご覧ください。

 

https://drive.google.com/file/d/1NBUnZLETFKZ47gj_LUGlUe0k6cq6zG_4/view?usp=sharing

 

 ※山崎弘也様は、埼玉県春日部市出身のお笑いタレントで、お笑いコンビ「アンタッチャブル」として活動中です。

  2004年、「M-1グランプリ2004」で優勝。

  テレビでその姿を見ない日はないくらい、ご活躍されております。

    2019年10月に「かすかべ親善大使」に就任されています。

 


<第16期生> 平成3年3月卒

◆矢 部 杏 奈 様 より 

 牛島小学校創立50周年おめでとうございます。

 私が牛島小に通っていた頃は、築山にあった滑り台や校庭のタイヤ遊具、中庭の流れる川で遊び、屋上から周囲の景色を見て写生会で描きました。

 自然豊かで、広い校庭のある学校で過ごすことができて、とても幸せだったと思います。

 ホームルームの時間に逸見愉偉先生がギターを演奏してくださったり、修学旅行で会津方面へ行き、赤べこ作りをしたりしたのも楽しい思い出です。

 6年生の時に担任だった中山由紀江先生が卒業文集に書いてくださった「何事も自分から」という一言は、私が主体性を持って生きていくための人生の指針にもなっています。

 牛島小学校の恩師や友人達、学校関係者の皆様、自治会や地域の皆様に心から感謝申し上げます。

 結びになりますが、今の牛島小学校を創っていくのは、在校生の皆さんです。

 この牛島小でたくさん学び、遊び、豊かな人間性を育んでください。

 


<第17期生> 平成4年3月卒

◆工 藤 祥 子(旧姓:榎 本 祥 子)様 より

 創立50周年、誠におめでとうございます。

 私が在籍していた当時は、まだ17年目の新しい学校だったということを、50周年を迎えるにあたって知りびっくりしています。

 在籍当時も大きな校庭が牛島小の自慢でした。

 第2グラウンドでサッカーをしたり、在籍中に「なかよし山」のすべり台が出来たので、よくなかよし山で遊んだこと、中庭にも水が流れていて、その周りでかくれんぼをしたことが楽しかった思い出です。

 金管バンドクラブでは、夏休みも練習に行き運動会でパレードをしたり、放送委員会ではお昼の放送などを担当したりしていました。

 スタジオ室でこっそり「笑っていいとも」を見ていて、先生に叱られたこともありました。

 在籍当時と変わってしまったこともありますが、今は自分の子供たちが母校に通っていることを嬉しく思っています。

 これからも緑豊かな学校を自慢に時代の流れに合った牛島小学校であることを期待しています。

 


<第25期生> 平成12年3月卒

◆山 﨑   薫 様 より

 牛島小学校創立50周年おめでとうございます。

 陸上大会や書き初めの大会に向けて日が暮れるまで夢中で練習した事、

 「朝日を見る会」というお泊まり会で、肝試しで盛り上がったり、体育館でみんなで雑魚寝をした事、

 「子ども環境フェスティバル」というイベントで環境問題を盛り込んだお芝居の脚本を書き、上演した事。

 舞台俳優として活動する今の私を創る全てが、この牛島小学校の思い出に詰まっています。

 私の手元には、牛島小学校創立20周年の航空写真の下敷きが残っています。

 同級生はみんな元気かな?なんて思いを馳せながら眺める時間は、大人になってからの最高のエネルギー充電の時間。

 この下敷き、私の宝物です。

 小学校生活、思いっきりいろんなことに挑戦して楽しんでください。

 楽しんだ分だけ大人になった時、自分の助けになります。

 そして、苦しい時はお友達に思いやりを持って接してみてください。

 きっと誰かにとっての永遠のヒーローになります。

 「輝け!牛島っ子!」 皆さんのことを見守っています。

 


<第39期生> 平成26年3月卒業 

◆越 原 夏 凜 様より

 牛島小学校創立50周年、誠におめでとうございます。

 私は、約10年前に牛島小学校を卒業しました。

 当時、タイヤの山でよく鬼ごっこをして遊んでいたり、牛パンを友達と一緒に食べたりしたことが思い出に残っています。

 そして、現在は、隣の市で小学校の教員として働いています。

 今の私がいるのは、小学校時代に温かく接し、時には厳しく指導してくださった先生方や、共に励まし学び合った友達がいたからだと思います。

 小学校時代の学びや思い出は、今の私にとって、かけがえのないものとなっています。

 みなさんも貴重な小学校生活を楽しく、一生懸命過ごしてください。

 牛島小学校のますますのご発展を心よりお祈り申し上げます。 

 


<第41期生> 平成28年3月卒

◆銭   素 輝 様より

 この度は50周年をお迎えされましたこと、誠におめでとうございます。

 長きにわたる御校の功績を讃えるとともに、今後のさらなるご発展をお祈りいたします。

 また、節目の年に教育実習生として関わらせていただき、ありがとうございました。 

 在校当時は、クラブ活動の部長や応援団など、様々な学校の活動に参加させていただき、牛島小にはたくさんの思い出が詰まっています。

 そして、出会った友達との学校生活が今でも鮮明に思い出せるほど楽しかったです。

 これからの牛島小には、元気で何事も諦めずに挑戦するような児童を育てていただきたいと思っております。

 教育実習で一緒に勉強した1年1組のみなさん、元気ですか?

 私は、みんなと一緒に勉強ができて、とても楽しかったです。

 最後の授業で約束した4つ、覚えていますか?

 「お友達を大切にする」「勉強をしっかりやる」「先生の言うことを聞く」「毎日元気に学校に来る」です。

 忘れないようにしっかり覚えていてください。 

 私は、牛島小のみなさんとの勉強を通して、みなさんからたくさんのことを学ぶことができました。

 これからも元気に牛島小でたくさん学習していってください。

 最後になりますが、教職員の皆さまにおかれましては、ご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

牛島小、卒業生と在校生の絆を紡ぐプロジェクト

Ushijima Elementary School 50th Year 2024

 

 昭和50年、本校は、春日部市立幸松小学校から分離し、創立50周年目を迎えています。

 5月14日(火)、航空写真を撮影しました。

 11月16日(土)に、記念式典を開催しようと進めているところです。

 これまでに本校をご卒業された皆様、「牛島小、卒業生と在校生の絆を紡ぐプロジェクト」として、創立50周年を迎えている本校と在校生たちに、温かいメッセージをいただければ幸いです。

 学校ホームページで、①お名前、②卒業年度、③メッセージを紹介させていただきます。

 10月1日から、メッセージのアップを開始いたします。

 

◆4月9日(火)入学式 ~新入生親子と桜並木~  創立50周年目の新入生たちを迎えました!

 

◆6月6日(木)市内陸上大会(会場校:牛島小学校)  卒業生たちの思いをリレーし、在校生たちが躍動!

 

◆7月5日(金)5年「鹿児島市立小山田小学校とのオンライン交流会」  ★★ 朝日新聞に掲載されました ★★

 

◆教育力を結集し、協働する学校へ (コミュニティ・スクール通信より)  地域に愛され、創立50周年目! 

 

◆牛島っ子が、見上げ続けてきた校庭の空、どこまでも・・・  これまでの継承、そして、創造、発展へ!

 

 本校では、創立50周年目を迎え、卒業生から在校生へ受け継がれてきたバトンを未来へ繋いでいきます。

卒業生の皆様、「牛島小、卒業生と在校生の絆を紡ぐプロジェクト」にご賛同の上、温かいメッセージをお願いします。