過去ブログ(平成27年度)

2015年5月の記事一覧

5月12日(火)その3 校長室コラム「朝のあいさつ運動」 

 
 


<校長室コラム「朝、あいさつ運動」> 気になる「台風6号」ですが、明日朝の登校は、「通常どおり」を考えています。

台風の影響で、16時現在、大粒の雨が降り始めています。台風本体は、今日の夜から明け方にかけて、関東地方を通過するようです。雨と強風には十分、気をつけてください。

さて、火曜日の朝は、「あいさつ運動」の日です。今日も、校門付近で「生徒会役員」と「職員」が並び、大きな声であいさつをしていました。

また、各学年昇降口には、学年主任や副主任、副担が「おはようございます。」と声をかけていました。

各学級では、担任が生徒たちを出迎え、あいさつをしていました。

5月12日(火)その2 カウンセラーの眼「夫婦は一心同体?」

<カウンセラーの眼「夫婦は一心同体?」> 結婚式、披露宴の「主賓あいさつ」の中で、よく聞くセンテンスが「夫婦は一心同体である」です。

男女が結婚を決意するときは、性格や趣味、考え方など、お互い相通じるものを感じるものです。しかし、二人で生活していく中で、気持ちのすれ違いや価値観の相違を意識するようになってきます(ならない人もいるかもしれませんが・・・)。

夫婦は、生まれ育った環境や考え方、性格も同じではありません。そこで、夫婦はどんなに近い関係(存在)でも、「一心同体」とは考えにくいものです。「二心異体(にしんいたい)」の二人が、生活し、互いの長所や短所、性格、趣味、特技などを認め、受け止める中で、相手に感謝や思いやりを感じていきます。最終的には、「異体」の二人が、「一心」になるのが「夫婦」なのかもしれません。

***参考文献「ニューモラル」NO,548 モラロジー研究所  平成27年4月号 12,13ページ

5月11日(月)その3 校長室コラム

「コの字型机配置の学級が増えました」

 
 


<校長室コラム「コの字型机配置の学級が増えました」> 「台風6号」が明日夜、関東地方を通過する予報が出ています。気温がまだ低いので、大きな台風にはならないようです。

今年度の「矢中グランド・デザイン」の中の総括的な考え方6つの一つに「学びの共同体」があります。学び合い学習の形態例に「コの字型机配置」があります。3年2組では、半年前から実践、研究をしているところですが、従来の基本型(黒板に向かって横列に並ぶ机配置)を変えられない担任が多い中で、今日から1年3組が「コの字型」に挑戦してくれました。

午前中、英語科の授業(写真)を参観しましたが、教科担任と生徒間の距離が近くなり、生徒たちが回りの友達の顔が見られて笑顔がたくさん見られました。「学び合い」がし易く、2人組みも「横の子と」「前と後ろの子と」など、バリエーションもあります。

***今後、他のクラスも順次、「コの字型」を挑戦していくものと考えています。

5月11日(月)その2 春の全国交通安全運動 初日

 
 
 

<春の全国交通安全運動 初日>今日から、「春の全国交通安全運動」がはじまりました。 運動期間は5月20日までです。期間中、交通安全につとめてほしいです。

私は、7時30分から「富田の交差点」で立哨指導をしました。富田と木幡地区から約50名の生徒たちが自転車で通過していきました。立哨指導に立ってくれていた「市役所職員」や「市議」、「交通安全母の会」、「トラック協会」、「区長」さんなどに、朝のあいさつをしていく生徒は3分の2でした。地域の中でも「あいさつ」ができる生徒に育てないといけないと感じました。

「ヘルメット」はほとんどがかぶっていました。残念ながら、3年男子2名が、「ノー・ヘル」で行ってしまいました。昨年から指導していますが、親の協力が得られず、「ヘルメット着用」の約束が定着できない生徒がいます。

5月9日(土)その2 校長室コラム

「自己研修 宮城の閖上地区に行ってきました」

 
 
 
 

(写真は、高波の被害にあった「閖上中学校」)

 
 

<写真は、家が撤去され震災4年後、更地になった「閖上地区」の町並み>

<校長室コラム「自己研修 宮城の閖上地区に行ってきました」> 「3,11」東日本大震災から4年が経過しました。「大津波」で大被害を受けた地域が4年経って、今、どうなっているのか、自分の目で確認したい欲求にかられ、個人的に「バスツアー」に参加しました。

震災後、1年後にも同じ場所を私は訪れましたが、4年後の今、どのように復興が進んできているのか、直接、見ることができました。

訪問場所は、宮城県名取市「閖上(ゆりあげ)地区」でした。 「震災語りべ」の菊地さんから、地区内を案内していただきながら、以前の閖上の風景と現在のようすを比較しながら、話しを伺いました。

海岸から1km離れた「閖上中学校」(津波は2mの高さだった)では、通常なら、約150名の生徒を階の上や屋上に避難させれば全員、無事だったものを、大津波発生当日は運悪く「卒業式」で、午前中で生徒たちは下校していたそうです。そこで、海側に家のある生徒14名が、8mの高波にのまれて亡くなったそうです。写真の「閖上中学校」は、現在、海から5kmほど離れた「仮設校舎」に移って生徒たちは学習しているそうです。

***大震災と高波から4年が経過しましたが、復興途上にある「閖上地区」です。震災に遭遇した子どもたちは、いまだに震災のフラッシュバックが起きて不安がったり、夜、一人でいられない(眠れない)子も多いそうです。 震災の爪痕は、まだまだ癒えていない現状を見て感じて帰ってきました。