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マイクと過ごしたお正月

マイクと過ごしたお正月

 

僕の家に12月下旬から1月中旬までアメリカからの留学生がホームステイすることになった。僕と同い年のマイクは1月3日に我が家にやってくることになった。僕の家族は、両親と祖父、兄、僕の5人家族だ。マイクはまったく日本語が話せないらしい。大学生で英語が得意な兄は「英語はオレにまかせろ!」と威勢よく言っていた。

お正月にマイクを迎えるにあたって、我が家では例年になく日本を意識して準備した。母はおせち料理を準備し、祖父と父はお正月飾りの担当、僕と兄は書き初めやカルタ、百人一首の準備をした。

そして迎えた1月3日、マイクがやってきた。お正月だったので、家族全員でマイクを出迎えた。マイクは玄関に置いてある門松やしめ縄飾りを見て声をあげていた。兄が「これが日本の伝統だから」と説明した。すると、マイクから「この飾りには何か意味があるのか」と聞かれ、兄は固まってしまった。兄は父を見たが、父も首を振っていた。すると祖父が「門松は年神様が家に来てくださる為の目印なんだ。しめ縄は年神様が来てくださっても失礼のないように神聖な場所を示すものとして飾るもの。家の玄関に飾ることで、年神様が来てくだされば幸運がいただけるんだよ。」と説明してくれた。兄は一生懸命英語で説明し、マイクは嬉しそうに聞いていた。

早速母がおせち料理をふるまった。またマイクにおせちの意味を聞かれるかもしれないと兄が祖父をつつくと、祖父は「料理の方はちょっと…」とダメだった。母は「私もわからないわ。なんか、小さい頃聞いたことがあるけど。昆布巻きは『喜ぶ』からきていることと、鯛が『めでたい』しか覚えてないわ」と困ってしまった。兄がおせち以外のことで話をしている時に、僕はちょっと席をはずしてパソコンで調べた。僕自身、おせち料理にいろいろと意味があることは知っているけど、実際に人に説明することはできない。調べていてなるほどと思うことがたくさんあり、かきあつめた情報をプリントアウトして兄に渡した。

兄は僕が印刷した資料を見ると「ふ~ん。そうなんだ!」と感心していた。

「祝い肴三種、これはおせちにはなくてはならない基本なんだな。関東と関西ではその3つが異なる場合もある…と。うちは関東だから、黒豆、数の子、田作りか。黒豆はまめに働けるようにという意味と、黒豆の黒は邪気を払って不老長寿をもたらしてくれる色という意味があるんだね。数の子は卵がたくさんあるところから、子孫繁栄。田作りは豊作になるようにという願いが込められている。よーし。」

兄は苦労しながら英語で説明していた。マイクはアメリカでも黒豆に似た縁起物の食べ物でブラックアイドピーという豆を食べるんだと言っていた。

僕も説明しやすいおせち料理を選んで、つたない英語で説明をした。海老は腰が曲がるまで長生きできますようにという意味があり、れんこんは穴があいているので遠くのことを見通すことができるようにという意味があることを伝えた。おせち料理一つ一つに意味が込められていることを考えると、今まで何も考えずにお正月だからおせち料理を食べるというのではもったいなかったなと思った。

 

マイクは僕や兄の説明を笑顔で聞いていたが、今度はアメリカの話をしてくれた。アメリカでは新年を何日もかけて祝うということはせず、むしろクリスマスを盛大に祝うそうだ。新年は大晦日の夜に親戚や友だちが集まりパーティーを開き、12時に向けてカウントダウン「スリー、トゥー、ワン、ハッピーニューイヤー!」と新しい年を迎えるということだった。マイクは新年に食べる縁起物の料理がこんなにあるなんてと驚いていた。僕もあらためてそう思った。

マイクと過ごしたお正月は今まで自分が意識していなかった日本のお正月についてあらためて考えさせられる機会となった。僕は書き初めに意味があるということも今まで知らなかった。まして書き初めをする日も本当は1月2日だったなんて…。

 

マイクが帰国する前日、ちょうど僕の地域のどんど焼きが行われる日だった。いつもお正月のお飾りを持っていくよういわれていたが、どんど焼きにも意味があるに違いないと思い調べるとやっぱりそうだった。竹や茅を燃やすだけの行事ではなかった。無病息災を願う行事。しかも、書き初めを火に投じ、それが高く舞い上がるほど字がうまくなるという言い伝えがあるということも。マイクにどんど焼きの話をすると、マイクは興味を示した。

 

1月15日、僕とマイクはどんど焼きに出かけた。お飾りとお正月に書いた書き初めを持っていった。知り合いのおじさんがマイクの書き初めをどんど焼きのやぐらの一番いいところに飾ってくれた。マイクに説明してあげようと思い、おじさんに尋ねた。

「このどんど焼きっていつ頃から行われているんですか。」

「おじさんが子どもの頃からやってるからわかんねぇな。おじさんが中学生の頃は、このやぐらを中学生が全部作ったもんだ。」

「え、中学生が全部!?」

「そうだよ。このどんど焼きも、やぐら作ってんのはおじさん達だけだから、これから先いつまでできるかわかんねぇな。今度手伝ってみるか?」と言われた。僕はちょっと心が動いた。

お昼頃お焚き上げが始まった。どんど焼きの火はあっという間に大きな炎となり、ときどき竹がパーンと割れる音が響いた。マイクの書き初めが燃えながら高く舞い上がっていった。毎年見ていたどんど焼きなのに、今年はなんだか熱い気持ちで見入ってしまった。僕は、マイクに「きっと字がうまくなるよ」と言った。どんど焼きの火であぶった団子を二人で食べた。なんだか今までとは違う味に感じた。

マイクは翌日帰国した。日本の伝統文化についてたくさん学ぶことができてよかったと本当に喜んでいたが、一番学んだのは僕だと思った。

 

 

「中学校道徳自作資料集‐生徒が思わず語り合いたくなる24の話‐」三浦摩利著(明治図書)より