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市ゆかりの文化人 加藤楸邨『新編図録春日部の歴史』からのご紹介47
著名な俳人、加藤楸邨(かとうしゅうそん)は、明治38年(1905)5月26日、東京で生まれました。そして昭和4年(1929)春、東京高等師範学校を卒業後、粕壁中学校(現・埼玉県立春日部高等学校)に赴任(ふにん)しました。
粕壁中学校時代、同僚教員のすすめで俳句を始め、月2回粕壁医院に診察に来ていた医師であり俳人の水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)に師事しました。
「棉(わた)の実を摘(つま)みゐてうたふこともなし」に代表される粕壁中学校時代に詠まれた多くの句は、昭和14年(1939)に刊行された句集『寒雷』(かんらい)に「古利根抄」としておさめられています。
「市ゆかりの文化人」『新編 図録 春日部の歴史』214ページ
郷土資料館来館時の加藤楸邨氏(平成3年)
楸邨氏直筆の「棉の実を摘みゐてうたふこともなし」色紙
粕壁中学校時代、同僚教員のすすめで俳句を始め、月2回粕壁医院に診察に来ていた医師であり俳人の水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)に師事しました。
「棉(わた)の実を摘(つま)みゐてうたふこともなし」に代表される粕壁中学校時代に詠まれた多くの句は、昭和14年(1939)に刊行された句集『寒雷』(かんらい)に「古利根抄」としておさめられています。
「市ゆかりの文化人」『新編 図録 春日部の歴史』214ページ
郷土資料館来館時の加藤楸邨氏(平成3年)
楸邨氏直筆の「棉の実を摘みゐてうたふこともなし」色紙