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2023年11月の記事一覧

150周年クイズ第25問 解答と解説

第25問の答えは、Bの388人でした。現在の新川小の児童数は338人ですから50人違いますが、明治36年でほぼ今と同じぐらいの人数だったんですね。

 

今回は過去最多の書き込み数で7コメントあり、正解の方も不正解の方もいらっしゃいました。

参加してくださる方が増えたのはとてもうれしかったです!

※お楽しみいただいた150周年クイズですが、ネタ切れの所もあり、週2回の定期更新はこれで終わりにしようかと思います。

短い間でしたがありがとうございました。

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150周年クイズ第25問

明治36年の新川小学校の児童数は何人でしょうか。

A 213人

B 388人

C 542人

※答えがわかった人はコメント欄に書きこんでくださいね。

第25問の答えと解説は、11/21(火)にお知らせします。

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150周年クイズ第24問 解答と解説

第24問の答えは、Aの当時は数え年で10歳になると男の子は農業の手伝い、女の子は他の家に住み込みで働きに出ることになっていたから、でした。

書き込みをしてくださった方お2人とも見事に正解でした!

選択肢のAだけが文が長くて説明がたっぷりとありすぎましたね(笑)。

当時、農村ではかぞえ年10歳(満9歳)ぐらいになると、裕福な家庭以外では男女とも働くようになります。男子は農業、家事の手伝いか他家に奉公に出されました。奉公とは住み込みで他家の家事の手伝い、子守などを行うことです。

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150周年クイズ第24問

明治時代に義務教育や授業が無料になっても2年生や3年生で学校をやめてしまう子どもが多くいました。それはなぜでしょうか。

A 当時は数え年で10歳になると男の子は農業の手伝い、女の子は他の家に住み込みで働きに出ることになっていたから。

B 先生に怒られるのが嫌だから。

C 授業の内容が難しくなってしまったから。

※答えがわかった人はコメント欄に書きこんでくださいね。

第24問の答えと解説は、11/16(木)にお知らせします。

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150周年クイズ第23問 解答と解説

第23問の答えは、Aの新しい川を作った地区にできた学校だったので「新川」小学校とした、でした。

書き込みをしてくださった方お2人とも見事に正解でした!

お一人の方は、第一問の解説で新川小学校の名前の由来について触れていたことも書きこんでくださり、このクイズコーナーをよく読んでくださっていることがわかり、うれしかったです。

この図は第一問の時にも載せましたが、明治13年当時に陸軍が作成した地図で、江戸川を後から直線化したのがわかるものです。

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