2018年度
全校朝会
本日の全校朝会は盛りだくさんの朝会でした。
まず皆勤賞と精勤賞の表彰を行いました。
皆勤賞は明日香さんでした。3年間、無遅刻、無早退、無欠席でした。雨の日も風の日も休まず通い続けたことは本当に立派です。おめでとうございます。
精勤賞は、香菜さんと琉泉座くんが校長先生から賞状を手渡されました。3年間、欠席なしということも賞賛に値すると思います。
1年間休まなかった努力賞の賞状を受けたのは、怜良さんと絢音さんです。これもすばらしいことだと思います。
また部活動や特設部活動の活性化に大きく貢献した絢音さん、賢司くん、来飛くんに奨励賞が手渡されました。たいへん頑張ったと思います。
後半は、生徒会主催で東日本大震災を忘れないための会を行いました。
生徒会長をはじめとする役員が企画、運営した会でした。4年前の全校の追悼会で宮城県の遺族代表の方の作文を玲名さんが感情を込めて、全校生に発表しました。
私は東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市大川地区で生まれ育ちました。
小さな集落でしたが、朝学校へ行く際すれ違う人皆が「彩加ちゃん! 元気にいってらっしゃい」と声をかけてくれるような、温かい大川がとても大好きでした。
あの日、中学の卒業式が終わり家に帰ると大きな地震が起き、地鳴りのような音と共に津波が一瞬にして私たち家族5人をのみ込みました。
しばらく流された後、私は運良く瓦礫(がれき)の山の上に流れ着きました。その時、足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、かき分けて見てみると釘や木が刺さり足は折れ変わり果てた母の姿がありました。右足が挟まって抜けず、瓦礫をよけようと頑張りましたが私一人にはどうにもならないほどの重さ、大きさでした。母のことを助けたいけれど、ここに居たら私も流されて死んでしまう。「行かないで」という母に私は「ありがとう、大好きだよ」と伝え、近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かしました。
そんな体験から今日で4年。
あっという間で、そしてとても長い4年間でした。家族を思って泣いた日は数えきれないほどあったし、15歳だった私には受け入れられないような悲しみがたくさんありました。全てが、今もまだ夢の様です。
しかし私は震災後、たくさんの「諦めない、人々の姿」を見てきました。震災で甚大な被害を受けたのにもかかわらず、東北にはたくさんの人々の笑顔があります。「皆でがんばっぺな」と声を掛け合い復興へ向かって頑張る人たちがいます。日本中、世界中から東北復興のために助けの手を差し伸べてくださる人たちがいます。そんなふるさと東北の人々の姿を見ていると「私も震災に負けてないで頑張らなきゃ」という気持ちにいつもなることが出来ます。
震災で失った物はもう戻ってくることはありません。被災した方々の心から震災の悲しみが消えることも無いと思います。しかしながらこれから得ていく物は自分の行動や気持ち次第でいくらにでも増やしていける物だと私は思います。前向きに頑張って生きていくことこそが、亡くなった家族への恩返しだと思い、震災で失った物と同じくらいの物を私の人生を通して得ていけるように、しっかり前を向いて生きていきたいと思います。
最後に、東日本大震災に伴い被災地にたくさんの支援をしてくださった皆様、本当にどうもありがとうございました。また、お亡くなりになったたくさんの方々にご冥福をお祈りし追悼の言葉とさせていただきます。
以上が読んだものですが、集会後、作文についての感想を述べ合う生徒の姿が見られました。