校章

校章制定まで


 昭和57年葛飾中学校が分離して、川辺小学校及び中野小学校区間に、 16学級、生徒数648名、職員数29名の飯沼中学校が誕生した。
 校章は、在校生並びに当時庄和町内在住者に呼びかけて、地域の姿や歴史、 さらに新生飯沼中にふさわしいものとして校章のデザインが公募された。 作品は、豊かな田園と緑に囲まれた学校として、飯=稲を示すもの、 生命の根元としての太陽、町の花木である「しょうぶ、もくせい」、 さらに飯の文字をデザインされたものが多く応募された。 その中から中野正明氏の作品が選ばれた。 氏は、花しょうぶの花柱が3つに分岐していることから、 町内3番目の中学校として表現し、その中に「中」の文字をあしらった。
 校章ひとつを見ても、こうして父母や地域住民の願いが、生徒・学校に向けられていたのです。 校旗は地域の有志の寄贈によるもので、輝かしい飯沼中の教育活動を永遠に見守っていくことを信じている。