木間ケ瀬中「歳時記」
9月11日(金)
さて,14年前の今日9月11日は,あの衝撃的な映像を思い出す「9.11アメリカ同時多発テロ」が起こった日です。14年前の2001年と言えば,今の中学生には「歴史の一コマ」のように感じているのでしょうか。当時ライブ映像でTVにNYの高層ビルに旅客機が衝突し,多くの人が中に残されたまま崩壊するビルの映像は,本当に衝撃的でした。多くの人が卑劣なテロという暴挙の犠牲になったことを考えれば,これも風化させてはいけない事件の一つかもしれません。
私事ですが,当時スポーツ競技に携わっていたこともあり,ワールドツアーに参加するため世界中を遠征していました。2001年9月,毎年のように長期遠征に出ようとしていた矢先の事件でした。幸い,遠征はヨーロッパでの強化合宿,一時帰国し10月の始めに今度は北米に渡ります。事件当初は,詳しいことはわからず「旅客機がビルに衝突した事故」と報じられていたため,どこか他人事で報道を見ていましたが,時がたつにつれて不慮の事故ではなく「テロ事件」だったことがわかってきました。合宿を終え一時帰国するとスポーツ界は慌ただしく揺れていました。各競技がアメリカ遠征を中止していたのです。その年明けにはソルトレークシティ(米国)五輪が控えています。冬のどの競技も,五輪の出場権を得るためワールドツアーでランキングをあげなくてはなりません。フィギュアスケートチームなどいくつかの団体ははアメリカへの遠征を中止しました。我々も窮地に立たされています。出場人数を増やすためNY州レイクプラシッドでのWカップ初戦に参加しなくてはなりません。外務省を通してJOCより渡航を控えるように指示が出されましたが,会議を重ね「参加は国代表ではなく個人の意志で個人で参加します。事件事故も個人の責任です。」という趣旨の念書を提出し,結局渡米したことを思い出します。NYの空港も武装した軍が取り囲み,入国審査も厳重で何時間かかりました。例年とは違った重苦しい雰囲気で始まったワールドツアー,どの競技でもアメリカの強さ,底力が際立っていました。そして迎えたソルトレークシティ五輪,当時テロの本当の目的は五輪だとも噂されていましたが,五輪は威信にかけても成功させるというアメリカ国民の団結もあり,五輪自体はアメリカの強さがここでも際立ちました。今ではソルトレーク五輪の日本は惨敗だったと言われていますが,私はそうだとは思っていません。やるだけのことはやり,精一杯戦っていましたが,アメリカが強すぎたのです。 そんな14年も前の話をしてみました。 長々とすみません。
PS:五輪開会式でスタジアム外で入場を待っていた際,突然開会セレモニーの盛大な花火が打ち上がりました。「バンバン!ズドン!」各国の選手たちは一斉に身をかがめ,花火だと理解できると国を超えてみんな笑顔で話していたことを付け加えます。