二者択一思考とパラダイムシフト【Win-Winを超えた「第3の案(R)」 ~シナジーでチャンスをつかめ!】


 
1.二者択一思考とパラダイムシフト

 私たちの日常生活は、残念ながら、争いと対立に満ちています。

 戦争、宗教的対立、領土問題、歴史認識の違い、政治的闘争から、上司と部下の対立、メンバー同士の足の引っ張り合い、クレームは営業の責任か製造の責任 か、果ては、帰宅時間を巡る親子の対立、今日のディナーは和食が良いかイタリアンが妥当か、食後のコーヒーに砂糖を入れるのは邪道か否かまで。

 それぞれ自説を主張して闘い、あるいは沈黙と不機嫌な表情で不同意の意思を示し、相手が自説を理解しないことに憎しみと軽蔑のまなざしを向け、勝者は喜び、敗者は悔しがる…。

 こんな情景が、家庭、職場、社会に溢れています。

しかし、内容はともかく、その争いの構造をよく見てみると、基本的に「私のグループ」対「あなたのグループ」という対立の組み合わせであることが多いようです。

 「私のグループ」は正しく、「あなたのグループ」は間違っていて不当である。「私のグループ」は良く、「あなたのグループ」は悪い。少なくとも「私のグループ」ほど、良くはない。「私のグループ」は純粋で、「あなたのグループ」は不純だ。

  私のグループ、私の国、私の考え、私の思い、私の意見が、あなたのものと対立しているのです。要するに、「私のグループ」か「あなたのグループ」かの二者択一です。

 このような二者択一の思考をしている限り、対立は永久に解決しません。対立している双方とも、解決しようなんて考えないからです。闘い続けるか、納得のいかない妥協をするか、です。

 これでは、いくら自説の正当性や妥当性について熱弁をふるい、説得を繰り返しても、相手が同意する可能性は極めて少ないでしょう。

 ここでちょっと考えてみてください。対立を続けるか、妥協するしかないのなら、このような争いを続けて袋小路に入る意味はどこにあるのでしょうか。

問題は、対立している意見や考えの内容の是非にあるのではなく、私たちの心の中の二者択一思考にあります。つまり、二者択一思考というパラダイムに問題があるのです。

 「パラダイム」というのは、私たちの行動に影響を与える思考の枠組み、思考のパターンのことです。「心の地図」といってもいいでしょう。問題を解決しようとするのなら、パラダイムを変えなければなりません。二者択一思考というパラダイムから「第3の案を探そう」というパラダイムへと変えること(パラダイムシフト)が必要なのです。

 『第3の案』の著者のコヴィー博士は、環境保護者と開発推進者との論争の例をあげて、次のように語っています。

  仮に私が環境保護者で、私のパラダイム、つまり心の地図が美しい手つかずの森林だけを見せているとしたら、それを保存したいと思うだろう。仮にあなたが開発推進者で、心の地図が地下に埋蔵されている石油だけを見せていれば、掘削したくなるのも無理はない。どちらのパラダイムにも理があると言えるかもしれない。たしかに陸上には原始の森がある。しかし石油も埋蔵されているのである。問題はどちらの心の地図も完全ではないということだ。(中略)

 ある心の地図が別の心の地図より完全に近いということがあっても、地図が土地そのものではない以上、100%完全な地図などない。(中略)

しかし、私たちはお互いの地図を組み合わせることができる。これならばうまくいきそうだ。両者の見方を含めた地図ができるのである。私はあなたの見方を理解し、あなたは私の見方を理解する。これは一歩前進だ。それでも、お互いの目標は相容れないかもしれない。(中略)

しかし、ここからが核心に入っていく。私があなたに「お互いに思ってもいなかった、より良い解決策を見いだせるかもしれませんよ。まだ考えたこともない第3の案を探してみませんか?」と働きかければ状況は一変する。このような働きかけをする人は滅多にいない。しかしこれこそが対立を解決し、さらに未来をも変える鍵なのである。

 シナジー(相乗効果)

私の考え・私の意見といったものを「第1の案」とすれば、あなたの考え・あなたの意見は「第2の案」となります。

  「第1の案」で問題を解決しようとすれば、私のパラダイムを相手に納得させるか、押し付けるしかありません。

 私は勝って、あなたは負けるのです。 同じように、「第2の案」で問題を解決しようとすれば、あなたのパラダイムで自分が納得するか、それで押し切られるかしかありません。あなたが勝って、私は負けます。いずれにしても、Win-Loseの関係になるのは同じです。

では、何とかWin-Winの関係に出来ないものでしょうか?

そのためには、「私の考え・私の意見」でも「あなたの考え・あなたの意見」でもない、お互いがWin-Winとなる「私たちの意見・私たちの考え」を協働で探していくことが求められます。

 「お互いが考えてもみなかった、新しい案を、あなたと私とで一緒に探してみませんか?一緒に考えてみませんか?」と問いかけるのです。

 これによって出来る、「私たちの意見・私たちの考え」が、「第3の案」なのです。

この「第3の案」を生み出す考え方を仕事や普段の生活に意識的に取り入れることができれば、仕事や生活はどれほど充実することでしょうか。今まで気づかなかった成果がきっと生まれるはずです。

第3の案」の秘訣は、シナジー(相乗効果)です。

 シナジーとは、簡単に言えば、全体の合計は個々の部分の総和よりも大きくなるということです。2本の木材を重ねれば、1本で支えられる重量の合計をはるかに上回る重量を支えることができます。これと同じことが、人間にも当てはまります。何人かで協力すれば個々人の強みが相まって、誰も予想しなかったことが成し遂げられます。同様に、ひとりで考えるよりも、2人、あるいはそれ以上で協力して考えれば、個々人の強みが相まって、誰も予想しなかったような素晴らしい案が生まれる可能性が高まるでしょう。1+1が2ではなく、3にも100にも1,000にもなり得るのです。

 シナジーの最も身近な例は、音楽です。楽器を奏でたことがある方ならすぐにわかるように、オーケストラや音楽のバンドでは、1人ひとりの力を合わせることによって、素晴らしいパワーを発揮します。

 また、シナジーはスポーツにおいても欠かすことはできません。野球やサッカー、バスケットボール、あらゆるチームプレーは、各個人がしっかりと役割を持ち、力を合わせることで大きな力を発揮します。個人レベルで高い能力を持つチームほど、高いシナジーを生み出します。

ここで重要なのは、皆それぞれが明確な個性を持っており、その違いがあって初めて大きな成果に結びつくということです。違いが大きいほど、「第3の案」が生まれたときのシナジーも大きくなります。

  「第3の案」とは、継続的な改善のプロセスとは異なります。人と人との対立を解決するだけでなく、画期的な新しいアイデアをもたらすものであり、さまざまなものを創造するための原則です。

 

大いなる中間層

 2つの意見に挟まれ、ABかという二者択一になったとき、AもしくはBを選択する以外に、もう1つの反応タイプを示す人たちがいます。

 それは、どのような論争や組織の争いのなかでも、どちらの側にもつかない、「大いなる中間層」とコヴィー博士が呼ぶ人たちです。

 「第3の案」を求めるのでもなく、どちらの側にも距離を置き、評論家のような顔をして、どちらも選択するのをやめ、期待するのもやめるという無気力な人たちです。

  一見すると、彼らはチームワークと協力を大切にし、相手の視点も考慮しているように見えます。しかし、現実的な解決策があるとは少しも思ってはいません。解決策を探すことを放棄しているのです。

  「もう一緒にはやっていけないね。性格が合わない。価値観が違う。解決策を探すなんて無駄だと思うね」

 以前に、どちらかの側についてしまい、大きな痛手を負ってしまったのかもしれません。初めから無気力なのかもしれません。トラブルに巻き込まれるのを嫌がって防御的な対応を「しているのかもしれませんし、無言の抵抗をしているのかもしれません。

その結果、このような「大いなる中間層」の選択肢は、「逃避」あるいは「妥協」となります。

「逃避」は、自ら勝負を投げ出して逃げてしまうことですし、「妥協」は、合意に至るために当事者双方が利益の一部を譲り、犠牲にし、あるいは放棄することです。

 いずれもWin-Winではなく、Lose-WinまたはLose-Loseです。

逃避や妥協の結果に納得するかもしれませんが、そこに喜びはありません。

 「大いなる中間層」の人たちの多くには、もう1つ特徴があります。

 日々コツコツと仕事に励んではいるものの、自分の潜在能力をほとんど発揮できていません。

 自分の世界を変えることも、新しい未来を創ることもせず、逆に、意欲的な人や輝いている人を煙たがり、新しいアイデアを軽蔑したりします。

 このような人はあなたの周囲にいませんか?

とうの昔に、あきらめて、自分だけで納得し、自分の殻にとじこもり、希望を持たない術を身につけてしまっている人が。

  

第3の案を探すプロセス

 「大いなる中間層」や二者択一思考の人と異なり、シナジーのマインドセットに到達している人は強い影響力を持ち、実に創造的で、生産的です。

 彼らはパラダイムを変え、ゲームを変え、新しいものを創出します。

 しかし、残念ながら、このようなシナジーのマインドセットに到達している人はそれほど多くはいません。

 彼らのように「第3の案」を探そうとするなら、私たちのパラダイムを根本的に変えなければなりませんが、それはなかなか容易ではありません。

 その理由のひとつは、「第3の案」を探すパラダイム(見方・考え方)が直観に反しているからです。

 まず、エゴイズムを捨て、他者を本心から尊重しなければなりません。また、自分が「正しい」と思う答えを探そうとするのではなく、お互いにとって「より良い」答えを探し出すことに専念しなければなりません。

 さらに、「第3の案」がどのようなものになるのか最初は誰もわからないのですから、先の見えない道を進んでいく勇気と度胸も必要となります。

 このように「第3の案」を探すには、パラダイムから変える必要がありますが、ここで重要なことは、パラダイムには順序があるということです。

 相手の意見を求め、シナジーを起こすには、自分と相手のお互いを肯定し、それに基づいた信頼関係が成り立っていることが必要です。そのためには、まず第1に、自分を客観的に自覚し、次に、相手を1人の人間として尊重しなければなりません。

 それでは、第3の案を探すパラダイムについて、順番に見ていきましょう。

 ■パラダイム1.私は、自分自身を見る――自分の「側」とは無関係に自分を見る。

1番目のパラダイムは「自分自身を見る」です。

これは自己認識の状態であり、自分の心を探索して、動機、不安、偏見を突き止め、自分の思い込みを明らかにします。

これによって、他者に対して誠実になる準備ができるのです。

■パラダイム2.私は、あなたを見る――あなたの「側」の一員ではなく、一人の人間としてあなたを見る。

2番目のパラダイムは、相手を受け入れ、大切にし、尊重することです。

 相手の態度や行動、信念ではなく、1人の人間として尊重しているからこそ、相手に肯定的な感情を持つのです。相手をモノではなく、人間として見ます。家族や兄弟姉妹のように見ることです。

■パラダイム3.あなたの考えは私とは異なるから、私はあなたの考えを求める。

3番目のパラダイムは、共感的理解です。

 1番目と2番目のパラダイムを身につけていなければ、この状態には到達できません。共感とは、相手の考え方の根本まで肉薄し、真に理解することです。2人の人間が共感し合える状態はそうあるものではありません。

それどころか、私たちは「あなたが間違っていることはわかる」などと考えてしまいがちですが、これと対照的なパラダイムが「あなたの考えを求める」です。

 相手について判断を下すのではなく、相手の感情、心、精神の内にあるものをしっかりと掴もうとするのです。新しいアイデアは、真の相互理解があって初めて生まれるものなのです。

 ■パラダイム4.あなたとシナジーを起こす――二人で協力し、お互いに考えたことのない素晴しい未来を創造する。

ここでようやく、両者がそれまで経験したことのない真の解決策に向かって共に学び、成長していくことができます。

 相手と自分自身に対して真に肯定的な関心を持たなければ、「あなたとシナジーを起こす」パラダイムには到達できません。

  2つの選択肢しかなく、どちらかが間違っていると思い込むマインドから脱却し、刺激的で創造的で、両者にプラスになる選択肢が無限にあると考えるマインドを獲得して初めて、相手とシナジーを起こすことができるのです。

 

 「第3の案」に達するための4つのステップ (1)

 シナジーを発揮して「第3の案」を創造するために、私たちは何をすればよいのでしょうか? そのためには、次の4つのステップを踏んでいくことが必要です。

 4つのステップ

(1)質問:第3の案を探す問いかけ

(2)定義:成功基準の定義

(3)創造:第3の案をつくる

(4)到達:第3の案に達する

それぞれについて、少し詳しくご紹介しましょう。

(1)質問:第3の案を探す問いかけ

まず「あなたも私も考えたことのない効果的な解決策を探してみないか?」と問いかけます。

 相手に対して、あなたのアイデアをあきらめろと言っているのではありません。

 私のアイデアよりも、あなたのアイデアよりも良い「第3の案」を探そうと誘っているのです。あくまで思考実験として始まるのであって、それ以上の意味はありません。

 このように相手に問いかけるためには、自分自身の考え方を見直す必要があります。

 自分は物事を客観的に正しく考え、あらゆる知恵を生み出せるという思い込みは捨てなければなりません。お互いを尊重し、違いを大切にするパラダイムで考えるようにします。

 「両者の意見は違っていると同時に、どちらも正しい」のです。

 また、自分を単に何らかの「側」の一員とみなすこともやめます。

 自分という人間は、自分の不満、立場、イデオロギー、チーム、会社、あるいはグループを超えた存在です。

 私は社会や環境、状況によってつくられた自分ではありません。私は、自分の運命を自分で創っていくことができます。私は違う未来を選択できるのです。

 さらに、特定の解決策に対する先入観を進んで捨てなければなければなりません(「進んで捨てる」という部分が重要)。

 心を開き、これまで考えたこともない可能性を受け入れるというマインドが必要です。

シナジーはその性質上、予測不可能なプロセスですから、シナジーによって導かれるところへ行く覚悟がなければなりません。

このようなパラダイムを身につけていなければ、自分の心の限界を越えることはできませんし、「第3の案」を探そうと促す問いかけをすることも難しいでしょう。

 

2)定義:成功基準の定義

次に、「より良いアイデアはどのような基準を満たすものだと思う?」と問いかけます。すべきことの明確なビジョンができ、全員が満足できる結果であるかどうかを評価する基準(両者の要求を上回る基準)を定めるのです。

  対立を解決する鍵は、お互いが持つ力を深く理解し合い、その力を新しいレベルまで高めることに両者が協力して取り組むことです。 こうすれば、お互いの強さを引き出すことができます。

そのためには、まず理解することが重要です。お互いの意見、それぞれが持つ「真実」を深く理解できたら、お互いの最も深いところにあるニーズと欲求を満たして、Win-Winとなる全く新しいビジョンを創ることができるでしょう。

 このようなシナジーのマインドを働かせるには、成功の基準(criterion)を定める必要があります。対立においては誰もが最高の結果を求めるものですが、大切なことは、どのようになれば最高の結果と言えるのかということです。

 シナジーのプロセスは、私たちを予測のつかないところへ導いていきます。

だからといって、行き先を全く考えないまま歩き出せばよいというものではありません。

シナジーは、全員が行きたい場所まで、どうやってたどり着くかを考えるプロセスです。

 成功基準を定めれば、その到達地点がどのような場所か思い描けます。基準によって自分たちの現在地もわかるのですから、正しい方向に進んでいけます。成功基準がなければ、全員ではしごを登った挙句、はしごが違う壁にかかっていたということになってもおかしくないのです。

 

(3)創造:第3の案をつくる

基準を決めたら、その基準を満たす解決策を検討し始めます。プロトタイプをつくり、新しい枠組みをブレーンストーミングしたり、自分たちのアイデアをひっくり返してみたりしてみます。とりあえず判断は差し控えます。

 極端な可能性を検討できるかどうかが、シナジーの成功の鍵となります。

シナジーのサイクルを動かすには、たった1人、あなたがいれば良いのです。あなたが他の人たちに「あなた方の考えは、私のとは違うようだ。話を聞かせてほしい」と言えば、シナジーは始まります。