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たった一言が・・・
たった一言が・・・
成人式を終え、同窓会が終わった時、私の頭の中にある言葉がふっと思いだされた。心の奥底にしまい込んでいたあの言葉…。それは、中学生の時、生徒玄関の一番目立つ場所に掲示されていたポスターに書かれていた。
『たった一言が人の心を傷つける たった一言が人の心をあたためる』
当時、この言葉を見るのが嫌だった。胸の奥がキュッと締め付けられるような気持ちになった。それは、心の奥底にしまっている出来事を思いだしてしまうからだった。見ないように自然と避けている自分がいた。
その出来事とは、私が小学校6年の時に起きた。席が隣だった昭雄。優しくて、ひょうきんで話していて楽しい男の子だった。ある日、友だちが、
「昭雄ってさぁ、真紀子のこと好きなんじゃない。」と言い出した。周りにいた男子も一緒になって
「付き合っているのか⁈」
などと言ってはやしたててきた。
「昭雄と付き合っているなんて、冗談やめてよ!昭雄のことなんて好きなわけないじゃん!ありえないんだけど!」
とっさに出た言葉だった。さらに続けて、彼のことが好きではない理由や悪口、ひどい言葉の数々が私の口から飛び出した。私は、昭雄がそこで明るく同じように私の事なんて好きじゃないと言い、悪口を言い返してくると思っていた。でも、昭雄は黙っていた。周りの冷やかしを否定せず、私の悪口も言わず、黙っていた。彼が周りの冷やかしに対して否定しなかったことに、私は頭にきていた。私は昭雄をにらみつけていた。
別の友だちが、続けて昭雄に言った。
「もう、真紀子に話しかけないでね!嫌がっているんだから!」
その時から、昭雄とは一言も話さなくなった。彼は心なしかおとなしくなったような気がした。小学校の卒業間近だったこともあり、話す機会をもたないまま、中学校に進学した。
中学校では3年間、昭雄とは同じクラスにならなかった。廊下ですれ違うことがあったが、話す機会はなかった。玄関であの言葉を目にすると、小学校時代のことが思い返され、自分が悪いのか、昭雄が悪いのか、周りが悪いのか、時々ふと考えてしまうことがあった。答えは出なかった。考えたくないと思った。もしかして、彼は全然気にしていないんじゃないかとか、わざわざほじくり返してその話をするのもなんだかなぁなどと自分に言い聞かせて、そのまま自分の心にフタをしてしまったのだ。
高校を卒業し、大学生になった。自分の将来の夢が決まり、就職活動に備えてニュースを見たり、ニュースサイトを読んだりすることも増えてきた。いじめが社会問題としてとりあげられ、特集記事などを読んだりすることがあり、私は心にフタをしてきたあの出来事を思いだすようになった。自分の言ったことは、実は「いじめ」だったのではないかと考えるようになった。一方的にみんなの前で言ってしまった酷い言葉の数々。あの時、何も言わなかった昭雄に対して、頭にきていたなんて…。何であんなことを言ってしまったのか。
いじめの記事を読んで、「当時言われたことがトラウマになって明るかった性格が暗くなってしまった人の話」や、「ひどいことを言われ、人と接するのがこわくなってしまった人の話」、「自分が価値のない人間だという気持ちになって生きる希望が見いだせなくなった人の話」「たった一言にグサッと傷ついて、トラウマになってしまった人の話」など、読んでいくうちにこわくなってきた。自分の心ない一言のせいで彼の人生を台無しにしてしまっていたらどうしよう…と。
そんな考えが私の頭の中をグルグルまわっていた。いじめられた人間は忘れないけど、いじめた人間は自分の言ったことややったことを忘れてしまうなんて言う人がいるけれど、私の場合は、忘れるどころか、自分が言ったひどい言葉の数々がそのまま自分自身に刺さってきた。「たった一言が…」のポスターの言葉、何も言わず黙っていた昭雄の顔がときどき頭の中に浮かんできて、自分自身を苦しめた。忘れよう。忘れたい。そう思っていた。
ずっとあの言葉を思い出さないように生活していた私に、「成人式のお知らせ」がきて、久しぶりに地元の友だちと会う機会がおとずれた。成人式で中学校卒業以来、久しぶりにみんなと会えるワクワク感と、昭雄が元気で幸せなのかどうか…と祈るような不安な気持ちが入り混じった状態で、成人式の日を迎えた。
成人式では昭雄と会うことができなかった。その日、駅前の飲食店で同窓会が開かれた。私は昭雄と仲がよかった友だちに彼の近況を聞いた。
「あぁ、あいつ。元気だよ。バンドとかやって楽しそうにしているよ。」
私はそのことばを聞いて、心の底から喜んだ。
「昭雄は楽しそうに暮らしているんだ!よかった!」私は心の底で叫んだ。
「あ、昭雄が来たぞ!」
彼が遅れてやってきた。私はもう、後悔したくなかった。
「昭雄!ここ!ここ!」
私が大きな声で呼ぶと、昔と変わらない笑顔の昭雄が近づいてきた。
「真紀子か?昔と全然変わらないな。」
「どういうこと?いい意味?」
小学校時代の仲がよかった時のように普通に会話がスタートして、昔話に花が咲いた。私は、途中でいたたまれなくなって、小学校時代のあの出来事について触れた。
「小学校時代にひどいことを言って、本当にごめんなさい。ずっと謝りたかったんだ。」
「おれ、全然覚えていないんだけど。そんなことあったっけ?」
私はなんて言っていいかわからなくなってしまった。彼は本当に覚えていなかったのだろうか。あの出来事以来、話をした覚えがないのだから、覚えていないわけがないのだ。あの時、昭雄が周りの冷やかしを否定せず、私へ悪口を返さなかったことの意味を改めて考えた。昭雄の気持ちを受け取って、私はこれからのことを話そうと思った。
「昭雄、今、バンドやっているんだってね。すごいね!何を担当しているの?」
昭雄はその後、バンドについて熱く語ってくれて、私は自分が今、夢に向かって就職に向けての勉強をしていることなどを話した。昭雄が言ってくれた最後の一言は、私の心をパーッとあたためてくれた。
「今日、オレのバンドの話聞いてくれてありがとう。真紀子が就職に向けて頑張っている話聞いて、やる気もらったわ。お互い頑張ろうな。」
学年みんなでひとしきり盛り上がり、数年後にまた会う約束をした。
「また会おうね!」
店の前で解散して、みんなに手を振っていると、心の奥にしまっていて、忘れたかった言葉が自然と思い出されてきた。
「たった一言が人の心を傷つける。たった一言が人の心をあたためる。」
この言葉は私を苦しめるだけの言葉ではなくなった。この言葉と共に生きていこう。そう思いながら、私はいつまでも大きく手を振り続けていた。
(作 三浦 摩利)