本校の紹介
-伝統を育む-

歴史を持つことの誇り

  山本有三の戯曲に『米百俵』という作品がある。明治三年の北越戊辰戦争後三分の一以下に減封され、極度に貧窮し食えなくなった藩士への見舞いのために三根山藩から米百俵が贈られた。長岡藩文武総督小林虎三郎はその米百俵で「食えない人々のために書籍や教材教具を買って学校を建てなおす」という話。 『米百俵』を配っても二日ほどで食い潰してしまう。それでは相変わらずその日暮らしで何も残らない。学校を建てなおし、子どもを仕立てあげていけば、この『米百俵』は米俵では見積もれない尊いものになるだろう。その日暮らしでは新しい日本は生まれないと虎三郎は考えたという。およそ七十年前、武里村の人々は、戦争による疲弊に加えて、雨続きの冷害で稲が実をつけず、その上キャサリーン台風による水害にみまわれ住民こぞって貧窮のどん底にあった。米がとれず今日の生活にも困った農家に支給するはずだった農業共済金(約230万円)を中学校の校舎建設資金に当てた。敷地は、白石重右エ門村長が所有していた現在の武里市民センター周辺の広大な土地を提供したというが、村役場では「住民を飢え死にさせるのか」と殴り合いまで起こった。
  中学校教育が地域の将来を左右するのだと考えた当時の為政者のすさまじいまでの教育への期待を今こそ学ばなければならない。現在では想像しえない貧困との戦いの中で「教育を優先した」地域の先人がいたことは、武里中学校永遠の誇りであり、幸せといえる。

-現在の武里中-

本年度、開校78年目を迎えます。

 生徒数(令和6年4月1日現在)

  1年 2年 3年 合計
76 94 98 268
67 72 63 202
合計 143 166 162 470

 教職員数(令和5年4月1日現在)   

校長 教頭 教諭 養護教諭 事務主幹 栄養技師 合計
30

支援員

相談員

スクールカウンセラー ALT 校務員 事務職員 44
1 1
各種資料