2026年2月の記事一覧
「広げよう!春日部じまん」武里南小学校3年生出張授業
2月27日、武里南小学校にて出張授業(でばりぃ資料館)を実施しました。
例年この時期は連日、社会科の郷土学習「くらしのうつりかわり」がテーマでお呼ばれしますが、今回は新たな試み。
総合的な学習の時間の「広げよう!春日部じまん」という単元でのオファーです。3年生の皆さんは冬休みなどをつかって、春日部で自慢できるモノ・コトについて、自分たちで調べ学習を進めたそうです。今回は、春日部の歴史や文化などの魅力について、より詳しく知りたい、ということで、郷土資料館にオファーをいただきました。
歴史のこと、昔のこと、どうしても小難しくなってしまうので、今回は、作戦を練りに練って、特製のクロスワードパズルを作成してみました。パズルを解きながら、郷土資料館に収蔵されるゆかりの資料、実物や写真などを見たり、さわったりしてもらい、春日部の歴史や文化について触れてもらう、というコンセプトで授業を準備しました。クロスワードのワークシートがこちらです(書き下ろしです)。
「パズルに挑戦して、全部できたら「おみやげ」をあげる」と伝えると、皆さんとても協力的。話をしっかり聞き、集中して楽しみながら取り組んでもらえたようです。
キーワードは知らないことでも、「なんか聞いたことある」とか「○○さんが調べたことだ!」とか、これまでの調べ学習の成果もあり、クロスワードは、あれよあれよと埋まっていきました。
武里南小学校なので、近隣の文化財「やったり踊り」もキーワードに入れてみました。
すると、クラスのなかに「私やっているよ」という子が!
やったり踊りのパネル写真は静止画ですので、写真だけではつたわらない、颯爽とした舞いをクラスメイトの前で披露してもらいました(下の写真)。
「扇子があればよかったな」と感想を話してくれました。
扇子なしでも「センス」のある踊りでしたよ。クラスメイトの理解も深めることができました。ありがとう。
貝塚の説明では、昔、海があったこと、貝をとって暮らしていた人たちがいたことを、実物の貝がらや縄文土器をみながら理解を深めてくれました。「貝塚をほったら、古い道具がでてくるの!?掘ってみたい!」と話す子も。
武里南小学校ゆかりの収蔵品もみてもらいました。それがこちら。
武里南小学校は、かつて大畑小学校という名前の学校でした。その看板を皆さんにみてもらいました。かつてこの学校が大畑小学校だったことを知っている子どもたちは多かったようです。
いらなくなった看板を捨てることは簡単です。しかし、世界に一つしかないこの看板を大切に保管することで、大畑小学校があったということが未来に伝えられるのです。
皆さんも、昔のことは、すぐに忘れられてしまうでしょう。でも、古いものや昔のお話を大切に守り、皆さんに知ってもらうことで、しっかりと未来に伝えられる。皆さんが大切にして、春日部で自慢できることを、未来に伝えていってほしい。そんな趣旨の話をした(と思います)。
時にさわがしく、時に真剣に、2クラスとも、クロスワードを無事に解けましたので、お約束の「おみやげ」。
特製の「かすかべ郷土シール」です。第一弾は5種。
シールのイラストは、春日部の特徴である特産品や市の花。キャラクターは梅若塚の伝説をモチーフにした「うめわかくん」です。
シールを渡すと「全種類あつめたい!」と皆さん興奮気味。郷土資料館に遊びに来てくれたら、もう1枚プレゼントすることを約束して授業を終えました。
最後に、「春日部の歴史、僕たちが守らなくちゃいけないんだ!」と話してくれた子がいました。また、やったり踊りをやっている子も数人いて、続けてやっていきたいと話してくれました。そのほか紹介したものについて、「行ったことないから見に行きたい」と話してくれる子も。
子どもたちは郷土の学習を通じて、春日部の魅力や特徴をきちんと理解してくれているようでした。
「頼もしい、武里南小の皆さん!」
「春日部じまん」はまだまだたくさんありますので、ぜひ郷土資料館に遊びにきてくださいね。
藤塚小学校(3年)でばりぃ資料館
2月26日、藤塚小学校3年生の社会科郷土学習の出張授業にうかがいました。
皆さん、事前に配布した郷土資料館特製のワークシート「たんけんシート」を見ながら、春日部の昔のお話をしっかりと聞いてくれました。上の写真は、羽釜の説明。ご飯を炊くときは、木炭をつかって、かまどで調理します。それが、だいだい60年くらい前に電気の炊飯器にかわっていきます。くらしに使う動力・エネルギーが、木炭や石炭から、電気へとかわっていくことを、ワークシートに取り組みながら、学んでもらいました。
つづいて、自分の学校や学校のまわりの様子、昔の学校について。
自分たちの通う藤塚小学校はいつ出来たのか、なぜ出来たのか、と聞くと「?」が浮かぶ皆さん。
田んぼだったところに家ができていき、豊野小学校が満杯になってしまったので、できたのが藤塚小学校であることをお話しました。もちろんワークシートに忘れないように記入。しかし、「藤塚」という漢字は3年生には難しかった模様です。「校長先生も見に来てくださっているから、頑張って書こうね」と話すと、皆さん一生懸命「藤塚」の字を書いてくれました。
上の写真は、給食がはじまったころに使われていたポット。
何が入っていたのか「マルバツクイズ」をしました。
「牛乳!」「お湯!」「お茶!」「スープ!」「カレー!」「ミルク!」(牛乳と一緒では?)
など、さまざま想像してくれましたが、正解は「脱脂粉乳」。
これまでの小学校でも答えられた子はなかなかいませんでした。どんな味だったのか、おじいさんやおばあさんに聞いてみてください。
最後は自由見学。さまざまな道具を間近に、触りながら、観察・体験し、最後には質問コーナー。
「どうして昔のランドセルは赤と黒だったのか」「どうして昔の教科書はカタカナで書いているのか」「手回し洗濯機は水がこぼれたりしないのか」など、なかなか鋭い質問をもらいました。いいところ見ていますね。
藤塚小学校では、これから本格的に昔のくらしの学習がはじまるそうです。学校には郷土資料室もありますし、おうちの方にもお話を聞いて、より学習を深めてみてください。もちろん郷土資料館にも来てくださいね。
八木崎小学校の3年生が郷土資料館を見学しました
令和8年2月25日(水)に八木崎小学校の3年生が郷土資料館を見学しました。
今日は久しぶりに本降りの雨ではありましたが、傘をさして元気に歩いてきてくれました!
常設展示室では竪穴式住居の模型を観察しながら、縄文人の生活や食べていたものについて学びました。
魚、獣の肉、木の実などを食べて生活していたのですが、海の魚を食べていたことに児童はびっくり!実は縄文時代には、縄文海進といって海水が陸地の奥深くまで入り込んでいた時期があり、春日部のあたりにも海があったのです。だからこそ海の魚を食べることができました。
企画展示室では、昔家庭で使われていた道具など、60~100年くらい前の時代からの暮らしのうつりかわりを学びました。
約60年前の春日部市の空中写真を児童に見せ、当時はまだ八木崎小学校がないことを確認してもらいました。では、その後どうして八木崎小学校が作られたのかを児童に尋ねたところ「粕壁小いっぱいになったから」との回答。正直、正解者が現れるとは思っていなかったので“よく知っているな~”と感心させられました!
自由見学の時間には、おもちゃコーナーとラジカセで自分の声を録音してみるのが人気でしたが、中には戦時中の道具や、春日部の特産品である桐箪笥に興味をもつ児童など、幅広く興味関心を示していました。
雨天のためおそらく来館に時間がかかったのでしょう、予定時間よりやや遅れての到着となり、滞在時間も少しオーバーしてしまいましたが、充実した時間を過ごしてくれたようです!
八木崎小学校から郷土資料館はさほど離れていないので、お天気がいい日にぜひまた遊びにきてください!
歴史文化講演会「春日部市の板碑」を開催しました
2月21日(土)歴史文化講演会・市史講座「春日部市の板碑」を開催しました。講師は、元埼玉県立文書館副館長で、現在、春日部市で行われている石造物調査の調査員をお願いしている諸岡勝先生、当日は42名の方にご参加いただきました。ご講演いただきました諸岡先生、ご参加のみなさま、誠にありがとうございました。
講義は、石塔の種類や形、石塔造立の背景、板碑と武蔵武士、古墳石材を用いた板碑、宝篋印塔・五輪塔の出現と板碑、春日部の板碑という順で非常に濃いお話が進みました。
まず、中世の石塔には、板碑、宝篋印塔、五輪塔がみられ、それぞれ埼玉県では、板碑が嘉禄3年(1227)銘のものを最古に約27,000基、宝篋印塔が元享2年(1332)を最古に約3,700基、五輪塔が嘉暦4年(1329)を最古に約1,600基確認されています。
これらの石塔造立の背景は、平安時代末から鎌倉時代にかけて浄土思想が普及し、末法思想に基づく末法の世に永承7年(1052)から入ったとされること、浄土信仰がもたらした建造物、絵画、彫刻などの担い手が貴族層から武士へと広がり、石塔の造立を促したことが挙げられました。鎌倉時代の板碑は武蔵七党に属する武蔵武士たちが造立の担い手となり、実際に武士が造立した板碑が残されています。
鎌倉時代の板碑には、それまでにあった古墳の石室や石棺に使われている緑泥片岩を素材として使っているものが確認されており、特に石棺時のほぞ穴が板碑に見られる例が確認されています。
また、本尊、蓮座、銘文を一貫して作業する石工集団が県内各地に存在し、工房独自の「同型板碑」を周辺地域に供給したと考えられています。春日部市周辺の「同型板碑」や行田市周辺の「築道型(つきみちがた)」と呼ばれる板碑が紹介されました。
宝篋印塔や五輪塔は、鎌倉時代末期に出現しますが、埼玉県内でも地域によって導入状況が異なり、春日部周辺の北葛飾地区では中世を通じて板碑を作るのに対し、児玉郡では、1300年代後半から宝篋印塔・五輪塔に置き換わり、板碑が極端に少なくなります。これについて、石塔の変化はあるが、人々の石塔造立への意欲は中世全般を通じて続いたとのことでした。
最後に春日部市の板碑について詳細に触れられ、春日部市では495基の板碑が確認され、修験に関する板碑や帰依仏板碑、十三仏板碑、題目板碑などが紹介されました。
会場には講師が採られた拓本が掲示され、休憩時間には拓本を前に、講師と受講者が熱く語り合う場面も見受けられました。アンケートでいただいた感想では、「内容が濃く時間が足りなかった」とのご意見もありました。
春日部市の板碑は、1976年に刊行された『庄和町の板碑』、1978年に刊行された『春日部の板碑』などで知ることができます。しかしながら、どちらの調査もすでに約50年前の調査であり、現在実施している石造物調査の中で、再確認できればと考えています。諸岡先生、どうもありがとうございました。
2月の考古学関係展示会、イベント情報
近隣博物館・資料館の考古学情報をお届けします。
(毎月28日ごろに掲載します。随時、情報を更新します。)
(春日部市郷土資料館2月の講演会)
・3月22日(日曜日)10:00~12:00 塚越義幸先生(國學院大學栃木短期退学教授)
郷土資料館歴史文化講演会 「『奥の細道』を読むー那須野から白河の関あたりまで」
・3月29日(日曜日)14:00~16:00 中野達也(郷土資料館学芸員)
学芸員講座「縄文人のタカラモノ-黒耀石の入手と利用」
(東部地区文化財担当者会リレー展示ー都鳥が見た古代)
・3月1日(日曜日)まで
宮代町郷土資料館(宮代町・資料展示)
(展示会_閉会日順)
・3月1日(日曜日)まで 千葉市立加曽利博物館(千葉県千葉市若葉区)
令和7年度企画展示「加曽利B式展ー加曽利の名を持つもう一つの土器ー」
・3月1日(日曜日)まで 埼玉県立嵐山史跡の博物館(嵐山町)
企画展「東山道と鎌倉街道」
・3月8日(日曜日)まで 群馬県立歴史博物館(高崎市)
第113回企画展 「世界遺産 縄文」
・3月8日(日曜日)まで 千葉市埋蔵文化財調査センター(千葉県千葉市)
令和7年度特別展「謎多き縄文晩期」
・3月22日(日曜日)まで 早稲田リサーチパーク・コミュニケーションセンター
本庄早稲田の杜地域連携展覧会「古墳時代の児玉・深谷地域」
・3月22日(日曜日)まで れきしてらす新座市立歴史民俗資料館(新座市)
企画展示「掘れたて考古展」
・3月26日(木曜日)まで 明治大学博物館(東京都千代田区)
企画展「弥生時代の再葬墓」
・3月31日(火曜日)まで 神川町多目的交流施設(神川町)
令和7年度第2回企画展 「地面の下の文字たち~神川町出土の墨書土器~」
・3月31日(火曜日)まで 川本出土文化財管理センター(深谷市)
企画展「深谷市出土品展-午年にちなんで-」
・4月5日(日曜日)まで 石岡市立ふるさと歴史館(茨城県石岡市)
第43回企画展 「吾輩は土器である。名前はもうある。どこで生れたか凡そ見当がつく。」
・4月8日(水曜日)まで 船橋市西図書館(千葉県船橋市)
ギャラリー展示「船橋の縄文時代-土器の変化を楽しむ-」
・4月12日(日曜日)まで 新宿区立新宿歴史博物館(東京都新宿区)
所蔵資料展「新宿の遺跡2026 ー特集・市谷の遺跡ー」
・4月26日(日曜日)まで 取手市埋蔵文化財センター(茨城県取手市)
埋蔵文化財センター第56回企画展「地域の遺跡シリーズ1 小文間地区の遺跡」
・5月6日(水曜日) まで 羽生市立郷土資料館(羽生市)
「永明寺古墳県指定10周年記念パネル展」 主催:羽生市教育委員会
・5月13日(水曜日)まで ひたちなか市埋蔵文化財センター(茨城県ひたちなか市)
第22回企画展「古代の砥石の産地を探す」
・5月17日(日曜日)まで 群馬県埋蔵文化財調査センター(群馬県渋川市)
令和7年度最新情報展第2期「縄文土器がつくられはじめた頃ーみどり市下谷戸B遺跡の発掘調査から」
(講演会)
・3月7日(土曜日)13:00~ 北本市文化センター ホール(北本市)
主催:北本市教育委員会(申込不要・無料)
シンポジウム「デーノタメ遺跡が拓く縄文の世界IVー縄文の食文化に学ぶー」
・3月15日(日曜日)13:30~ 船橋市民文化創造館(きららホール・千葉県船橋市)
主催:船橋市教育委員会
取掛西貝塚講演会「~約1万年前の縄文ワールド 第8弾~ 取掛西貝塚を考える ~石器から読み解く縄文のくらし~」