校長室

2015年2月の記事一覧

創立35周年と初代校長

 先日2月12日に本校では創立35周年の記念公演を行いました。
 
実は、創立35周年の記念として赤澤敏雄初代校長に校歌と校章の謂われについて、お話しいただく為にご連絡をとろうとしている矢先に、急なお話があり実現に至りませんでした。
 今日は、息子さんからお聞きした赤澤先生のお話をしたいと思います。 
 
 赤澤先生が亡くなるまで、いつも頭を丸めていました。千葉県で教員になる前、宮城県で16歳から代用教員をやっていたそうです。そして、国の言いつけを守って「満州はいいぞ!白いご飯がたらふく食えるぞ」と、言って多くの教え子を満州に送り出したそうです。
 そして、自分にも招集がかかり、特攻隊として沖縄に向かう途中、船が攻撃を受け沈没し、命からがら何とか陸に泳ぎつき助かったそうです。その後、終戦となり赤澤先生が戦場から宮城に戻ると、満州に渡った多くの教え子の行方が分から無くなっていることを知り悔やんだそうです。
 「もう戦地に子どもを二度と送り出すことはしたくない」、「戦争はしない!」と、強く言える教師に成る為に、改めて大学に入り教員免許をとりました。しかし、学科は宗教学科だったそうです。頭を丸め、満州で亡くなった教え子達への「悔恨の念」と「平和教育」への強い自覚を持ち、宮城を離れ千葉の教員になったそうです。

 新木小の初代校長になったとき、この思いも込め校歌や校章を作ったのではないかと思います。
 校章は市の木「ケヤキ」の三つ葉と「市の花」ツツジで構成され「強い子」「考える子」「明るい子」の意味がありますが、中心の葉は「強い子」を意味しています。
また、校歌の一番には「心と躰 鍛えつつ 真理(みち)を求めて 歩みゆく」
と、なっています。校歌のこの歌詞と校章の「強い子」には体だけでなく「強い心」も含め、赤澤校長の教育への思いを私は強く感じます。

ここに改めて、御礼を申し上げたいと思います。「赤澤先生本当にありがとうございました。」
そして、これからも新木小を見守ってください。